物語消失阻止戦 ― 語られ続ける限り、世界は消えない
世界から、音が消え始めた。
正確には――
「語る音」だけが、薄れていく。
歌が忘れられ、
昔話が思い出せなくなり、
英雄譚が「そんなのあったっけ?」に変わる。
虚無は、人を殺さない。
だが――物語を殺す。
⸻
◆ 消えゆく記録
アルケイン・シェルタ中央記録庫。
巨大な書架に並ぶ歴史書が、
一冊、また一冊と白紙に変わっていく。
インクが蒸発するように消え、
ページは“最初から何も書かれていなかった”かのようになる。
レンが叫ぶ。
「まずい!!
歴史の消失速度が加速してる!!」
学者たちが混乱する。
「昨日まであったはずの戦史が……!」
「この王朝……本当に存在していたのか……?」
その疑念こそが、虚無の餌だった。
――記録されないものは、意味を持たない。
――語られない物語は、存在しない。
空間が歪み、
“輪郭のない影”が記録庫の中心に現れる。
【災禍序列 第二位】
《虚無の調者》
声はない。
だが“結論”だけが、脳に直接流れ込む。
――語られぬ世界に、意味はない。
――記録は誤差。
――よって、消去。
レイナが震える。
「……このままだと……
世界が“何も起こらなかった”ことになる……」
カイが歯を食いしばる。
「ふざけんな……
俺たちが戦った意味まで消す気かよ……!」
アリアは一歩、前へ出た。
「……消させません」
虚無の調者が、アリアを“見た”。
――生きた記録。
――語られる存在。
――最優先削除。
アリアの輪郭が、ゆっくりと薄れ始める。
「……っ……」
俺は即座に《存在肯定調律》を展開する。
「《エグジスタンス・リンク》!!」
だが――今回は、足りない。
レンが即座に理解した。
「虚無は……
“語り手が少ない物語”から消している……!」
レイナが叫ぶ。
「じゃあ……
語り手を増やせばいい!!」
その瞬間、
彼女は振り返り、学者たちに向かって叫んだ。
「お願い!!
見たこと、聞いたこと、感じたこと!!
全部、声に出して!!」
混乱の中、最初に声を上げたのは――
若い書記だった。
「……僕は……
昨日、彼らが都市を救うのを見た……!」
次に、年配の学者。
「……あの少女が……
世界の核だと知って……
それでも“生きたい”と泣いた……」
声が、増えていく。
「救われた街があった!」
「消えなかった人がいた!」
「確かに、ここにいた!!」
“語り”が、連鎖する。
レンが叫ぶ。
「今だ!!
物語を“固定”する!!」
俺は深く息を吸い、
新たな調律を解放した。
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◆ 最終進化 ― 物語肯定調律
「《物語肯定調律》!!」
音ではない。
光でもない。
言葉と記憶が共鳴する調律。
語られた事実、
語られた感情、
語られた願い。
それらが重なり合い、
アリアの存在に“物語の重み”を与える。
ログが表示される。
【新調律解放】
《物語肯定調律:ナラティブ・レゾナンス》
《効果:語られ続ける限り、存在は虚無に消されない》
《条件:複数の語り手/共有された記憶》
虚無の調者の輪郭が、初めて大きく揺らいだ。
――……ノイズ……
――記録不能……
――意味、増幅……
カイが叫ぶ。
「聞こえてるか!!
これが“生きた証”だ!!」
レイナが涙を浮かべて言う。
「救われたって言葉が……
誰かの中に残ってる限り……
消えないよ!!」
アリアは、震えながらも前に立った。
「……私は……
“世界の鍵”です」
虚無が反応する。
――鍵は道具。
――感情は誤差。
アリアは首を振った。
「違います」
彼女は、はっきりと言った。
「私は……
誰かに名前を呼ばれ、
誰かに手を引かれ、
誰かに“生きていい”って言われた――
一人の人間です」
記録庫にいた全員が、声を重ねた。
「ここにいる!」
「確かに生きている!」
「忘れない!!」
物語が、世界を包む。
虚無の調者が、後退する。
――……意味が……
――確定していく……
――これ以上は……削除不可……
影が、ゆっくりと薄れていく。
だが完全には消えない。
最後に、虚無は“問い”を投げた。
――それでも……
――全てが救われるわけではない……
――意味を持てず、消えるものもある……
俺は答えた。
「それでも、語る。
語り続ける。
救えなかったことも含めて」
虚無は、初めて沈黙した。
そして――退いた。
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◆ 語り部は、英雄じゃない
戦いが終わり、
記録庫に静けさが戻る。
白紙になりかけた書物に、
人々が自分の言葉で書き始めていた。
「私は、あの日こう思った」
「私は、怖かった」
「でも、生きていた」
レイナが小さく笑う。
「……物語って……
誰かが語らないと、生まれないんだね……」
レンが頷く。
「そして、英雄である必要もない」
カイが豪快に笑った。
「じゃあよ!!
世界一強ぇのは――
“語り続ける一般人”だな!!」
アリアは胸に手を当て、深く息を吸った。
「……私、もう……
消えるの、怖くないです」
俺は静かに言う。
「それは――
お前が“物語の中に生きてる”からだ」
遠くで、世界が少しだけ安定する感覚があった。
だが、虚無は完全には終わっていない。
“意味を嫌う者”は、
まだどこかで――
語られない隙を待っている。




