― アルケイン・シェルタと“英雄が嫌われる世界”
決戦から三日後。
大陸中央に位置する歴代最大の都市国家――
“神歴図書都市”。
世界のあらゆる知識と記録が集まる都市。
魔法塔、大学院、研究区画、学園都市、図書遺跡――
文明・知識・理論の中心。
だが、都市に足を踏み入れた瞬間――
肌を刺すような視線が降り注いだ。
カイが眉をしかめる。
「……嫌な空気だな」
レイナは怯えるように周囲を見る。
「みんな……私たちを睨んでる……?」
レンは雑踏の空気を素早く分析する。
「敵視ではない。だが“警戒と嫌悪”が支配的だ」
隠しているつもりなのに、聞こえてくる。
「……あいつらが“選択者”か……」
「災禍序列を刺激して滅びの時期を早めた連中だろ」
「救った? 本当に? ただ未来を乱しただけじゃないのか」
レイナの顔色が曇る。
「救ったのに……悪者扱いされてる……?」
カイは歯ぎしりしながら拳を握る。
「ふざけんな……!命がけで戦ったのにこの仕打ちかよ!」
レンが冷静に抑える。
「ここは“理論の都市”。
結果より“根拠”で判断する。
『カーミラを救った』という結果は見えるが、
『災禍を根本的に止められる証明』がまだない以上、
希望より不安を優先するのは当然だ」
「正義の味方は、証明されるまで正義じゃない」
重い言葉だった。
◆
しばらく歩くと、巨大な図書神殿が見えた。
その入口で――二人の人物が待っていた。
ひとりは白衣の青年。
無表情で鋭い目を持つ、計測器のような人物。
【識別】
《学術院・首席研究官:ケイル=リヴィオン》
もう一人は銀のローブの女性。
冷たくも気品のある微笑みを浮かべている。
【識別】
《救世派 聖歌導師:エヴァ=セラフィア》
二人は同時に言った。
「“選択者”の皆さん。お待ちしていました。」
だけど、歓迎の言葉ではなかった。
ケイルが淡々と告げる。
「カーミラ救済の件、確認済みです。
しかし――結果として世界の滅亡予測は25%悪化しました」
レイナが青ざめた。
「悪化って……どういうこと?」
ケイルはためらいもなく続ける。
「“滅び派”の勢力が大幅に増加したためです。
“滅びを望む者も生きられる”という可能性が示された結果、
大陸全体の“滅び選択率”が急上昇しました」
(救った行為が、滅びたい者の正当性をも生んだ)
皮肉で残酷な現実。
エヴァが優雅な声で告げる。
「救うために戦ったこと、その意思は尊敬します。
しかし――その“結果”は評価できません。」
都市の人々の冷たい視線が一斉に集まる。
・英雄
・救世主
・調律者
――それらは称号じゃない。
“結果を証明できない限り、恐怖の象徴”。
アリアが小さく呟く。
「……この都市はいつもこう。
“救おうとした人”ほど嫌われる」
その言葉に、ケイルの視線が鋭く動いた。
「アリア=ヴェルダ。
あなたは表では“案内役”ですが……本当は何者です?」
レイナが息を呑む。
「本当……?」
アリアは言葉を詰まらせ、唇を噛んだ。
レンがすぐ間に入り、遮るように言う。
「個人情報の詮索はやめろ。
必要な時に本人が話す。」
アリアが一瞬だけ安堵した表情を見せる。
ケイルは肩をすくめる。
「では、時間までに話していただきたい。
“あなたの正体”は、この世界の未来に関わる」
◆
案内されたのは、都市中央の会議室――
だがそれは“裁判室”に近かった。
ケイルが宣告する。
「三日後、《選択者評価会議》を開きます。
あなた方が『本当に救済に値する存在か』を判定します」
レイナが震える。
「救うために戦っても、疑われるの……?」
エヴァは静かに言う。
「信じるためには根拠が必要です。
“善”は証明されなければ善になりません。」
カイは椅子を蹴り飛ばす勢いで立ち上がり叫ぶ。
「ふざけんな!!
命張って救ったんだぞ!?信じろよッ!!」
エヴァは微動だにせず返す。
「それを“証明”できるなら、すぐに信じます。」
レンが小さく溜息をつく。
「ここは他の地域とは思想が違う……
“結果が良ければ認める”ではなく
“証明できなければ評価しない”……」
アリアは震えながら言う。
「ここは世界の“頭脳”。
ここに認められないと――大陸全体が敵になります」
沈黙が落ちた。
ケイルが最後に冷たく告げる。
「三日後の会議で証明してください。
“あなた方が救世であり、災禍ではない”と。」
そして彼らは去っていく。
◆
会議室に残された四人。
カイが壁を殴りつける。
「救ったのに……救いが評価されねぇのかよ……!」
レイナは涙をこらえて呟く。
「誰も傷つけたくないって思ったのに……
どうしてこんなに苦しいんだろう……」
レンは手を握りしめて言う。
「ここからが本当の救済だ。
救われたいと願う者だけ救っても世界は変わらない。
“救いを信じられない者”すら救えるなら初めて意味がある」
アリアは震える声で言った。
「……あなたたちは、世界を救える」
俺は静かに頷く。
「救う。
理解されなくても。
嫌われても。
それでも救う。」
カイ、レイナ、レンが頷く。
◆
だがその夜、アリアは一人で泣いていた。
小さく、震える声で独り言をこぼす。
「……本当のことを言わなきゃ……
“私が世界の滅びの鍵だ”って……」
その声は誰にも届かなかった。




