邂逅 ― カーミラ、涙の笑顔。決戦前の“最も危険な会話”
レゾナンス・アークを出て北東へ向かう森の道。
木々は淡く光り、風は歌い、鳥の声すら旋律のように響く。
だが――その音が突然止まった。
自然の音が消えるのは、世界が“侵入者”を察知した時。
レンがすぐに弓を構え、視線を走らせる。
「来る。――一人」
カイが剣を担ぎ笑う。
「ってことは、“あいつ”だな」
レイナは肩を震わせながら、それでも杖を握りしめた。
「ここで来るの……覚悟決めろってことだよね……」
そして――
光を吸い込むような黒いドレスが木陰から現れた。
ゆっくり、ゆっくり。
カーミラ・ハートレス。
赤銀のツインテール、宝石めいた瞳。
戦場の狂気とは違う微笑みを浮かべていた。
「こんばんは、“深淵”。
……会いたかった」
その声は柔らかく、どこか悲しさすら滲んでいる。
無理に戦う気配はない。
髪も服も乱れていない。
彼女なりの“礼儀”でここに来た。
だから俺も調律は発動しない。
戦闘前提になるから。
カイだけが立ったまま剣を肩に乗せて言う。
「斬る気がねぇって顔だな。
だが気を抜かねぇぞ」
レイナは息を整え、小さく笑った。
「……今は、話すために来たんだよね?」
レンは弓を下ろさずに声を出した。
「会話でも油断は禁物。“言葉で崩す敵”は厄介だ」
カーミラは三人の警戒を無視し、
まっすぐ俺だけを見つめる。
「ねぇ深淵。
どうして全部救おうとするの?」
問いは優しい。
だが、その奥には鋭い刃。
俺はすぐ答える。
「救いたいからじゃない。
“救えない前提で選択させられるのが嫌だから”だ」
カーミラの目が揺れた。
「……それ、ズルいよ」
彼女は一歩近づく。
「私はね――救えない世界のほうが“正しい”と思ってるの」
レイナが驚いた声を漏らす。
「正しい……?」
カーミラは微笑む。しかしその笑顔は痛々しい。
「だって世界は壊れる。
幸せは消える。
大切なものは失われる。
どれだけ願っても“全部は守れない”。
それなら――最初から壊しておいたほうが苦しまない」
森の風が静かになる。
カイが低く怒鳴る。
「壊れんのが怖いから最初に壊すってか?
そんなのただの逃げだろ」
カーミラは首を振る。
「違う。逃げじゃない。
“二度と期待しないための選択”」
レンの表情が険しくなる。
「期待して裏切られた経験があるんだな」
カーミラは肩を震わせ、笑いながら涙をこぼした。
「“全部救う”なんて言葉――
あんなの、嘘なんだよ。
私は信じたの。
誰かが救ってくれるって信じたの。
でも結局、全部壊れたの。
だったら最初から壊しておけばいい」
とても静かな涙。
狂気ではない。痛み。
俺は歩み寄り、まっすぐ向き合う。
「それでも――救われたいと思ったから泣いてるんだろ」
カーミラが息を詰めた。
反論できない。
否定できない。
その沈黙が答えだった。
レイナはそっと声をかける。
「壊して終わらせたい人って、
本当は“終わらせなくていい世界”を望んでるんだよ」
カーミラの涙は止まらない。
「だったらどうすればいいのよ……
救えなかった私の“痛み”はどこへ行けばいいのよ……
救えなかった私の“罪”は、どうすれば消えるのよ……
全部救うって言うあなたなら答えてよ!!」
俺は――答える。
「消さなくていい。
抱えたまま進めばいい。
痛みも罪も記憶も全部背負ったまま――
それでも未来に行くんだよ」
カーミラの体が震える。
「そんなの……苦しいだけ……!」
「苦しいよ。でも――生きてるってことだ」
沈黙。
そして、うめくような声。
「……私は……もう一度信じて……いいの……?」
カイが真っ直ぐ言う。
「信じたいなら信じろよ。
誰に言われるもんでもねぇだろ」
レイナは涙声で笑う。
「信じるってことは、誰かを頼っていいってことだよ」
レンは静かに言う。
「信じる対象を“奪わせるまま”にする必要はない」
カーミラは顔を覆って泣き続けた。
長い、長い沈黙。
そして――涙を拭き、ゆっくり顔を上げる。
「……私、あなたたちを壊さなきゃいけない」
カイが一歩前へ。
「まだやんのか。泣いたあとでそれか」
カーミラは悲しい笑顔のまま告げる。
「壊したくない。でも壊すしかない。
だって、《災禍序列》は“選択者を消せ”って命じてるの。
私が逆らえば、エーテルはもっと早く滅ぶ」
レイナが叫ぶ。
「そんなの間違ってる!!」
カーミラは首を振る。
「分かってる。全部間違ってる。
私は――間違ってるって分かってるままやってるの。
それが“一番苦しまない道”だから」
“終わらせることで守ろうとしている”。
敵なのに、優しい。
それが余計に悲しい。
だから俺は真っ直ぐ言う。
「間違ってる。
そして――その選択はさせない。
お前を守ったうえで世界も守る」
カーミラの目が大きく揺れた。
「ずるい……ほんとにずるい……
そんなのを言われたら――期待しちゃうじゃない……!」
涙の笑顔のまま、
カーミラは振り返り、闇に消えようとする。
「次の戦いは“本気”。
命を取り合う戦いになる。
優しさじゃ止められない」
俺は迷わず言う。
「優しさじゃ止まらないなら――
力で止める」
カーミラの足が一瞬止まる。
震える声で返す。
「壊して……くれる?」
俺は答える。
「壊さない。
救う。
“何度壊されても救う”」
カーミラの肩が震え、嗚咽がこぼれた。
そして――振り返らずに姿を消した。
◆
森に静寂が戻る。
レイナが涙を拭きながら言う。
「……可哀想な子だよね……」
カイは拳を握る。
「だからこそ容赦できねぇ。
優しくされたいのに、壊すしかねぇなんて最悪だ」
レンは静かに言い切る。
「敵として戦う。
それが彼女に“信じる未来”を見せるなら」
アリアは震える声で、俺に問う。
「あなたは……カーミラを救えると……本気で?」
俺は即答した。
「救う。
泣きながら破壊を選んでる奴は――救っていい」
その瞬間、ログが開かれた。
【世界重大イベント予告】
《第二章・決戦前奏「調律者 vs 奈落ノ調者」》
《エル=シェルタ都市決戦イベント発生まで残り 48時間》
レイナが息をのむ。
「カーミラちゃん……本気で来るってことだよね」
レンが頷く。
「次は対話ではない。殺し合いになる」
カイは剣を担ぎ、笑う。
「いいじゃねぇか。
本気で殴り合って、最後に泣いて笑えばいい」
俺は宣言する。
「勝つ。不殺で。
カーミラを“救って勝つ”。
それが――俺たちの選択だ」
風が強く吹き、森の葉が舞う。
戦いの足音は、すぐそこまで迫っている。




