感覚の慣らし⑧ ― 隔離領域と“観測不能な少女”
転移光が消えると――
景色は一変していた。
見渡す限りの白。
空も地面も、光源も影も、境界すらない。
ただ“真っ白な空間”の中に、俺たち4人だけが立っている。
カイが周囲を見渡し、眉をひそめた。
「なんだここ……ダンジョンって感じでもねぇし……」
レイナは首をかしげながら、
「でも敵の音もしないし……なんか、怖いような安心するような……変な場所」
レンはすぐに分析を始めた。
「座標、判定なし。マップもログも機能不可。
……ここは“ゲームの外”に近い領域だ」
そう――
運営の通常監視が届かない場所。
だが、その“音”は確かに存在していた。
(……誰かがいる)
小さく、けれどはっきりとした“旋律の波”が近づいてくる。
さっきまでの敵の荒々しい演算ではない。
もっと精密で、静かで、深く澄んだ――“秩序の音”。
足音がまるで空間に浮かぶように響き、
少女がゆっくり歩いてきた。
年齢は俺たちと同じぐらい。
銀白の髪――俺と同じ色。
瞳は淡い青と紫のオッドアイ。
白いワンピースのような衣服で、まるで“影”がない。
そして彼女が口を開く。
「……やっと会えた」
その言葉に、胸の奥が僅かにざわめく。
カイが警戒しつつ前に立つ。
「誰だお前。敵なら容赦しねぇぞ」
少女は首を横に振る。
「わたしは敵じゃない。
……ただ、あなたたちをずっと“待ってた”」
レイナが小声でカイに囁く。
「なんかヤバそうな雰囲気だよ……?美少女だけど怖い……」
レンはあくまで冷静。
「プレイヤーじゃない。NPCでもない。
情報構造が異常すぎる」
少女は俺の方をまっすぐ見つめ、言う。
「深淵シンエン――
あなたの“調律”は、運営にとって害でも脅威でもない。
本質的には――“この世界の安定化”そのもの」
(……安定化?)
少女は続ける。
「運営は、数値で管理する。
でもあなたは、意味で管理する。
数字を上げ下げするんじゃなくて――“戦場の意味を整える”。
……それができる存在は、初めてじゃない」
(初めてじゃない……?)
胸の奥で大きなざわめき。
少女が小さく微笑む。
「あなたは“深淵の調律者”。
でも、それは役割の一部でしかない。
本当の名は――」
その瞬間。
視界に“システムの防御”が割り込んだ。
【危険ログ検出】
《プレイヤー《深淵シンエン》に対する“未認可情報”が発信されました》
《情報遮断を実行》
少女の声が遮られ、空間全体に激しいノイズが走った。
カイが叫ぶ。
「ちょっと待て!?何が起きてんだよ!!」
レイナは耳を塞ぐ。
「音が痛い痛い痛い!!」
レンは歯を食いしばる。
「……運営が“隔離領域にまで強制干渉”を仕掛けている!!」
少女はノイズの中で叫ぶ。
「聞いて――!運営は“あなたを危険視しているんじゃない”!
“あなたを――理解できないの!!」
理解できない。
その瞬間、世界が崩れ始めた。
白い空間の足元に亀裂が走り、
黒い深淵のような奈落が広がる。
少女が俺の手首を掴み――
強く、真っ直ぐに言った。
「あなたは“プレイヤーじゃない”。
でも、“バグでもない”。
あなたは――“この世界の選択肢”。」
運営のノイズがさらに強くなり、
少女の声はかき消されていく。
「次に会うとき――
あなたは、選ばなきゃいけない。
“世界を守るのか?”
“世界を壊すのか?”
“それとも――――”」
声が途切れ、少女は光に飲まれ消えた。
そして隔離領域そのものが砕け――
俺たちは再転移される。
◇◇◇
視界が戻ると、そこは見覚えのない街だった。
石畳の色も、建築様式も、BGMも違う。
ルーンタウンではない。
【新規エリア:王都フラウリア】
チュートリアルサーバーどころか、
初心者が通常では到達できない“第二大陸”の中心都市だ。
カイが呆然。
「は?いきなり王都?」
レイナが驚愕。
「転移スキップ!?そんなルートないはずだよ!?」
レンが深く息を吐く。
「……運営は追跡を避けるためではなく、
“扱いきれないから先に進ませた”。」
つまり、
俺たちは“隔離”されたのではなく
“押し出された”。
もうチュートリアルには戻れない。
そして視界にまた一つ、冷たい通知が浮かんだ。
【注意】
《プレイヤー《深淵シンエン》による“難易度無効化”が継続している可能性》
《運営AIは監視を続行します》
俺は画面を無言で閉じ、
三人に短く告げた。
「次も――調律する。
どんな場所でも、役割は変わらない」
カイは笑いながら叫んだ。
「その言葉が聞きたかったんだよ!!!!」
レイナは無邪気に手を挙げる。
「じゃあ次の宝箱探そー!!レアいっぱい落ちるぞ〜!!」
レンは静かに頷いた。
「運営が理解できない領域だろうと……四人いれば、問題ない」
4人の足音が王都の大通りに響く。
そしてその背後、
遠くから誰かが俺たちを見つめていた。
プレイヤーでもNPCでもない――
冷たい分析の視線。
運営でもなく、少女でもない。
“第三の何か”が、動き出していた。




