感覚の慣らし⑦ ― 賞金首戦、強制ギミック“逆利用”
地下の最深部。
巨大な石扉が重く開き、奥の空間が広がった。
そこは、建造物とは思えないほど広く、闇と炎の揺らぎが満ちていた。
空気は熱く、地面の石畳には燃え焦げたような焦げ茶の痕が無数に刻まれている。
そして――最奥にいた。
【賞金首:アッシュ・コラプサー Lv25】
身体は岩の塊のように大きく、
うねる炎の模様が全身を走っている鬼のような巨人。
賞金首というより、災害だ。
カイはすでに興奮が限界突破している。
「オォォオオオオオ!!!
これ絶対強ぇやつ!!!!最高だろ!!!!」
レイナは目をキラキラさせながら跳ねる。
「絶対レアドロ、いやユニーク落とすやつ〜!!たまんない!!」
レンは弓を構え、淡々と言葉を投げる。
「動き、強化、演算汚染……
地下レイド級の挙動だ。初心者狩りに使うような強さじゃない」
アッシュ・コラプサーの視線がゆっくりとこちらを捉える。
揺らぎ。振動。波形。
その演算音は――今までで最も複雑だった。
高音域の怒り、低音域の破壊、
その奥に、押し殺したような“滅殺衝動”のうねり。
(これは……“ゲームとして正しい音”じゃない)
運営AIの強化措置が、敵の内部演算を狂わせている。
――“調整”ではなく“圧縮”。
強さを盛りすぎて、
敵の内部処理が半分ノイズになっている。
だが、俺にとってはむしろ好都合だった。
(複雑な旋律は、綺麗にほどくほど気持ちいい)
俺は前に出た。
カイが叫ぶ。
「リアチー!作戦は!?」
「簡単。
お前は殴る。
レンは撃つ。
レイナは拾う。
――俺は全部整える」
三人が笑った。
「それが一番わかりやすい!!!」
「任せて〜!!」
「了解」
戦闘開始。
◇◇◇
アッシュ・コラプサーの一歩。
踏みしめただけで空気が爆ぜる。
攻撃パターンは三種。
踏み潰し、殴打、火炎。
しかし、運営AIが施した“強制ギミック”が戦闘ログに重なった。
【強制ギミック発動:
《燃え盛る試練》
味方全員に毎秒HP減少デバフ】
レイナが悲鳴を上げる。
「えええ!?ちょっと!!運営ひどくない!?」
カイは笑いながら怒鳴る。
「ははっ!殺る気満々だな運営!!来いよ燃え盛れよ!!!」
レンは冷静に。
「回復職なしのPTを殺しにきている。悪意しかない」
俺はすぐ旋律を読み取る。
(“HP減少デバフ”は、係数下降で表現されている……なら)
「上昇」
“下降”を打ち消すのではなく、
その“下降分を上昇計算に置き換える”。
内部演算が一気に反転し――
【効果反転:毎秒HP減少 → 毎秒HP回復】
三人のHPゲージがグングン回復し始めた。
カイ「いやいやいやいや!!!回復してんだけど!?!?wwwww」
レイナ「ちょっと待って!?HP減るギミックが回復ギミックになってるってこと!?!?」
レン「……強制ギミックを逆転させたのか。
シンエンの調律は、運営の仕様を“別の仕様に書き換える”」
俺は短く言う。
「次、来るぞ」
アッシュ・コラプサーの胸部に炎が収束する。
ブレスだ。範囲広い、威力絶大。
普通なら全滅。
だが――
その演算音は、“吸い上げる火力”だった。
なら、
「下降」
火炎係数を押し下げ、
ブレスはただの“熱風”へ変わる。
そこに、
「上昇」
レンの矢の演算を増幅させ、
ブレスの熱風に矢の飛翔軌道を乗せる。
【特殊現象発生:火矢暴風】
熱風で矢雨が拡散、
全弾弱点へ吸い寄せられるように命中。
レンが息を飲む。
「……今の、俺の攻撃じゃない。
シンエンの調律で“世界の方が俺に合わせた”」
反撃の隙を逃さず、
カイの巨大両手剣が火花を散らして振り下ろされる。
【ギロチン・スラッシャー】
【特大クリティカル ×3】
岩の巨体が大きく仰け反る。
そして――
レイナの効果。
【幸運効果:超低確率ユニークドロップ抽選 → 成功】
アッシュ・コラプサーの体表から宝箱が飛び出す。
レイナ「きゃーーー!!!戦闘中にドロップしたぁぁぁ!!!」
カイ「宝箱吹っ飛んできたんだけどwwwwwwww」
レン「運営のドロップ制御が死んでいるな」
戦闘はもはや崩壊したバランスの上での圧倒。
だがそのとき――
視界に深紅のログが突き刺さった。
【エラー】
《深淵シンエンの調律により、敵演算ルールが崩壊》
《サーバー負荷上昇》
《緊急措置:賞金首の攻撃演算を“強制完全ランダム化”》
アッシュ・コラプサーの演算が荒れ狂う。
攻撃係数、速度係数、火炎係数、防御係数……
全部が高速で上下に乱れながらランダム変動。
レンが言う。
「乱数ブレを作って、予測不能にしてきたか」
カイが叫ぶ。
「対応できんのかリアチー!?」
俺は一歩前に出た。
(ランダム……なら……)
乱れる旋律を捕まえるのは困難。
だが、乱れが乱れたままでは成立しない。
ランダムほど、特定の“癖”が浮きやすい。
数式の波を聞き取り、ノイズの奥に潜む“中心点”を掴む。
(いた。ここだ)
俺は指先で空間の譜面を叩く。
「――固定」
静寂が走る。
乱れ狂う係数のうち一つだけを“中心値に固定”。
“暴れる指針”を一つ与えることで、全体が揃う。
演算音が整列し、巨人の動きが一瞬止まる。
その隙で三人の声が重なった。
「「「今!!!」」」
圧倒的な火力。
精密の極みの連撃。
幸運の爆発的効果。
そして俺の調律。
【賞金首:アッシュ・コラプサー 討伐】
炎の巨体が砕け、光となって霧散していった。
◇◇◇
戦闘終了の余韻が訪れる。
三人が肩で息をしながら笑う。
カイ「ハハッ……マジで、最高だろこれ……」
レイナ「ハクアくんのおかげで全部噛み合ってるって感じ〜!」
レン「数値だけなら、とっくに死んでた。
だが“調律”が戦闘を成立させた」
俺は少しだけ息を吐いた。
「……ありがとう。
お前たちがいるからできる」
三人の顔が一斉に綻んだ。
だが、その最中。
視界の端――
また深紅の警告が現れた。
【エラー】
《賞金首討伐により、チュートリアルサーバーが限界負荷に到達》
《深淵シンエンを含むパーティの進行ルートを通常導線から“隔離”します》
レンが眉をひそめる。
「隔離……?」
カイ「え、まさかBANとかじゃねーだろうな!?」
レイナ「やだよ〜!宝箱まだ開けてないのに〜!!」
そして次のログが表示された。
【隔離ルート:特殊クエスト《深淵の航路》開放】
俺たちの足元に、青黒い魔法陣が広がる。
運営が“干渉できる範囲から俺たちを切り離した”のだ。
逃がしたのではない。
排除したのではない。
“理解できない領域へ隔離した”
(運営は、俺を倒せない)
視界が光に包まれた。
そして――転移。
暗闇の奥、どこか別の世界へ。
仲間たちの姿が同時に近くにある。
それだけで、俺はブレない。
「次も……調律する」
胸の奥で、旋律が鳴る。




