感覚の慣らし⑥ ― ルーン地下階層、制御の旋律が満ちる場所
ルーンタウンの中央広場から裏路地へ。
蔦の絡んだ古い建物の裏に、隠し扉のような入口があった。
衛兵NPCの言葉通り、そこは通常プレイヤー向けの導線には存在しない。
クエストによってのみ開く“特例ルート”。
石造りの階段が地下へと降りていく。
冷たい空気と、鉄のような匂いが鼻腔を刺した。
カイがニヤニヤしながら拳を握る。
「やべぇ、こういう雰囲気大好きだわ。絶対強ぇ敵いんだろ」
レイナはワクワクが隠せない。
「レアドロの匂いする〜!!絶対宝箱あるってば〜!」
レンは冷静沈着。
「フィールド演算が異常だ。
階層が深くなるほど、敵の係数が上昇していくタイプ。
最下層が賞金首だろう」
俺は階段を降りながら、気配を聞いた。
(音が……濃い)
草原では澄んでいた演算の音が、ここでは歪んでいる。
波形が鋭く、乱暴で、ノイズが交じる。
(敵が強化されている?)
そう思った瞬間、システム表示が浮かんだ。
【通知:
運営AIが“賞金首討伐阻止のための強化措置”を試験的に適用しました。
地下階層の敵のパラメータを“上方修正”しています】
カイ「おい運営、本気で殺しに来てんじゃねぇか!!!」
レイナ「きゃーー!!逆に燃える!!宝箱も強くなるやつだ!!」
レン「つまり、“これ以上は来てほしくない”という意思表示だ」
運営としては、俺たちのビルドが危険だから、
“強化した敵で足止めしたい”という判断。
しかし――
その判断は、戦略的に最悪のタイミングだった。
解析型の支援である俺にとって、
“演算が濃く明確な敵”は――より読みやすい。
(強ければ強いほど、旋律が整う。
そのほうが制御しやすい)
まるでピアノを叩きつける初心者より、
正確に鍵盤を弾く上級者を“操る”ほうが簡単なように。
階層一層目、薄暗い通路の先に、
二足歩行の獣型モンスターが現れた。
【ハウルストーカー Lv10】
推奨レベル18モンスターが、1層目から出てきた。
カイ「来やがったなぁぁぁ!!!狩るぞ!!!!」
勢いよく突撃しようとするカイの肩を、俺は軽く押さえる。
「カイ、まだ行くな」
「んだよ!派手に殴り――」
「試す」
俺は一歩前に出て、獣の演算音を聞いた。
咆哮とともに駆ける。
高レベルゆえに、演算が鮮明で“音色の変化”がよく聴こえる。
攻撃の気配、溜め、急制動、フェイント。
計算式の流れがはっきりと可視化されていた。
(完璧なリズム、だ)
なら――
崩し方も完璧に分かる。
「深奏」
音の波紋が広がる。
旋律に触れ、係数を【下降】──
すると、獣の軌道が一瞬だけ乱れる。
攻撃の鋼線が、途端に緩んだ。
「今」
言葉が終わる前に、
カイの身体が火花のように前へ飛んだ。
両手剣の一撃。
衝撃波すら感じる暴力的な一撃。
【Weak Critical ×3 連撃】
レンの矢が、弱点に吸い寄せられるように突き刺さる。
【Critical ×18】
レイナの運補正で“追加経験値バフ”と“ドロップ率上昇”が発動。
【確率効果:幸運の加護(超低確率)発生】
【ハウルストーカー討伐】
カイ「オォラァァァァ!!!気持ちよすぎる!!!!」
レン「弱点まで誘導してくれて助かる」
レイナ「ドロップ判定めっちゃ伸びてる〜!宝箱いっぱい落ちる〜!」
俺は小さく息を吐くだけでいい。
俺の攻撃は――《楽譜の調整》だ。
強ければ強い敵ほど、
美しい旋律を持っている。
それは、乱すのも操るのも容易になる。
そして、運営は“敵を強化した”。
つまり、
俺たちが有利になる調律が揃っていく。
階層を進めば進むほど、敵は強くなる。
だが同時に“読みやすく”なっていく。
カイが笑う。
「運営もう後戻りできねぇぞコレ!!!」
階層を降りるごとに、
敵の数と演算音が増え、
俺の演算読みと旋律制御は冴えわたっていく。
・カイは与ダメージが跳ね上がる
・レンはクリティカル軌道が完全に固定される
・レイナはありえない頻度で宝箱を落とす
・俺のシーケンスは常時、仲間に“最適な強化”と“敵の最悪パターン化”を付与する
まるで“4人パーティ”というより
“4人で戦う1つの兵器”のような完成度。
だが、そのとき。
階層4に入り、戦闘を終えた直後――
視界が赤で覆われた。
【緊急通達】
《運営AIがバランス崩壊を確認。
対象パーティの能力計算式に強制補正措置を適用します。》
全員のステータス表示が一瞬揺れる。
カイ「おい!?攻撃力下げられた!?冗談じゃねえぞ運営!!」
レン「DEXへの補正……照準ブレを強制挿入してきたか」
レイナ「うわぁ〜運の補正値も下げられた〜!!」
そして俺の画面にも表示。
【深淵シンエン:特殊適性“オーバーフロー”が検出されました
補正対象外】
「……補正から弾かれた?」
システムが続けて表示。
【理由:シーケンスが“補正値を書き換える”動作を検出
補正施行が適用不可能】
レンが目を見開いた。
「つまり……運営の弱体化補正を、
シンエンの調律が“打ち消している”?」
カイは一拍置いてから――爆笑。
「ははははははは!!!!!!!!
最強じゃねぇか俺たち!!!!!!」
レイナも叫ぶ。
「ハクアくんがいる限り弱体化意味な〜い!!」
俺は画面を静かに見つめた。
【スキルシーケンスの自動処理ログ】
《仲間の係数下降 → “上昇に置換”》
《敵演算の上昇 → “下降に置換”》
《補正値(強制) → 再計算 → 上書き》
……つまり、
運営が弱体化しても、
俺の旋律が元に戻す。
そして、おそらく――
戻すだけではなく“最適化”してしまっている。
俺の能力は攻撃ではない。
破壊でもない。
ただひたすら――
世界を制御する力。
レンが静かに結論を言った。
「シンエン。
お前は敵でも味方でもなく……
“戦場のルールそのもの”を動かす役目だ」
胸の奥に熱い感情が生まれた。
崇拝でもない。
恐怖でもない。
優劣でもない。
仲間から、ただの“評価”が向けられている。
俺は短く答えた。
「行こう。
この調子なら、賞金首も落とせる」
三人が武器を構える。
「もちろんだ!!!」「当然〜!」「準備はできている」
地下階層の奥――
巨大な扉の向こうに、
賞金首がいる。
運営が対策すればするほど、
俺たちには“調律しやすい旋律”が増える。
もう止まらない。
「――行くぞ」
扉に手をかけ、重く押し開く。
闇の奥から、炎のように揺れる音が響いた。
それは“異常な敵”の音。
俺の力が最も輝く場所の音だ。




