感覚の慣らし⑤ ― ルーンタウン、沈黙する街と“敬意を向けられる支援職”
草原を抜けると、城壁に囲まれた街が見えてきた。
白い石造りの門、石畳の道、活気のある屋台と露店。
新米プレイヤーの拠点――《ルーンタウン》だ。
だが――
門をくぐった瞬間、違和感が走った。
(音が静か……?)
街全体の“演算音”が異様に整っている。
人が多い街なら、本来もっと雑多な旋律になるはずだ。
カイが気づかずはしゃぐ。
「うおっ!建物でけぇ!ゲームってすげぇ!!」
レイナはふらふら露店へ。
「かわいい装備売ってる〜♪あっ宝箱だ〜♪」
レンは冷静に状況を観察している。
「……人が多いのに、ノイズがほとんどない。
これは、NPCの“最適行動アルゴリズム”が強く働いている証拠だ」
そして――
衛兵NPCたちがこちらへ足を踏み出して来た。
(……また俺か?)
そんな予感と共に、最前列の衛兵が俺の前に膝をついた。
街中が静まった。
プレイヤーもNPCも、全員がこちらを見ている。
そして衛兵が言った。
「――深淵の調律者よ。
この街へようこそ」
背筋が凍るような静寂。
空気が止まった。
カイが固まる。
「……ん? ん? ん???
俺たち、新規プレイヤーだよな?」
レイナが慌てる。
「えっえっ、私たち全員にじゃないよ!?
ハクアくんだけ!?なんで!??」
レンは目を細めた。
「……この街のNPCは、プレイヤーに敬意を示す仕様ではない。
だとすると――想定外の“演算判定”が走っている」
衛兵が続ける。
「深淵の譜面を奏でる者……
支配でも服従でもなく、均衡をもたらす旋律。
――ここへ来るのは、伝説以来だ」
伝説。
その言葉に街中のNPCの空気が揺れた。
見渡すと、商人・冒険者・職人・子供NPCまで、
皆が静かにこちらを見ている。
(……俺のせいでこうなっている?)
胸の奥の嫌な感覚がわずかに疼く。
だが次の瞬間、カイが肩をぽんと叩いた。
「なぁリアチー。
これ……現実でお前に向けられてた“崇拝”と違うぞ」
俺は黙って聞く。
カイの声は真っ直ぐだった。
「現実はさ……
お前のことを“遠い誰か”みたいに扱ってたろ。
でもここのNPCは違う。
お前を“役割のある存在”として見てる」
レイナも優しい声で続ける。
「そうだよ?崇めてるんじゃなくて……
必要としてるって感じだよ?
“怖いから距離を取る”じゃなくて
“頼りにしたいから見てる”って雰囲気」
レンが静かに結んだ。
「これは“排他”ではない。
“受容”だ。
……それを、間違えるな」
空気が変わった。
圧ではなく――
むしろ“居てほしい”という空気。
その違いに気づいた瞬間、胸の奥のざらつきが消えた。
俺は一歩だけ前に出て言った。
「求められているなら、応える。
それが役割なら――果たす」
街中のNPCが、深く頭を下げた。
プレイヤー達がざわめく。
「なんだこれ」「NPCに頭下げられてるぞ」「支援職に!?」「なにあれイベント!?」
そんな中――
視界に新しいウィンドウが浮かんだ。
【クエスト更新】
《メイン導線クエスト 第0章:調律者の来訪》
※通常のメインクエストとは異なるルートが開放されました。
レンが苦笑する。
「……通常なら、メインクエストは『冒険者の始まり』だ。
第0章が開くのは例外中の例外だ」
カイは満面の笑み。
「いや最高だろ!!もう映画の主人公じゃん!!」
レイナはぴょんぴょん跳ねながら。
「やったぁ〜!ハクアくん特別ルートになった〜!」
俺は三人の反応にわずかに苦笑しつつ、
衛兵NPCに向き直った。
「賞金首――居場所は?」
衛兵NPCは静かに答えた。
「この街の、さらに地下。
通常の冒険者では足を踏み入れることすらできない。
――深淵の調律者とその“3つの極振り”が揃った今を除いて」
(3つの極振り……俺たちのことか)
この瞬間、街中にクエストアラートが一斉に流れた。
【緊急イベント情報:
賞金首を討伐できる可能性が発生しました】
【条件:
深淵シンエン/黒峰カイ/鏡夜レン/三神レイナのパーティが有効と認定】
カイ「おい……俺ら限定クエスト……ってことか?」
レイナ「すご……パーティ名決めたい〜!!」
レン「騒ぎが大きくなる。早く動いた方がいい」
そのとき。
新しいウィンドウが、ひときわ赤い光で浮かび上がった。
【運営AIの通知】
《モニタリング強度を“最大”に引き上げました。
プレイヤーバランス維持のため、必要に応じて介入を行います。》
街の空気すら震えるような重圧。
(……本格的に監視対象か)
だが、すぐ横でカイが笑った。
「いいじゃねぇか。
運営が本気なら――もっと燃えるだろ!」
レイナも握りこぶし。
「いっぱい宝物落とすといいなぁ〜♪」
レンは頷いた。
「介入の前にクリアすればいい。それだけだ」
俺は小さく息を吐き、
仲間に向けて短く告げた。
「地下を目指す。
運営には――俺たちを止められない」
三人の足が同時に動き、
俺たちは街の奥へ歩き出した。
次の目的地は――
ルーンタウン地下階層。
そこから、“世界の異変”が始まる。




