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来世、若手俳優になるためにできるだけ不幸になろうとしています。

作者: 蛍原はぐみ

炎上もキャラ媚びもしない、若手俳優の優良物件として成功したい。



「何をしているんですか?」

「出来るだけ、不幸になろうとしています」



 それはもう十二月も数日過ぎたとある日の夜のことだった。終電間近、俺は仕事先からの帰り道の寒さ(今朝のテレビで二月並みの寒気が云々と言っていた)に耐え切れずに自販機でホットコーヒーでも買おうと、通り道の自販機へ向かった。するとそこには先客がいて、ああ俺と同じ考えの人がいるんだなと思いながら近付いたのだが、はっきりと見えてきた光景に俺は固まった。


 ガコン、ガコン、ガコン。


 先客は女性で、二十代前半辺りの俺と同じくらいの年齢に見えた。小柄でベージュのダッフルコートを着た目の前の女性は、ひたすら何かに駆られたように同じ飲み物のボタンを押し続けている。


 真顔で無心に押しているその飲み物がホットココアやホットミルクティーなら友達分のお使いだろうと納得出来たが、それはどこからどう見ても『つめた~いおしるこ』だった。


 だから俺は、思わず聞いてしまったのだ。


「何をしているんですか?」

「出来るだけ、不幸になろうとしています」


 ガコン、ガコン、ガコン。


 意味がわからなかった。


 冷たいおしるこを夜中に大量に買うという行為が『出来るだけ不幸になる行動』? どちらかと言えば、今こうして寒空の下順番待ちを強いられている俺の方が不幸なのではないだろうか。いや、確実にそうに違いない。そんなことを考える俺に、目の前の彼女は「もしかして、飲み物買いに来ました?」と圧倒的に今更感のある言葉をかけた。


「ええ、まあ」

「それは失礼しました。今よけますね」


 本当にそこで初めて気が付いたように彼女は慌てて取り出し口に溜まっていたおしるこを取り出した。しかし、溜めに溜めたものだから、小さな取り出し口の蓋となっている部分に引っかかってしまい慌てれば慌てる程缶が取り出しにくく、あれ、あれ? と口にして何とか早くよけようとする彼女が、少し可哀想になった。

 はあ、とわざとらしく溜め息をついて俺は隣にしゃがみ込む。


「はい、どうぞ」

「すいません、ありがとうございます」


 最後の一つを彼女に手渡すと彼女の両手に抱えきれない程のおしるこがずらりと見えて、なるほど確かにこの光景だけ見ると彼女は不幸と呼べるかもしれない、と変な納得をしてしまった。しかし、ここまできたら聞きたくなるのも仕方のない話。


「あの、何で不幸になろうとしているんですか?」


 五百円玉を入れて俺は念願のホットコーヒーと、少し迷ってホットココアを購入した。先程までつめた~いおしるこばかり吐き出し続けることを強要されていた自販機は、ようやく本来の仕事をしていることに心底安堵しているように見えた。

 ホットココアを目の前の彼女に差し出して、答えを促す。


「将来を幸せなものにしようと考えているんです」

「将来?」

「はい、私には夢があるんです」

「じゃあ、将来の夢を叶えるために今の内に不幸になっておこうってことなんですか?」

「簡単に言うとそうですね」


 予想外の答えだった。希望通りの将来にするために今の内に積極的に不幸になっておこうだなんて、逆転の発想もいいとこだ。それはそれは大層な夢を抱いているのだろう、俺は続きを知りたくなった。


「ちなみに、その将来の夢って?」

「生まれ変わったらイケメンになって、人気若手俳優として2.5次元舞台に出てちやほやされることです!」


 将来を通り越して、来世の話だった。


 しかし来世の話をしている彼女は出会って約五分と少しの中で一番きらきらと瞳を輝かせて、生き生きとしていた。よくぞ聞いてくれました!と言わんばかりの表情だ。


「に、にーてんご次元?」

「ご存知ないのですか?」


 俺が聞きなれない単語をオウム返しすると、彼女は驚いたようだった。この短時間で表情がくるくると変わる子だなあという印象を持つ。


 んー、そうですね、お兄さんが好きな漫画を五つ挙げてください、そう彼女は続けてきたので俺は読んだことのある漫画の中でもそれなりに好きだったバトル漫画からスポーツ漫画までを五つ挙げた。


 作品名を聞いた彼女は至極満足そうににやりと笑って、その中のバトル漫画以外は全て舞台化されていますよ、と言った。


「え、マジで?」

「マジもマジです。特に最初に挙げたスポーツ漫画は今や若手俳優の登竜門と呼ばれるミュージカルです。去年十周年を迎えました。今や人気俳優としてドラマや映画に引っ張りだこの役者だっているんですよ」


 聞いたことありませんか? なんて何人か挙げられた名前は、あまり芸能人に興味がない俺ですら聞いたことがある俳優ばかりだった。漫画やアニメ原作の舞台のことを2.5次元ということ、そしてそこに出ている役者は若手俳優と呼ばれ、またドラマや映画で有名な若手俳優とは別方向からの人気を誇っていることなど、彼女はきらきらとしたまま酷く饒舌に語ってくれた。


「普通はその、若手俳優? と付き合いたいとか、そういうのを考えるんじゃないのか?何も生まれ変わったら、なんて」

「お兄さんはわかってませんね。男性のみで構成されることが多い2.5次元の舞台に立つということがどれだけ重要なことか! Twitterやブログでの推し同士のやりとりにどれだけの世の女性が一喜一憂するか! 三枚五百円のブロマイドをまるで宝物かのように大事にすることの幸せさや、長期間に及ぶ公演での皆の成長振りに涙したり、日替わりのために足繁く会場に通うことの楽しさ! それらは全て推しの作品、推しのキャストのためなのです! そんな作品に出られることが私の夢なのです、誰かの推しになってファンを幸せにするのが私の夢なのです、恋人云々の問題じゃないのですよ」


 あまりの演説っぷりに目眩がしそうだった。

 言っていることの半分も理解出来なかったがファンを幸せにする、とだけ聞けば聞こえは良いのだが要するにアイドルに恋するファンではなく自分がそのアイドルになりたいといった解釈で良いのだろうか。


「……でも、来世のために不幸になるっていうより、常識的に考えたら良い行いをしようって発想にならないか?」

「勿論それは大前提です。徳の高い行動は常に心がけてますよ? でも、それだけじゃ精々チケ運が上がるくらいなんです、来世を豊かにするためには現世で来世分の不幸を済ませておくべきなんです。今年一番の寒さの夜に意味もなくひたすら冷たいおしるこ缶を買って素手で抱えるなんて凄く不幸な子っぽいじゃないですか」

「まあ、確かに」


 自称不幸な子な彼女は俺が渡したホットココアを両手でちみちみと飲んで幸せそうに笑った。大量のおしるこ缶はいつの間にか足元に置かれていて、この状況はあまり不幸には見えなかったがそれは突っ込まずにしておく。


 そしてやはり一番不幸なのは彼女ではなくその行動中に居合わせてしまった俺なのではないかという疑問は既に確信に変わっていた。


「あー、不幸になりたいなー」


 それは目的がすり替わっている気がしなくもない。


「お兄さんは不幸ですか?」

「そんなこと考えたこともないな。でも少なくとも君よりは幾らか不幸だ」

「どうしてですか?」

「不幸になりたい見知らぬ女の子の演説に付き合わされ、しかもそのドリンク代を負担したときている」

「その五百円玉でブロマイド買えちゃいますからね、それは不幸です」

「君の買ったおしるこ達のお金でそのブロマイドとやらも沢山買えるんじゃないの?」

「これはいいんです、推しキャストの演じるキャラクターの好物なんです」

「何だ、君は大して不幸なんかじゃないじゃないか」

「大変、どうやらそうみたいですね」





 至極当たり前な会話をして、俺達は笑った。

 どうやら今日は、彼女は不幸になれなかったみたいだ。



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