# 7 死晶の国
★ ★ ★ ★ 旧フランス領 カンヌ
何とも形容し難い光景だ。
眼下で揺蕩うようにも気忙しく動きを見せる人影をいくら見つめても、手にかけるべき彼らまで辿り着く方法がいっこうに解せなかった。彼らと眼下の民らを隔てるのはまさしく巨大な石英。水色がかっているいるもののしっかりと20ヤードはあろうという距離の原住民族が見えていることから、周辺に石柱状に切り立っているものも含めてそれらが全て水晶だと思われた。
足元に張っている分厚い水晶壁を前に幾人かの者は小火器の乱射で解決しようとしている。
「醜い文化だな、火薬火薬火薬火薬火薬火薬火薬火薬……あぁ」
一歩、光る剣はしなやかな腕の先に掲げられていた。
二歩、宙を滑るように青年の体が二十、三十と群れを成す蛮人たちの群れに吸い込まれていった。
三歩、そこで最初の男の首が刎ねられた。柔らかな刀身が滑らかな軌跡を残しながら次の男の腕を斬り落とす。美しい水晶の表面に血が点をうっていく。青年の体が転倒するように人の群れを突き進んだ。剣を無茶苦茶に振っているように見えて、彼は敵一人に対して一度しか剣を振っていなかった。
腕、脚、首。それらのどこか一か所しか狙うことなくとにかく一人一振りで切り捨てていった。
しかし狙われる者たちもただ斬られているばかりではたまらない。既に体に刃を受け、隻腕隻脚となった者たちも各々と武器を拾い上げて銃口を騒がしく震わせる。青年の姿すら捉えられていない者たちは狂った形相で乱射を続け、身内を一人二人と立て続けに殺してしまっている。とうとうまだ立っている者が残り五人ほどまでに減ったという頃になり、青年はそこでようやく動きを止めた。
薄い水色の眼が水晶を思わせる、まだあどけなさの残る若い青年だ。全身が熊から剥ぎ取られた毛皮に包まれており、淡い緑色のマフラーを巻いている。
剣の柄には蛇を象った装飾品がついており、これと同じ装飾品がついたピアスを揺らしている。
「取引をしよう。君らが我々に対する敵意を改めて商いの相手として関係を持つというのならその旨を持ち帰らせてやる。それが出来ないのなら人肉として我々の友獣の糧になってもらう」
寒さに震えるように小刻みに痛みに揺れる蛮人たちを見据え、青年は剣をまっすぐに差し構えた。
「十秒間待ってやろう。そのままよろめいているならそれも良し……」
青年は律儀にも十秒間を正確に懐中時計で確かめ、剣を肩に添え乗せる。
水晶と同じ材質の剣が奇妙に光を跳ねて煌いている。血を吸うように常に雪ぎ落しており、血が固まって切れ味が落ちるようなことはなかった。青年は深く腰を据えてから水晶を強く踏み込んで侵入者たちに飛び掛かった。武装していても武器を構えることが叶わない者らは怖じ惑いながら斬られ、次々と命を落としていく。青年は今度は目まぐるしい速度をそのままに決まって敵の首筋だけを狙って剣を振っていった。懐に飛び込んでは体を大きく捩じってスッパリと頭を跳ね飛ばし、それが出来なさそうなら少し距離をとってから確実に攻撃を行っている。
その圧倒的速度は明らかに群を逸していた。剣を構えなおす間もなく腕から胴芯を捻り続け、脚の開閉と捩じりによって一撃の速度を跳ね上げている。
二人を仕留めるのに一秒。僅か十五秒ほどの時間の中で青年は見事侵入者たちをその場で屠り捨てて見せた。
「………ふぅ」
スイッチが切れたように彼は力を抜いた。剣を鞘に仕舞い、酷使した目元を軽くつまむ。
「いや、ぁ……見事見事。雑兵にも数えられないゴミ屑を三十人斬っただけでそうも倦厭せぬ立ち振る舞いとは……剣を仕舞って良いのか?敵が自分から最後の一人です、とか言ったならまぁ油断してもいいと思うが」
「…………」
青年は一秒と満たない間に剣を引き抜いて視界の先に引っかかるように突っ立ているカンデューラ姿の男に斬りかかった。加速から距離調節の合間に重心を移して肩から肘を脱力し、左足の踵を水晶に叩きつけて半身を浮かせ、そのまま勢いよく斬撃を仕掛けた。
「商いがしたいとか言ってたな?…どうだ、僕らと取引しないか?」
止まった剣。青年が攻撃を中止したのではない、カンデューラに身を包んだ男が引き抜いた剣が青年の斬撃を受け止め、威力を相殺して見事に微動だにしないような停止状態に持ち込んだのだ。
「それとも斬り合いが御所望か?僕は強いからなぁ……でも一応加減はしてやるからどうだ?」
「貴様、何者だ?」
と、言う最中にも青年は剣をずらして再度カンデューラ姿の男に斬りかかった。
ところがそれはあろうことか刃が宙を撫ぜているその瞬間に叩き落され、すっぽりと剣の離れた手は男に捻り伏せられて固まっていた。
「僕は大商会の人間だ。ここには取引にきたぜ」
男は頭部を隠していたクテュラを脱いで顔を出した。
大商会は全世界に進出している得体のしれいない者たちだけに、青年が知っている近隣民族とはかなり異なった系統の顔立ちをしていることがわかった。遠方出身で見慣れぬ衣服に身を包んだ者が自分の剣を崩した上に商談をしようなどとしたことなど初めての経験だった。
青年は素早く剣を拾い上げて飛び退った。おそらく剣を拾う合間にも男は彼に攻撃を仕掛けられたのだろうが、彼が飛び退ることを知っていたかのようにまったく構えずに突っ立っていた。
「間合いに入るな、要件を完結に言え」
「ふ、寛大な扱いに感謝するぞ。オジョウ・フー」
「何故俺の名前を知っている?」
カンデューラ姿の男はニヤリとして応える。
「その剣の腕が自己紹介みたなもんだろ。死晶の国の入口で侵入者を撃退する剣士なんて大商会の人間が知らないはずがない」
男は火を思わせるような赤とオレンジの混ざった毛色をしており、瞳の色も同じだった。
オジョウは独特な構えをとった。相手に半身を向ける形をとり、剣を敵から遠く伸ばして敵に向いている右足は深く地面に力を加えている。右手はそんな右足に添えるように置いてあり、視線は大商会の男に集中している。
「僕はアーカス・レイ・ワダク。レイは剣客って意味で武術が特筆しているって意味だ。だからどうだい?拳で、もとい刃で語りたいのなら一合死合うのも吝かではないと思うぜ」
「良いから、まずは要件を言え。貴様を斬り捨てるのはそれからだ…」
「そうかい、そうかい。まぁまぁ…」
アーカスは剣を体の手前に持ってきた。
妙に刀身の長いロングソードで、通常は刀身の三分の一ほどが刃部分になっている剣種であるのに、それは刀身が全体の一割ほどしか存在しなかった。
「僕を含めて大商会の幹部らはここ死晶の国で保有されている雑踏の叢書の『+α』を買い取りたいと思っている。もし君らが快く譲ってくれるというのなら我々は未来永劫の死晶の国の安泰を確約出来る物資の譲渡を考えている」
雑踏の叢書。
それはいわば世界の記憶と未来への預言だ。
全世界に散らばっている共通テキストに加え、死晶の国のように他民族から干渉が難しい土地には『+α』の部分を書き記すテキストの断片や続きが保有されていることも珍しいながらにも幾つか例があるのだ。これを狙う民族はおおかれど、それを保有すること自体が究極の戦争リスクとなるために大商会を除いてはほぼ中央民族以外には集中に入れることを念頭においている勢力は少ない。だがそれは所有することが究極の戦争リスクとなる存在の戦争リスクをさげる効果もある、つまりは中央民族さえ手が出せない仕掛けを用意しておけばそれは民有財産として最高の位置のものとして保有することが出来るのだ。
世界の記憶を読み解くには高度な解読術と非常に難解な専門知識が必要とされるだけにその技術の伝承には途轍もない時間がかかり、時が経つにつれてこの死晶の国ではもうその内容を解き明かせる者は存在しない。叢書の口頭伝聞がどこの民族でも共通の御法度とされている所以はその内容を知る者にしか知り得ないことだが、現状はとにかく死晶の国にある雑踏の叢書に纏わる記憶が消失している状態にある。
それを狙う人間がいないなどとはこの国の民も毛頭考えていない。誰かが力に任せて強奪しようとしてくることもまた蓋然性が高いことだ。だからこそ、かつての民はこの地が死晶の国と呼ばれる所以となる力を手に入れてこの地を守ってきたのだ。
雑踏の叢書が第三世界の人間に告げた最強種の兵器。その中でもかなり異質な効果と性質を持っている『+α』に記載された二捨遺宝の一柱『アンの杖』をこの地の民は手に入れた。
数秒の合間に空間物質を石英に変化させ、流動する液体のように七色の宝晶を自由に操作させることが可能となったこの地の民はその異質な脅威を以てして世界からこの地を守り続けた。国の中央に位置する超巨大な晶城もまた然り、この国の至るところに水晶によって創造された建造物が存在している。そのすべてが水のように流れる棘や刃となることを知っている他民族の者らは言われなくてもその地に手を掛けることを自粛し、また、圧倒的武力と遠征力を誇る中央民族もおいそれと手を掛けることはなくなった。
「間違えるな、我らが故郷であるこの国は『聖晶の国』で俺たちは『聖晶の民』だ。それとその要件に関しては無論断る。代々受け継いできた至宝を下賤な蛮人に譲る道理がない」
オジョウは剣を握った方の手に意識を集中させた。
「活用できない宝は排泄物よりタチが悪いと思うんだが。そんなに君らに価値があるのなのか…?」
「無論だと言った。……それと、あれは我々の誇りにして至宝。民族統合の象徴にして団結の証……それを糞と唾を吐いた不敬は万死に値するッ!!」
剣戟。
代々火薬と火器に頼らない戦闘を好んだ死晶の国の戦士の中でも歴代最速最強と評されたオジョウの一撃がアーカスに向けられる。怒りによって力を増した斬撃が美しく軌跡を描き一瞬で弾幕のような連撃を編み出した。普段なら一撃で敵を無力化し、次の一撃で首を刎ねて戦闘を終了させることを念頭に置き、それを極めてきた彼がここまで連撃を繰り出すのは言うまでもなく、アーカスの尋常でない防御力故だ。
前進と後退をほぼ一歩で繰り返して距離間を変化させているオジョウに対し、アーカスは最初の立ち位置をほぼ変えずに両手で剣を繰って斬撃を捌いていた。火花さえ舞う拘束の攻撃を容易く受け止めているアーカスは最初は集中して無言で攻撃を捌いていたが、少し経つ頃には慣れたと言わんばかりにロングソードを片手で構えての防御に移った。
「ふッ!」
オジョウは侮辱された気分になった。当然これは侮辱だ。死晶の国最強の戦士がよもや商人如きに後れを取っている。年齢はアーカスの方が上だが、それでも十年や二十年と離れているようでもない、近しい歳の者にこうも差を付けられるなど考えたこともないことだった。
「なんて奴だ…ふッ!!」
オジョウは一層剣と体躯の連携を強めた、速度と一撃の威力と重みが増す。すると、アーカスは今度は剣をハーフソードと呼ばれる刀身そのものを握る形で構え始めた。小回りの利く防御が出来る型の大きな転換だが、依然として片手での対応に変化はない。
そこでオジョウは剣の振り方を変えた。主に急所を中心としたこれまでの攻撃から防御の要であるアーカスの右手を狙っての攻撃だ。するとそれを察したアーカスは早々に躊躇なく背後に後退し、いったん距離を開く。
「良い判断だ。攻撃の姿勢も良いし、かなり熟達した剣線が見られる。正直いって今まで斃してきた奴の中で一番手強いかもしれない」
「ならそっちも攻撃してきたらどうだ?」
実際、防御に徹された敵の瞬殺は難しい。剣術も銃術も結局は一方的に攻撃を展開できたら勝つのだ。奇襲や強襲が叶った際、そこでその勝負の趨勢が決すると言っても過言ではない。だからこそ、攻撃に転じた際の揺らぎは大きい、防御を解除した人間は本人では気が付かないような構えと歪が生まれるのだ。
「…人にはやっちゃいけないことって幾つかあるだろ?僕にとっての攻撃は御法度だ。何しろこうやって久々の剣士との戦闘がすぐに終わるからな」
「そりゃぁ残念だよッ」
オジョウの大振りの一撃がアーカスの首に飛び込む。それをアーカスは容易く剣で受け止めて微笑む。
そこでオジョウの得意な連続技の流れが出来た。今のアーカスは最初に彼の攻撃を受け止めた時と違って片手で剣を受け止めている。威力が相殺されているとはいえ、この近距離から攻撃を展開されてはこれまでのような対応力は発揮できない。
三角の剣線を編み出す特異な斬撃が繰り出された。オジョウはそれと同時に体を一歩分前進させ、詰め寄りからの完璧な切り崩しを測った。三角の剣線はあまりのその高速さ故にほぼ同時発生する攻撃のように受け手には見える。たとえアーカスの力量で見切れたとしても、完璧に防ぐにはやはり乱れと歪が生じ得た。
(決まったッ)
オジョウは水晶を蹴りつけて体を宙に捩じり込んだ、懐に滑り込んでアーカスの胸元から首筋までを狙う縦の剣線を意識する。
(まだだ…!?)
アーカスの異常なほどの対応速度。アーカスは斬撃と同じ速度で後方に反り返り、脚が浮くと同時に剣を放り投げて両手を水晶に触れさせた。そこから華麗に身を後転させて体制を整え、再び距離を縮めてきたオジョウからの攻撃をキャッチした剣で受け止める。
アーカスの手が震え、剣の先が綻ぶ。波のようにゆらめく衝撃が両者を一瞬制し、示し合わせるように同時に二人が剣を再び振り合う。凄まじい火花と衝撃が至るところの水晶に反響し、奇妙な耳鳴りが起こった。
(完全に防御が崩れてる…っ…しかもこいつ、型をとっていない時の防御が温い)
「クっ…」
(解れたっ!)
オジョウの三角の剣線によってアーカスの超対応が破られた。彼の剣が手から離れ、ふんわりと宙に投げ出される。武器を手放したとなればもはや剣士の戦いに勝負がついたも同然、そこでオジョウは躊躇なく留めの刺突を繰り出した。
「糞のために戦う者は所詮『それなり』の実力しかないわけか…」
「なっ!?」
アーカスは剣を握った。握柄ではなく、刀身を素早く手に取り、体ごと一回転させて速度を付けつつ刺突を容易く回避し、柄頭をオジョウに向けて振り捌いた。刺突のために身を乗り出していたオジョウの左肩に柄頭が激突した。
そこでオジョウは改めて思い知った。容易には埋めることの出来ない実力の差、センスの差、経験の格差。今の刺突はそれ自体が誘われていた選択だったのだ。だが、たとえ誘い出すにしても、リスクはある。そのリスクを意に介せずに行動に起こしたということはもう既にオジョウの頭の中を見透かすレベルの先読みを行っているからに他ならない。
「肩を砕いた。もう君は剣を今までのように振ることは出来ないねぇ可哀そうに」
「貴様っ……糞ッ…糞が!」
「じゃあこの国の権力者に合わせて頂こうか。何しろ僕は商談に来たんだ、すぐカッカして斬りかかってくる番犬と遊びにきたんじゃない」
今思えば、挑発によって戦闘行為そのものが誘い出されたものであったようにも感じる。このアーカスという男、オジョウとの戦闘を経たというのにまったく息を切らしていない。
アーカスは剣を鞘に仕舞い、オジョウの砕いた右肩を蹴りつける。その威力によって彼の体が飛ぶように弾かれ、敗北した戦士の誇りをさらに踏みにじる。
「さぁ、案内してくれよ。なぁ」
「聖晶を侮辱した痴れ者に屈するものか」
「そんな泣き目に言われてもな」
アーカスは剣を半分だけ引き抜いた。僅かに覗ける刃をオジョウの首に添えた。
「久しぶりに良い腕の剣士を見た。それだけは得さ。どうせ君が通してくれないのなら死晶の国には入れない。君の首を持ち帰って面目躍如くらいには使わせてもらうぜ」
「糞が……テメェだって十分油断してるさ」
「ん?」
アーカスは剣を背後に向けて素早く抜刀した。すると瞬時に視界にチラつく砕け散った剣の破片。
それは炎と見紛う程の赤く滾るような水晶の波。それが自分に迫り来る脅威でなければ妙な感動をそのままに口をぽかんと開きながら呆けてしまうところだった。流動する水晶は瞬く間にアーカスの周囲を取り囲み、退路を防いだ。
「はッ!こいつが例の死晶かよ」
アーカスは今までの平静を欠いて夢中で飛び出した。視界を塞ぐ流動する水晶の壁をこじ開けるように無理やり突破し、オジョウの突撃を思わせる程の走力を以てして駆け抜けた。
アーカスは折れた剣の柄を捨て払い、カンデューラの一部を破ってさらに速度を上げた。
しかし津波のように水晶は迫ってきた。今度は炎のような赤色ではなく、新緑を感じさせるような緑色の水晶がアーカスの両脇から視界に入ってきた。途轍もない速度で形を変形させ迫り来るそれは奇妙な柱のように彼の眼前に立ち塞いでいった。
『退きなさいオジョウ』
ハープの音色のような透き通った声音だった。
その声の主をアーカスは一度の首振りだけで確認できた。
先ほどまで存在しなかった七色の水晶塔。その天辺。風に揺れる七色の衣装マントが非常に目を引く女だった。
『あとは私が請け負います』
「いえ、あの蛮人だけは俺が…この手でッ」
『危険です。退きなさい』
「奴は、奴は御身の聖晶を糞と並べて語ったッ。俺は奴の全てを否定しますッ」
『…………』
声が聞こえなくなった。
アーカスはとにかく疾走し続け、器用に障害物を乗り越えては死晶の国の入口からの脱出を図る。この周辺には旧世界から残るかなり大きな都市が存在し、ただでさえ入り組んだ難解な地形だけにこの旧都市そのものから抜け出さなくては生還は難しいだろう。
だが、彼は知っていた。死晶が働くのは死晶の国の入口まで、旧世界の都市に逃げ込んでしまえば途端に操られた死晶は効果を失って数秒と待たずに霧へと変化してしまう。
もう既にまじかに迫った旧都市に対して彼は猛進した。
いよいよ都市に突入し、迫り来る死晶から逃げ切ったと思ったや否や、猛々しいオジョウの咆哮が耳に刺さる。
「おぉおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
(どこだ…?)
旧都市に突入するまでの国の入口の全ては既に水晶で埋め尽くされている。これではオジョウが追ってくることも出来ないはず。
そこでアーカスは自分に突撃してくる隕石のような人影を感じた。オジョウは空気を変化させた水晶を足場にして空を駆けてきたのだ。いや、それ以前に国の入口を抜けるまでは水晶そのものが彼を押し上げて人ならざる速度での移送を可能としていたのだ。
アーカスの右腕が胴体から斬り離された。
明るい赤色の鮮血も濁った黒い巡血も飛び散った。
着地による衝撃も水晶のサポートにとって殺したオジョウはそのまま水晶の壁の中に呑み込まれていった。
「精々痛みに苛まれて死ぬが良い、いけ好かない蛮人にはお似合いの最期だ」
「は、ふふ、ふはははははははははははあはは!!」
アーカスは拾い上げた自分の腕を水晶の壁に向けて投げつけた。
「仕方がいないなァ!!…今日の所は死んでやるとしよう!!」
潮が引くように引き返していった水晶の塊が過ぎ去った地には、放置され、残っていて然るべきアーカスの死体もまた霧のように消え失せていた。