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林檎の洲  作者: 牡丹座
7/8

#6 傷だらけ


★ ★ ★ 教会堂の一悶着の一か月前


 ただ道を歩いているだけのフリィは自分に浴びせかかる視線の多さに辟易していた。

 しかし、フリィにとってはただ道を歩いているだけに過ぎないにしても、世間の者たちからみた彼の行動は非常に注目されているし、その行動を促す対象もまた民族の中で噂を持ち切りにするだけの存在力を有している。それだけに普段なら人目などまるで気にしない彼女にしても、ここ最近の視線の多さは頭に痛いものがあった。

 社会的責任。というやつだろうか。

 無論、中央の民の中での社会という定義はひどく曖昧で個々の考えによって差異はある。他民族を排斥侵略のマトとしか捉えていないものもいれば、友好と協力の対象と握手を試みようとするものも少なからず存在する。なまじ周辺民族に比べて中央の民族の規模が大きいがために多くの者たちは自分ら中央の民こそがこの世界の全てであると錯覚しているが、彼女に言わせればそれこそが中央の民の何よりの癌であり破滅宣告とも言えよう一大事だった。

 世界は広い。自分らが思っているよりもずっとずっと広い。『第三世界』と言われ、もはや旧人類たちの叡智の光明さえも掴むことの出来ない混迷の時代にしても、現存している人間の数など計り知れない。文明は死に絶え、人類が根こそぎ間伐されようとも、生き残った者たちは賢明に生きているのだ。


「あはは、面白いなぁ」

 彼女の歩いている通りは中央民族の中枢が集中しているヘアババという巨大都市。これは旧世界の遺産として残った都市ではなく、中央の民が自ら構築した町が次第に発展していったものだ。それだけにまだまだ未開拓かつ雑な建設様式が目立つものの、こういった自分らが手掛けた都市に民族の中枢を配置することこそが中央の民の尊厳を気高く保たせる所以にもなっている。

 ヘアババで常時暮らす者は必然的に中央の民の中でも重要な役職についている人間やその縁がある人間が多い。それに対してフリィは場違いとまではいかないにしても、このヘアババで暮らしている者たちと比較すればかなり低い身分の家が出身だ。身分の差などあまり気にかけていない彼女においても、道を歩くだけで色物扱いされるのは癪なことだった。

 

「余所者の所に毎日通ってよぉ、中央の民の恥さらしが。誇りを忘れたら人間じゃねぇさ」

「もうあの男にだいぶ誑かされてるって噂だぜ、あの小屋で毎日なにしてんだか」

「いいや、俺はあの異端女が厳罰を帳消しにするために死に物狂いで世話役やらされてるって聞いたぜ」

「そんなわけないでしょう。あの女はもともと異端だったじゃない。今になにをしでかすかわかったもんじゃないわ!」

「おいおい声がでけぇって!」

 民衆の実に姦しいこと。

 噂も何もない。独断と偏見を個々が有することで絶妙な嫌味を醸し出している。

 フリィは指をハンドガンに見立ててその民衆に向けて向けた。

「バン、バン、バン、バン」

 四人に一発ずつ、一撃で額に当てるつもりで。戯れとして。

 民衆は怪訝な表情を顔に刻みこむように面容を歪めながら立ち去って行った。その際にも姦しさはやまなかった。

 しかしフリィの気分は今が一番良い。何しろ自分が誰よりも興味を持つ人に仕事として会いに行けることだ。民衆の噂もまったくもってデマというわけではない。彼女はお偉い方々に一応依頼されるという形式で彼の世話係をしているのだ。一日中夜更けまで彼と過ごし、日が昇ると共に再び彼の収容されている小屋へと足を運ぶ。もはや慣れてきた習慣だが、彼と言葉を重ねるにあたってはまったく慣れたり飽きたりという感想を持つことはなかった。

 彼の住む家はオレンジ色の屋根をした小さな小屋だった。装飾品の類が一切ない質素な小屋に置かれたベットにいつも彼は寝ころんでいる。そんな彼に彼女は適当に見繕って買ってきた朝食を差し出す。


「はい。インフィスさん柔らかいパンですよ。好きでしょーこれ」

「珈琲は?」

「あのね、インフィスさん。あれは給料日だったから買えたの。あれの原材料が育つ場所なんて中央民の領でも一か所しかないんだよ」

「そうか。んん……まだ眠い、水を一杯汲んでくれないか?」

「私、世話係ですけどあなたの奴隷じゃありませんからね、そこのところよろしくお願いします」

 インフィスは眠たそうにあくびを欠きながら、髪を弄った。小さいが清潔感のある小屋の中は本当にインフィスのベットとその他のいくらかの調理器具や丸いテーブルと二人分の木製の椅子くらいしかなかった。

「あのなぁ、俺の腕に何が見える?」

「手枷ですね。鉄の」

「だな」

 インフィスは寝床の横あるレバーを下げた。すると寝床に横たわっていたインフィスから伸びてピンと張っていた鎖状の手枷が繋がっていた機械による張力が緩んだ。その機械の内部で纏まっていた鎖が解放されて手枷を繋いだままでもかなり余裕をもって行動できるようになり、インフィスは洗面のために小屋の外に出た。鎖に繋がったままでも、彼は桶から水をすくって顔を流し、眠気の取れない眼を擦った。

 朝食のパンを手に取ったインフィスはコップに張った水を飲む。

 その様子を見てしばらくフリィはにやにやとしていた。

「………」

「………」

「なんだ」

「だいぶ喋ってくれるようになったなぁ~って思いまして。んふふふふふふふふふふ」

「気持ち悪い顔してるぞ。…そりゃあ一日中顔を突き合わせてたら喋らざるを得ないだろ。なにせお前から喋ってくるんだからな」

「んふふふふふっげほほほ…おほッ…んんんっふふふふあはははは!!!」

 インフィスはパンにかじりついた。咀嚼する際中は目を閉じた。何しろフリィのにやけ顔はドン引きするくらいに気持ち悪い。

 インフィスがこう咀嚼している中で、フリィは凄まじい勢いで筆の音を鳴らしている。それらは彼女が毎日インフィスの様子や観察上の必要点を書き記す報告書の類だが、何分その量が尋常ではない。それだけに彼は多方面から圧力のかかる扱いが慎重に試される存在であった。だがフリィはそんな大事な報告書に殴る様に筆を振るい、彼が二口目のパンをゆっくりと咀嚼し終える頃には既にその大量の報告書を殆ど書き終えていた。

「まぁ、面白い話は私が独り占めしなきゃ役損ですし、ね♥」

「ね♥じゃない。お前が職務怠慢してるようだからキャティがまだ牢獄にいるわけだろ?」

「あの人、そんなに大した人間じゃありませんよ。私あの人結構嫌いなんでどうでもいいです」


 インフィスがヘアババの地下要塞で目を覚ましたのは二週間前のことだった。

 目を覚ますや否や全身を落雷を受けたような痛みが襲い、全神経が暴走せんという勢いで生き地獄を味わった。血涙が絶えず流れ、胃酸が溢れ出し、皮膚という皮膚が罅裂かれつして血を流し続けた。しかし、いくら死に目に会えども流血が尽きず、心臓に刺さっている黒い杭がしばらくインフィスの睡眠を許さなかった。

 インフィスは地下要塞の部屋を転々とした。意識はあれども痛みによって理性を消失していたインフィスには何故だかよくわかった。彼が捕らわれた部屋が次々に使いものにならなくされるからだ。監獄や収容所に彼をおけば、たちまちに他の部屋の殆どを血の池に変えてしまうだろう。彼が収容された部屋は二日と待たずに血が溜まって部屋を駄目にしてしまうのだ。

 

 理性を取り戻したインフィスは全身に包帯と拘束具をつけて異常に明るい見渡す限り真っ白な空間にいた。そこでいくつかの問いかけを投げかけられ、それが何だか覚えていられるような状態でない泡沫の心地の中で終わり、その空間から追い出されていた。

 しばらく今度は真っ黒な狭い箱に入れられてどこかにぎやかな場所にしばらく置かれていた。

 そこでは耳慣れない言語が飛び交っていた。基本的な単語の意味や語感・語調はだいたいアンディアと同じだが、イントネーションや慣用句、耳慣れない言葉遣いや複数種の使い分けを必要とする独特な言葉を四六始終聞かされていた。

 それが中央民族のものだと頭で理解したのは今いるオレンジ色の屋根の小屋で過ごしてからだった。

 今の彼には自分がどのような状況に置かれているのか、正確な判断はできない。しかし危険視や厄介視されているのは疑いようがない。最初はフリィが自分からすべての情報を搾り取るためだけにあてられた中枢機関からの使いかと高を括っていたが、一週間を過ごす頃には彼女が彼から聞いた情報の全てを中枢機関に献上せずに一人でため込んでいるということに気が付いた。

 フリィが根からの使い走りのような人間であればインフィスとしても懐柔したり洗脳したり、フリィを用いた中枢へのアクションを仕掛けることも考えられた。しかしこうまでフリィが自己本位的な人間であれば、ただひたすらに雑談を重ねて時を食いつぶすくらいしかやることがなかったのだ。


「ああ、忘れてました。ハイこれ、今日の分の新聞です。あと中央民族の史紙」

「ありがとうフリィ」

「んんんんふふふふっふうふふふふふふ。最近はちゃんと名前を呼んでくれるんでしっかりとインフィスさんの愛が伝わってきますよ」

「今日は割とまともな恰好してるじゃないか。……何かあるのか?」

「おぉ、華麗なスルーからキレのある推察お見事です。残念ながら今日はインフィスさんも新聞読んでる暇はありませんよ~。なにせ私の上司の上司の上司みたいな偉すぎる人がインフィスさんを見てみたいと言ってるんですよ。なにせ私も見たことないから相当偉いです。偉いと思います」

 インフィスはようやくパンを一つ食べ切った。

「…………………」

「なので食べ終わったらインフィスさんをとうに連れていきます。恰好はそのままでいいですよ。どうせまた戻ってくるでしょうし」

「塔?」

 フリィはにこやかに窓の外に聳える巨大な塔を指さした。


★ ★ ★


 人間、どのような不遇な目にあえばその眼を顔に宿すことが出来るのかわからなかった。

 それはまるで屍人の眼。隈の濃い目元は不幸を巻き散らす災害のような気迫を滲みだすのに一役買っている。向かい合ったソファに座らされたインフィスは、生まれて初めて自分が誰か他の人間に傅くかもしれないという恐ろしい考えに及んでいることに気が付いた。

 生まれてこの方、肉体を制御されても精神までもが自分以外の誰かに支配されるかもしれないなどと考えもしなかった。インフィスは殆ど少年の頃から誰かしらの上にたって生きてきたし、二十代に入るとほぼ同時にアンディアの民の中で指で数えるほどの責任者になっていた。仲間と同士の命を預かった一人の戦士として生きていた自覚があった。

 しかし今向かいあってソファに座している男は自分より五歳ほど年上に見えるが、それでも各違いのカリスマ性と何より責任に縛られた人間の死んだ目が備わっていた。最初は携えていた大量の書類に目を泳がせていた彼だったが、ひと段落つくころに秘書らしき人物に二人分の珈琲を用意させていよいよ言葉を紡ぎ始めた。


「まずは挨拶から始めようか。私はイーニーズ・ジェブフロフスキ。中央の民の人事の大半を請け負う仕事をしている。人を動かす仕事だけに中央民族の主要な行動は私の指令によってのものが多く、君の故郷に武装集団ナクサトロズを差し向けたのは私だ」

 だいだいそんなところだろうなという予想はインフィスには容易かった。第一、偉い偉いと囃し立てられる人物が自分とまったくの無関係ということはこの段階ではないだろうと考えられる。

 イーニーズは熱い珈琲の湯気を淵の細い眼鏡で受け止め、レンズを真っ白に染めながら続けた。

「個人的興味と職務の一環として今日はここまで足を運んでもらった。一応現状の君の所有者ということになる。君は要観察と要調査の必要性がある存在だ。それに疑問はないことと思う」

「いや。ある」

「そうか」

「俺がなぜ生かされたままこの中央民族の土地でこうしてのんびりしているのか。簡潔に言えばなぜ所有者がつくくらいに一個人として扱われるんだ?」

 イーニーズは珈琲を飲む手を止め、書類のいくつかに横目を割いた。

「詳細まで開示するかの判断はこちら側で下すが……最低限知っておいてもらうべきは君の生命力が常人と決別した異常なものだ。そのせいで君の収容場所がなく、会議を重ねるほどに完全隔離と静観の二択が迫られたわけだが……その際に一つのんびり暮らさせてみてはと思ってね、君が私に口を開いてくれるくらいに落ち着くまで放置していたわけだ」

 そこで彼は壁際で起立しているフリィを睨みつけた。

「ところが君の世話役に回していた彼女は重大な責任放棄の末に適当な報告書ばかりを送り付けてきた。私としては君の力で彼女を懐柔してしまったのかと恐れ入ったが、どうも違うらしい。根本的な部分で彼女に下した人事が功を奏したのか否かは微妙なところだな。何しろ、君とこうして話が出来るのも彼女の積極的な干渉があったからだろう」

「じゃあそういうことにしておいてくれて構わない」

「まずはしばらく話をさせてもらう。尋問形式をとってもいいが、これはあくまで私という中央民族においての一責任者と拘束されているアンディアの民の生き残りとして捉えてもらうのが適当だろう」

「ああ」

 インフィスは肩をすくめてみせる。

 見たことのない大きな時計が急に深く大きな音を奏で出し、インフィスはそちらを見やる。

「アンディアへの武力行使にあたってはほぼ私の直轄機関のみの断行だった。それだけに現状のしわ寄せがかなり大きい。君たちアンディアの民は私が編成した武装集団に見事な反撃を行ってその九割を屠って見せた。手練れを含め、外界を生き抜く作法を心得た精鋭がかくも失われたとなっては人事のトップの面子も立たない」 

 イーニーズは嘲笑するように肩を僅かに揺らすと、眼鏡を掛けなおした。

「私として久しく急を有する事案だったのだよ。それだけアンディアには侵略を行うだけの価値を感じた。………現状の中央民族はかなり派閥社会でね、林檎の洲への探索を熱心に行っている連中の手元にアンディアを置きたくなかった。それにもし吸収されていたとしても君らの大半は体を切り刻まれた後に『大商会』へと売り払われていたことだろう」

 大商会という機関の名前はインフィスにも耳馴染みがあった。

 外界への探索活動には少なからずの他民族との接触がある。その中で特に多いのが大商会という集団組織に身を置いたうえでごく少数で世界中を練り歩いている者たちだ。彼らとは接触からの戦闘発生がほとんどなく、交渉を是としている割には必要以上の詮索を行わないだけにかなり安定して話が出来る相手だ。中には攻撃を仕掛けてくる者もいるにはいるが、それは緊張状態からの不意の遭遇から生じる場合のみだ。

 大商会はとにかく何でも取り扱う商団体という認識でおそらくは間違いないだろう。本拠地も活動拠点も不明だが、三日も外界を歩けば遭遇するであろうというほどにかなり広範囲を行き来している。中にはアンディアの場所を知ったうえで足を踏み込んでくるものもいたが、インフィスはそれらの所為で滅亡が起こったと思い直して気が悪くなった。

 とはいえインフィスにも大商会の中で親しくするものもいる。誰の所為でアンディアが滅んだのかと議題に上げれば間違いなくそれは今目の前に座している不健康そうな男なのだ。そう思うと、今になってふつふつと怒りがわいてこないでもない。

「我々を含めた世界各地のそれなりに大きな民族の中では古くから共通のテキストが出回っている。それを総じて『雑踏の叢書』と呼ぶのだが、これは第二世界、もしくは第一世界ほどまで遡るであろう人類が生み出したもの。旧字体と複合言語によってその殆どが解読出来ておらず、常に民族間では解読と解析が試みられている。現段階で注目されているのは間違いなく『二捨遺宝』だろう。これはもはや存在証明が行われた伝説といっても過言ではない。これを可能な限り手中に収めたいと悲願する民族は少数ではない。侵略・取引・権威と、利用悪用の仕方はいくらでもある。私は中でもこれを純粋に軍事利用することを強く念頭においていてね、中央の所有する遺宝は計五つ。そのうち三つが私の管理下にある。叢書によって名が明かされた利用精度の高い代物であっただけに、運用次第で東方の民を屈服させるに至ったわけだ。………飛竜のように機動力と高度な戦略性を有した東方民を地に落とすのにはそれなりの損失も番狂わせも生じたが、彼らを降伏させて勝利を得たばかりの体力のない中央の民族でもアンディアを優先して叩く必要性があった」

 インフィスが珈琲を呷ってから口を挟む。

「それが『デーヴァ・ラーヤの剣』であると」

「そう。デーヴァ・ラーヤの剣は叢書に記された立派な遺宝の人柱だ。しかしその詳細については解読が依然として成されていない未知の項と呼ぶに正しい。だからこそ、そんな未知の兵器を奴らの手の届く土地に眠らせておきたくはなかった。……奴らとは派閥社会の中でも特に権威と…なにより支持が厚いファブネル協会と呼ばれる機関のことだ。奴らは旧世界の宗教とやらを都合よく壊変させつつそれを掲げ、傷ついた民衆を足元から攫うような形で煽動し、信仰を植え付けた。まぁ、興ったのが中央民族が発生して間もない頃だっただけに今日までまるで中枢機関の一つのような顔をして権威を誇っているわけだが、武装集団を幾つも抱え込んでいるもんだからタチが悪い」

 イーニーズの蟲を貶すような口調から相当な嫌悪の感情が伝わってきた。

「ファブネル協会は基本的にヘアババに二つある教会堂を中心に信仰推奨と医療活動を行っている。元は傷ついた者の心境に漬け込んだ洗脳的な勧誘が目的だったが、今ではかなり卓越した腕前の医師が何人もいるものだから公式機関的に教会堂を尋ねる者も少なくはない。昨今では持ち前の宗教的熱量を生かして林檎の洲への探索活動の主導権を握っている。奴らにアンディアを取られたくなかったのは遺宝の所有権を与えてしまうからだけでなく、アンディアよりさらに南方の地域に向けて足を延ばさせる口実を与えたくなかったというところが大きい。ファブネル協会はたとえ異民族でも信徒という形式のもとでアンディアの民を吸収するだろう、その実、吸収されたものは漏れなく協会の隷属格に下るわけだ。しかしそれでも世間体的に言えば協会が見事アンディアの地を平和的に手に入れたことになる。すると奴らの足が南方に向き、ますます益のない探索活動が推し進められてしまうというわけだ。……人事のトップとはいえ私には協会が探索を行うとなればそれなりに人を無本意にあてがわなくてはならない。ありもしない土地を名目に中央の民の懐を緩めていては、得体のしれない大商会に付け込まれなけないからな。…中央の民が現在のような強力な威光を奮うには大勢を探索の形式に促してはいけない。より堅実に他民族への侵略と強奪を是としなくてはいけないのだよ」

 インフィスは頬を掻いた。

「なにより、協会の者たちも本気で林檎の洲を見つける気など殆どありはしないのが問題だ。奴らは獲得した地域の活用の仕方を弁えている。吸収した集落や地域の者たちを隷属下に置くことは前提として、そのうえでそこを苗床として人民の完全な管理と資源の独占。その周辺地域の大半を見据えることを可能とし、さらに近辺の民族へと手を伸ばし続ける。……奴らは基本的に偶然、他民族と遭遇し、吸収を成して領土を広げているようにも見えるが、奴らは基本的に大商会と仲が良いから手に入れた土地の先住民の臓器を私有財産に変えている。あとは公式に農耕者という名目で奴隷業も行っているから労働力は本来人事を通して人を派遣するまでもなく潤沢に回転させることも出来るはずなんだ」

 そこでイーニーズは肩を落とす。

「…所詮は報告書の書き方ということだな」

 彼はどこかフリィのことも指摘しているような口ぶりだった。

「何より今の協会の主導者が曲者だから面倒だというのもあるな。……昔馴染みにしても今の奴は見るに堪えん」

「………で、それを他民族の俺に話したところで何か改善されるんでしょうかね?」

「いや、少し話が逸れたようにも聞こえるかもしれないが、アンディアが内部分割が起こっている中央民族にとってどれほど意味のある土地かということを知ってもらったうえで話を進める気だった」

「その前に一つ訊かせてもらいたい。さっき話に出た雑踏の叢書とやらには林檎の洲に関する記述がまったくないのか?」

「少しでも記述があれば中央民族どころか大商会、北開ほっかいの民、ジャバル・ドインの民がこぞって林檎の洲への到達を最優先事項とするだろう」

「……………………」

 あったらあったで争い、ないならないで問題が起こる。

 まったくもって唯一絶対の救済と呼ぶにはいささか争いを好む信仰だと思う。

 アンディアの民はまさしくそんな唯一絶対の救世とやらに滅ぼされたのだ。

 イーニーズはしばらく溜めてから話を続ける。

「先ほど君は自分の事を他民族と言っていたが、そこが私の着目点だ。君がどうこうと意見を言うのは自由だし、我々の内輪揉めに介入する気もないだろうが、一つ頼みがある」

「?」

「中央の民は一応法治を礎として機能している。つまりは守るべきルールと規則が民の中で敷かれているために、当然民族間での対立にも法的制限が働く。だが、君は我々の世界の外を生きている。……通常なら侵略した土地は文字通り中央民族の領地へと変わるため、君は隷属民となるわけだが、これは特例。私がアンディアへの進行によってその皺寄せで忙しくしているとなれば通常通りの業務も人事執行権も行使が滞るというわけだ」

 インフィスは肩を竦める。

「つまり俺にファブネル協会の人間を殺してこいということか……」

「私にできる最大限のフォローはさせてもらう。報酬は成せる限りを成そう。今日より二ヶ月以内にファブネル協会において教会堂の威光と覇権を振り翳すカゲアという男を殺害できればクリアだ。それが叶えばその段階で直ちに君は侵略した土地の民として私が改めて所有しよう。そこまでくれば問責の回避も断言できる」

「公式で非公式に殺せって……なんという人だ」

「出来るかどうかは聞いていない。出来なくても別にどうということはないさ。んん、そうだな。しばらくはフリィを貸しておこう。他に人が要り様ならフリィを通して私に伝えたまえ、すれば私が直々に動く」


 












 


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