#4 無窮への戦い
『 殺せ シャイアルン 』
非常に攻撃的な命令の後に続く誰かしらの人名。
次いで目に入るのは射線を気にせず堂々と立つナクサトロズの背後から現れた少年。どのようにして現れたかが多少問題ありと言えた。何しろ歩いたり、駆け込んできたりとは明らかに様子が異なる登場だったからだ。
その少年がシャイアルンだとみて間違いなさそうだった。ただ者でないような雰囲気に加え、彼はこともあろうにナクサトロズが降りてきたエレベーターから昇降機ごと破壊しながら轟音と騒音と衝撃に塗れて姿を現したのだ。その外見は血をバケツから被ったように赤に染まっており、身の丈の二倍ほどある細い棒状の得物があまりにも煌々と黒い輝きを放っているために余計に目立っている。その少年は得物を器用にエレベーターの出入り口の付近を叩いてその身を彼らがいる空港の三階地点まで移動させた。どんな酔狂な思考をすればエレベーターの昇降機を吹っ飛ばしてその出口から身を出すようなことに至るのかは不明だが、それだけわかりやすい強敵というだけでも親切に思えた。
「……下はさっきからとっくに殺りあってた。お前ら随分と呑気にしてたじゃないか。お陰で俺の目の前で仲間が死んだ」
少年は静かにそう言っていた。涙が目の淵で溜まっている。声も震えていて弱弱しかった。
「悪いね。こちらも私とロジアを残して全滅さ……完全にこちら側の過失だ。アンディアの民を見縊った代償だろうよ」
「アンタが指揮官じゃないのかよッ!アンタの慢心で仲間が死んでも気にしないってか‼」
そこであのナクサトロズが先ほど管制室で見せたような叫声を発する。
「仲間を好き好んで無駄死にさせるワケがねぇだろうが糞餓鬼がッ‼」
ナクサトロズが怒号のままに背後のシャイアルンと呼ばれる少年を振り返ろうとした。そこでインフィスは別段彼らの悶着に付き合う必要もないので構わずに銃を撃った。ついでにそのさらに横から目を猛烈に滾らせながら高速で突進してくるムンの姿もあったため、これでナクサトロズを撃ち殺せればここで強敵二人を一気に仕留められるかもしれないところだった。
ところが目に入ったのはシャイアルンの振り捌いた黒い棒が湾曲して回り込んだことによって阻まれた弾丸とほぼ同時にナクサトロズに組み伏せられたムンの姿だった。ムンがシャイアルンに飛び掛からんという瞬間にナクサトロズは前傾し躊躇なく飛び掛かり、数舜で当身を叩き込んでから即座に極めに入った。それとほぼ同時にはシャイアルンが謎の黒い棒を振り払ったことによって妙なことに棒の先端が鞭のように撓い、弾に接触し、弾道を逸らしてみせたのだ。
「は?」
「ぐあっ!!」
インフィスの動揺も眼中なしにナクサトロズは床に伏したムンの口に拳銃をねじ込んだ。そして即座に頭ごと吹き飛ばす。血が床に花を咲かせた。ナクサトロズはゴミでも見るかのような目つきでムンの死体から銃を引き抜き、トレンチコートで血を拭った。
「ああ、窮鼠猫を噛むとはよく言ったものだよ。抜かれたのが左肩で運が良かった…」
「運が良かったらみんなが幸せに暮らせるように運を使え……もう死んだ人は戻らないんだぞ」
「わかってるさ。ああ。わかってる」
ナクサトロズは唖然としているインフィスに向けて拳銃を向けてすぐさま撃つ。銃口を向けられたインフィスは我に返って物陰に隠れたが、場所的に動き出せばすぐに撃ち抜かれかねない。
「……私たちはこの秘境で資源を十分に失態を雪げるだけ獲得する。そして『剣』をなんとしても見つけ出す。そうでもしないと割に合わないってもんだからね」
「俺がそこに隠れてる奴を仕留める。あれは族長格なんだろう?」
「ああ。私に劣らない紳士だから見くびらない方が良い」
思わずインフィスは笑い出してしまいそうになった。
あまりに情けない話ではないか。
敵が攻め込んできたことによってアンディアの民。家族とも言えよう人たちが大勢死んだ。悲しいし恨めしい。この非情な殺戮集団を戮したくて斃したくて堪らない。のに、敵は自分のすぐ近くで正当防衛よりさらに根本的な反撃にあったことで涙を流して悲観に暮れているのだ。
その首骨をへし折って内臓を引き裂きたい欲望が一層増した。
三大欲求に復讐欲が該当しないのが不思議なくらいに報復の炎が燃え盛ってしまった。
「戮してやる」
足音が鼓動のように耳に刺さった。
喉が渇いて仕方がないのに唾液ばかりがあふれ出てくる。口がだらしなく開いているのだ。目に痛みが走った。まさしく目まぐるしい勢いで眼球が上下左右に移動しているのだ。無意識に。
周囲の物体の隅から隅までを目視で頭の図面に書き込んでいく。主に自分がそこに力を注いだ際に自分の体がどんな風に思うのか。普段なら絶対に考えることなどありえない意識を脳がなぞっている。少年の影がスローで近づいてくる。きっと意識の加速の所為で見ている光景が普段より格段に遅く処理されているのだろう。それでいて意識ばかりが加速するのだから心が昂って仕方がない。
槍とも矛とも分からない黒い得物が付きつけられた。少年はそこまで距離を詰めることもなくそれを突きつけたのだ。得物の先端には十字を模した硬装飾が存在した。それがインフィスの潜んでいた障害物を突き破って迫ってきた。まったく出鱈目なことだがその黒い得物はその丈を変化させ、ほぼ予備動作も仕掛けもせずにいきなり延長したのだ。そしてそれが柔らかくない障害物を難なく突き破ってきたということは少なくともインフィスがそれを受ければ腹を突き破られてしまうということも同時に示している。
「そのまま砕け、シャイアルン」
少年の声が聞こえた。
シャイアルンとは少年の名前ではなくその武器の名前だとそこで判明した。
その黒い得物はその一声を境にひとりでにしなり、それがインフィスに向けて勢いを付けて飛び掛かった。その勢いから避けるのは不可能だと思い、甘んじてそれを受け止めた。黒い棒を両手両足できっちりと掴み、衝撃を遠くに逃がそうとその得物の先端を床にぶつけた。
「……何?」
「戮してやる」
インフィスは自分でも驚くほどの速度で少年に詰め寄って得物を握っている主点の右腕を肘で叩きつけた。少年は怯んで得物を持つ手が緩まり、そこでインフィスは少年の顎を掌底で打ち上げ、そこからさらに伸びた首筋に向けて顎の力を振り絞ってかみついて見せた。
「矛を執れッ!シャルアイン!!」
その瞬間インフィスの体が宙に投げ出された。次いで凄まじい衝撃。ずっしりと体に響く鈍痛ともに彼の体が階下に叩き下ろされ、背中に瓦礫の一部の鉄筋が突き刺さった。
「ごはっ……!」
「危ねぇ……なんだよ今の動き。まるで獣だな。アンディアの民」
「ゲほっ…ふぅ…はぁ…うぅぅ」
「シャイアルンは二捨遺宝のうちの一つ。侮ったな、よくわかんない武器程度に考えているようなら勝ち目はないってことだよ。でもあんたも大した怪物だ。この戦いの中で急所に攻撃を食らうなんて思わなかった」
インフィスはいつの間にか体を起こして物陰の合間を滑るように縫っていた。見事な体捌き故に拳銃を持っていても即座に狙い撃つことは困難なようで、少年は三階から見下ろしながらインフィスの動向を探っていた。そこで少年はその身をひょいと宙に投げ、舞台をインフィスがいる二階へと移した。
「再び矛を執れ、シャイアルン」
すると少年は黒い棒をくるくると両手で回転させながら言った。黒い棒は風を切るように高速で旋回していたが、次第にその様子が変化し、形そのものがランスに近しい形態へと変わっていった。十字になっていた先端が円錐形の尖った刺突殺傷性の高い形に変形し、黒い棒が全体的に太くなった。全長は四メートルほどになり、持ち手の多くは半液体状態に軟化したのちに少年の肩に吸着するように取り込まれていった。まるで右腕そのものを巨大なランスに変化させたようなものだった。
インフィスは先程の攻撃によって拳銃を手放していたために今では丸腰だ。身体能力が精神的な高揚によって活性化しているとはいえ、生身で異形の武装をしている人間に挑むのは無謀に見えた。
とはいえ、今更無謀などは気にする必要はない。メアリーが彼を抱きかかえて身投げをしなければ既に死んでいた命。いや、探索者として世界を回っていた時にも幾度か死に近づいたこともあった。そのたびにぎりぎりの一線を生き延びて今に至っているのだ。今回も結局はなんとかなるんじゃないかという思いも少なからずある。
しかしそこで心に染み付いた感情が彼を睨みつけた。
「理由があれば人が人を戮して良いなんてことがあるんだろうか……」
そう。インフィスは仲間を殺された。家族と言えよう人々を殺戮されたのだ。
もう自分の命が助かったとしても「今まで通り」なんてことはあり得ないのだ。むしろこの窮地を脱し、ナクサトロズを皆殺しにしたとしても生き延びるすべは存在しないのだ。
「なぁ小僧。俺だって今まで何人も何人もこの指で引いた引き金の先で殺した。そのたびに堪らない申し訳なさと自分を正当化する防衛本能が働いたよ。あぁ。殺さなくてもなんとかなった場合も結構あった。俺は誰よりも人の気配を察知できたし、誰よりも早く見つけた敵を即死させる技術もあった。……仲間のため、民族のため、未来のためにそれが正しいことだと信じてきた」
「………」
「なぁ、あんたらもそうなんだろ?」
「そうだ」
少年は唸るような声で続けた。
「アンディアの民に悪いことだと思う。自衛云々の正当の理由じゃなくて明らかな侵略が目的だった。そのためにアンディアの民はほぼ完全に滅ぼさなくては話が成立しなかったんだ。二捨遺宝が眠っているのがあまりにも大きすぎたんだ。……あれを欲してキャティは暴走してしまったんだ。あいつの望みを叶えるため、こちらにおいての復讐を果たすためにナクサトロズは編まれた」
「?」
「俺たちを恨むのは道理だ。恨み殺すくらいの怨恨をバラまくのも当然だと思う。けどナクサトロズはお前らにとって絶対悪だが中央の民にとっては必要悪だ。目的は正しいが方法と手段が汚く非人道的。……だけど我々は慢心して仲間を殺させてしまうという失態を侵した。侵略者を演じるにあたってあってはならない最悪の展開」
少年は既に戦闘モーションに映っていた。右腕が化けたような黒いランスがまっすぐにインフィスの潜む柱に飛び掛かり、綺麗な穿ち跡を付けながら彼と紙一重の位置にまで迫ってきた。インフィスはその動きを見越して体重移動を行っており、柔らかい体を生かした瞬間跳躍によってそのランスの先端に飛び乗った。ランスの重量もあるだろうに、少年の右腕はいざインフィスがそこに乗っても震えたり揺れたりすることはなかった。途轍もない筋力か、それとも道理に合わない力学でその武器が存在してるのか。
インフィスは直ちにそのランスの先から飛び上がって崩壊気味の階上から垂れている鉄筋を握って少し遠くまで飛びのいた。まったく不本意だが、銃を手に入れない限りは戦うことができない。
「その所為でアンディアの民には不本意にも苦しみながら死んでもらうことになった。俺たちが一瞬の痛みだけで殺せるようにまとめて殺処できたらよかった。しかし余計な苦しみを与える結果になってしまった。……だってそうだろ?……俺なんかより、お前の方が最悪な気分だろ?……もう後がない。ここで俺を恨み辛みに任せて殺したところでお前は崩壊したアンディア民族と一緒に朽ちるだろうよ。どんなに懸命に逃げようが抗おうが、もう手遅れなんじゃないのか?」
実際その通りだった。王を含めた族長格を名乗れる人間はもはやインフィス一人。これではごくわずかに残ったアンディアの民と共にこの窮地を脱したとしてもそう長くは生活を営むことは出来ないだろう。人間の暮らしには余裕がどうしても必要なのだ。
「……なら死ねよ」
「ん…?」
「いいや。失敬。感無量ってやつだ。ああ、まぁ、そりゃあ人間が生きてけばいろいろあるさね」
「ああ。俺はお前を殺してやる。そうすれば残ったアンディアの民も頭がいなくなって諦めがつくだろうしな」
「しかしアンタは索敵能力がないんだな。まったく」
「あ?」
インフィスは背後から少年に飛び掛かった。指を強張らせたまま振り返った少年の顔に手を振り落として叩きつけ、大して伸びてもいない爪に抉らせた顔に動揺している少年の首に再び噛みついた。それは少年の決死の回避によってインフィスに隙を齎し、大振りのスピアが彼の体を真横に薙ぎ払った。
浮いた体がすぐさま壁に叩きつけられ、インフィスの体が撓った木々のように軋むが、それでも彼は止まらなかった。
「なんだよ今のッ……声は確かに正面から聞こえてたはずだ。……というかお前の位置は目視でマークしてた。…のにッ」
少年の声は乱れていた。さらに障害物の間を移動しているインフィスに狙いを澄まして突進していく。
「アンタはその武器でさぞ人を殺してきたんだろうが、決定的に経験そのものが欠けてる。特にアンタの動きには明らかな特性が見られる。その武器が重いのか軽いのか未だによくわからないが、それを装備したアンタを含めたナクサトロズそのものが『明確な敵と目標がある強襲』と『敵を攻勢で詰める戦果拡張攻撃』以外に不向きな集団だってことは逆襲に不慣れな様子で十分に印象付いた。そもそも味方を何人も殺されるなんて想定すらしてない集団はいざ強い反撃を受けた際には非常に防衛が疎かで周囲に対する索敵能力も不十分。おまけに敵をこれまでに何人も屠ってきたような物理攻撃の使い手は銃士よりも基本的に油断する。銃は乱射しても人を殺せるが、槍や矛の使い手は基本的に相手の動向を見極めて戦うのが基本となる。そんな奴がもっとも警戒していない後ろをとられたということはわかるな?」
少年は突進しつつシャイアルンを大きく振り払った。
「背を守れッ!シャイアルン」
声に応じてスピアが変形して一回り小さくなる。その減少分を活用するようにスピアの一部が彼の背後にぴっちりと吸い付くように固定され、甲冑を思わせるスタイルに変化した。
「器用なもんだな」
「そっちこそ」
「だが根本的に後ろをとるのは難しくないってことに変わりはないんだよ」
少年の体に衝撃が走った。背後から響く機関銃の轟音。特別性の防御を纏っているとはいえ、機関銃の短距離射撃を数秒でも食らえば体が吹っ飛ばされてしまう。少年はスピアを装着したままごろごろと空港内を転倒し、そして立ち上がろうとしたらその瞬間に背後から刺すような視線を感じてスピアを振り捌いた。綺麗な線を描いた攻撃は虚しく空をなぞった。
そこでさらに銃撃があった。少年の後方から雨のように弾丸が叩きつけてきた。激しいマズルフラッシュに呑まれた少年はシャイアルンと共にさらに押し動かされた。
「アンディアの民の元祖は『座標偽詐』の使い手。アンディア自体が世界の眼を欺く位置にあり、さらにはその自衛も戦闘も全てが砂漠や崩壊都市での遭遇戦に優位に立つように構築され、それを代々受け継いできた。……この状況下であればお前の意識の裏をついていつでも背後をとることが出来る。むしろアンタが俺に背を向けてくれるというのが正しいかな」
「大した曲芸じゃないか…ハぁ……俺がそうそう背を見せることはないんだがなぁ。……しかし良いのか?俺にそんなことをわざわざ自白すれば背後を油断するなんてことはないぞ」
「まぁこの技術は一対一ならほぼ確実に成功する技だ。さらに言えばこれは種さえ明かさなければむしろ技を使っていると告げることはお前の意識を飼いならすのに都合がいい。というか後ろに限らず全方位からアンタを狙える」
「へぇ……」
少年はそこでシャイアルンの形をさらに変化させた。それは初期の黒い棒の状態でそれを彼は器用に壁や床に叩きつけて体を浮かせ、さらに勢いを付けて姿勢を捻ってその身を三階にまで押し上げた。
「……妙技の使い手ってことはわかった。悪いがお前に付き合って俺が死んだらナクサトロズもキャティもご破算だ。少し姿を眩ませてもらおうか」
「んん。頭がキレるようだな」
インフィスは少し壁に凭れる形で身を屈めて息をついた。
異様な戦闘スタイルでいえばあの少年も同じでまったく理屈が掴めない武器を扱っている。インフィスはどうにか精神的優位をとれたが、もしあの武器にさらなる強力な変形があれば体をバラバラにされていてもおかしくはなかった。
一息ついたところで現実の痛みがぶり返す。
ムンがナクサトロズに殺され、もうまともに戦える人間は残っていないだろう。インフィスもそろそろ見切りをつけなければいけない。残ったアンディアの民を全力で守るか。それとも自分ひとりの身を全力で生かす努力を行うか。
状況を考えれば自分ひとりが助かる道を選んだほうが希望がある。これから僅かに残ったアンディアの民が身を潜めている地下の奥深くまで合流に向かったとしても、途中でどうしても遭遇するナクサトロズたちから向けられる銃口を掻い潜れるとは思えなかった。もしそれが出来たとしても、今のインフィスに民族の未来を背負って行動するだけの余裕は存在しない。
「…………唯一絶対の救済……ねぇ」
そんなものがあるならまさしく今、それに縋りたかった。
それが果実なのか、場所なのか、建造物なのか、人の名なのか。
そんなことはどうでもいい。とにかく救ってほしかった。それが得体のしれない施しであっても食らいつく。積極性を失った人間の堕落した姿になってもとにかくそれを与えて欲しい。
インフィスは奔った。
意識も疎らに突っ奔った。
今ではムンの異様な行動力と非凡な殺傷行動力の高さが理解できた。もはや心臓が体を動かしているのだ。指の先までが獣を融かした湯にでも浸っているような感じに意識が蕩けて、ありもしない爪で引き裂くように手を力み、ありもしない牙で砕くように顎を奮った。人殺しなどその気になればきっと大したことではないのだろう。まともな精神状態でそれが出来るようなら大したものだが、こうして大義名分にも似た復讐心を心臓にくべているうちには本能にも思われる。その指が敵の皮膚に減り込んで肉を抉り、獣に劣る顎は敵の喉笛を食い破るには十分だった。
地下は蟻の巣のように入り組んでいる。適当に首を突っ込んでも狙った場所には辿り着かないだろう。ちらほらと見かけたナクサトロズはインフィスのあまりにも急な登場に呆気に取られている間に喰い殺された。この分では残りのアンディアの民の隠れ場所に到達出来ているナクサトロズもそう多くはないだろう。彼らが立てこもっていると思われる部屋は広く、堅牢な扉に守られているために内部に侵入されなければどうということはないはず。インフィスはより一層足にそそぐ力を強めた。
今までこの通路を通っても、何か特別な思いを感じたことなどなかった。
しかし今は高鳴る心臓の音が様々なものを想像させてくれる。
扉の前に屯している際に溢れる感情は安堵と殺欲。これまで通り途轍もない速度で詰め寄ったインフィスは決闘やら武術とはかけ離れた原始的な攻撃でそれらを屠った。自身の体は宙に投げ、浮いた体を敵や壁を蹴ることで常に浮かせて、床に足を付けるまでにはその場にいた七人を殺しつくしてしまっていた。
今更死体から銃を奪うなんてことはしない。もうその爪の間にこびりついている人の皮膚片が腕一本で十分に敵を殺せることを証明させてくれていたから。
やっと仲間に、同士に、家族に逢える。
その重厚な扉を開いた先には血を流していないアンディアの民がいた。
はずだった。
光源の乏しい薄暗い廊下からその部屋に入る際に目を刺した光に頭が眩んだ。
受け入れきれない光景に心臓が絶叫した。
号哭が垂れ流れて喉から血が流れる。
倒れ伏した民たちは山のように積まれていた。血が河のように下っていた。苦しそうな表情のまま時を止めた民たちの眼が彼を見つめているように見えた。
そしてその山にだらしない姿勢で座り込んでいる見慣れた男はこう言って見せる。
「やぁ、待ったよ」