#3 心創傷
砂漠で道に迷ったとき。
さぁ、引き返そうか。さぁ、助けを待とうか。
きっと引き返すだろう。
さぁ、あの建物は見たか。さぁ、どうだか。
遠い記憶に小金の麦畑が過る。
身を埋め尽くすほどの麦の真ん中で青空を眺めていた。
誰かが。
マズルフラッシュは静かな荒野の宵に見える星間減光に似ている。
硝煙が視界にチラついた瞬間には失われていた複数の命。
拳銃の早撃ちには群を抜いた才を有するインフィスにしても、多角的な射撃には射線の意識が巡り切らなかった。投げつけられたような十秒の間にインフィスは身を翻して管制室奥の並んだ機材の背後に滑りこみ、容赦のない斉射から間一髪の生を掴み取った。
射撃の後の鋭い音が耳を突き抜け、一所に留まることを悪手と考えたインフィスはすぐさま場所を変えようと動き出す。しかし状況は最悪だ。どう射線を掻い潜ったとしてもエレベーターはこの状況下では悠長の極み。とはいえ十人ほどいあるナクサトロズを思うが儘に殺しきれるとも到底思えない。殺せて二人か三人だ。それ以上のことが出来ると思えるほどインフィスは勇敢でも無謀でもない。
「流石に…無理か?」
射線を意識しつつ状況を確認。体感時間はすさまじく加速しているが、実際に流れているのはわずか五秒未満だ。
王は銃殺されていた。その傍らには秘書の死体も転がっている。
ジャックは今まさに血を噴き出して死に向かって歩んでいた。縫合の跡が目立った筋肉質の腕は踊る様に跳ねながら揺れ動き、開いた掌はどこか果てしない空を掴みたいという願いが現れているようにも見えた。ジャックの体は文字通りハチの巣へと変貌し、穴だらけの体は血を宙に四散させるよりも先に床に伏してしまった。
「‐‐‐ッ」
声にならない感情が溢れた。ナクサトロズ共を出来ることならばその手で駆逐してやりたかった。怒りに任せて腕と足を奮わせ、盲目的に殺戮を成せたら胸が空いたろう。骨を砕き、肉を潰し、臓器を捥ぎればこの込みあげる炎のような複合感情をどこか遠くに逃がしてやれるかもしれない。
インフィスの頭髪を弾丸が掠めた。いつの間にか回り込んできたナスタトロズが撃ったのだ。しかし今そのナクサトロズとインフィスは一対一。すぐさま彼は狙いすました一撃をそのナクサトロズの眉間に撃ち込み、倒れ行くそいつからハンドガンをもぎ取った。
それは自動拳銃で、比較的殺傷力が高いと思われる品だった。連射感覚は一秒未満だが一撃毎の反動が大きく反動制御を換算して射撃間隔は二秒といった所に見えた。
インフィスはすぐさま視線を転換してそのナクサトロズに続いて背後を取ろうと動いていたもう一人のナクサトロズを射撃した。眉間からは逸れて右肩を吹き飛ばしたが、利き手らしいので十秒は稼げたように見える。そこでインフィスは右手で構えていたリボルバーの方で次の標的を探した。ここまできたら元の位置まで戻り、その間に一人仕留めた方が賢明だと思えたからだ。
彼が次のナクサトロズに狙いを付けて引き金を引こうとした瞬間、標的のナクサトロズの首が頸動脈から深く引き裂かれて血に塗れた。
とっくに撃ち殺されてもおかしくなかったシーナの奮闘がそこにはあった。目にも止まらぬ速度で距離間隔を繰り、一足で左右上下に姿勢を目まぐるしく折り曲げたり捻り捩ったりするさまは宛ら猛獣のそれだった。
彼女は瞬く間に再度ナクサトロズに飛び掛かり、近距離銃撃を紙一重で避けてからその男の両目に迷いなく指を突っ込んだ。だけでなく、その状態から思い切りよく指を減り込ませた姿勢から頭突きを食らわせて男の顔面を軽く陥没させてみせた。脅威の身体能力と闘争能力だ。
しかし彼女も彼女で満身創痍だった。既に腹に一発弾を食らっている。吐血しているし、何より今の頭突きによって自身の額も傷ついて血みどろだった。目が血走って、体中が震え上がってしまっている。機敏な動きをすればするほどに体中が掻き乱される思いだろう。
「てめぇッらァッ!!!!!!」
そこで突如響く叫声。
「人殺したこと無いガキじゃねぇんだぞッ!みっともない様晒してんじゃねぇッ!!」
それは先程までナクサトロズの中心で言葉を重ねていた男だった。立ち位置的に彼が王を撃ち殺したと思われた。王は眉間を一発で撃ち抜かれていたために、この男の射撃技術が低いということはあり得ない。そのうえ今の一声の一瞬後には銃口をシーナに向けて射撃を行った。シーナが別のナクサトロズに目を付けて振り捌いたマチェットをそのナクサトロズの首筋でスライドさせようとしていた彼女は射線を感じて頭を勢いよく傾けたがそれでも弾丸は彼女の頭部を撃ち抜いた。むしろそのナクサトロズは彼女が頭を傾けることを予期したうえで射撃を行ったようにも見えた。
「いい恥晒しだな、ったく」
「アンタやっぱり強いな」
そんな一味も二味も違うと思われたナクサトロズの背後を取った男が一人。しばらく押し黙っていたオズが完璧な形でナクサトロズの裏を取り、絡め手を決めた。勢いで男のハンドガンを捻り落とし、さらにそこから深く型を嵌めて落そうと試みる。全盛とは言えない年齢とはいえ多少は自衛のための護身術などはアンディアの民の大概は心得ている。それでもここまで綺麗な形で嵌めることが出来たのはかなりの好機だろう。すかさずインフィスはその男に向けて銃を構えて引き金に指を掛ける。
しかしそんなインフィスに向けて放たれた弾丸が別方向から飛び掛かった。それはインフィスの銃を構えた右手の薬指を撃ち飛ばした。その衝撃と痛みによって拳銃を零してしまったインフィスは、第二射が首をほんのちょっと掠めたことに危機を感じて管制機器の山に身を伏した。
残るナクサトロズは三人。うち一人は他のナクサトロズ三人分はあろうかという精密射撃の主。下手にこの場で時間をかけてしまえば場所を見定められて顔を一ミリでも出せば即座に撃ち抜くだろう。幸い残りのナクサトロズの立ち位置は容易に把握できるため、虚を付けばそれなりに優位に立てるかもしれない状況まで漕ぎつけていた。しかしおそらくもうこの管制室内のアンディア陣営はもうインフィスしか生き残っていなかった。とはいえ一対三なら経験済みだし、射線がどう届くのかの理解も立ち回りの優位さも十分に活用できる。そこでインフィスは先に今自分の薬指を飛ばしたナクサトロズに向けて急射撃を行った。それは左手でなおかつ奪取した手慣れない銃だったために弾丸は腹部に命中したが、威力を見ればそちらの方が強いためにおそらくは致命傷は与えただろう。
残るは二人。その二人には既にインフィスの場所は割れている。ここで愚直に距離を詰めてくれるような阿呆ならば問題はないのだが、少なくとも王を殺した男の方は完全に身を潜めて射線を確認している。今ではその正確な位置がわからなくなってしまった。
すると残るもう一人の方がインフィスが潜伏しているあたりにめがけて無暗やたらと射撃を始めた。威嚇と本命を予ての連続射撃だろうが、やはり反動の影響で着弾場所がぶれている。そこでインフィスはその男が弾切れを起こしてリロードを行うその瞬間を見計らって息を整えてた。
するとその瞬間はすぐ訪れ、インフィスは思い切りをつけて飛び出した。するとリロードしていると思ったナクサトロズはインフィスに向けてしっかりと銃を構えており、すぐさま射撃を行ってきた。
その男が最初から二丁持っていたのか、それとも死んだ仲間の分を拾ったのか、どちらにせよ大問題だった。幸いそこそこ距離が開いていたので何発も被弾することはなかったが、連射してきたうちの一発が彼の脇腹を撃ち抜いてそのまま倒れるように彼は再び管制機器の列棚に転がり込んだ。
「‐‐‐ッ!!痛ッ」
「だいぶ殺されたもんだぜ。アァ、まったくアンディアの民の株が上がるなァ。俺らが面目躍如の糧にされちまったぜオイ」
「射線を動かすなよ。その位置から彼は動けない。さぁ、腹にでも弾を食らったんだろう?痛むかい?」
これで完全にマークされてしまった。腹から血を流すインフィスにまともな勝ち目はない。
エレベーターまで駆け込むにしても根本的な悠長さは解決できていない。
ナクサトロズを両名撃ち殺すにしては集中力と精神的優位さで大きく後手に回っている。
「万事休すかね……」
痛みなど忘れる努力をしなければいくらでも身を苛んでくるもの。
脇腹を撃ち抜かれた際に集中力の糸がぷつんと切れて痛みが波の様に押し寄せてきている。
「……ふぅー」
完全な劣勢。わかりやすい負傷。逃げ場と勝ち目のない殺し合い。
命を諦めるには十分だった。
そもそも与えられた十秒がなければもう死んでいたはずの命なのだ。
「弟が本当に悪いことをした」
「っ…メアリーさん」
突如始まった小声のやりとり。インフィスのすぐ近くで転がっていた死体のようなメアリーが口を開いた。かなり初期の射撃でインフィスと同様に腹を撃たれて瀕死だったが、シーナの大暴れによって吹き上がった他者の血を被ったせいで死体と思えるまでに血に濡れている。
「だがアイツは真剣にこのアンディアの事を想って必死に動いてくれていたんだ。……すまない。私がちゃんとアイツと話あってればこんなことには」
そう。
ジャックが中央とコンタクトを取り合わなければこんな連中が乗り込んでくることもなかったかもしれない。しかし当の本人は死んでるし、なによりも不平不満をいくら吐き散らかしても現状が挽回できるということはない。
「もう。良いんですよ。どうせ死にますし」
「いいや。一つある。賭けてくれ」
「ん?」
「管制塔から飛び降りる。私がクッションになるから…」
メアリーは死体から取った拳銃を見える一人のナクサトロズに向けて発砲した。それらは命中こそしないが、死体と思っていた存在がいきなり発砲してきたということもあってそのナクサトロズは集中力を乱して姿勢を崩した。そこでメアリーはすぐさま起き上がると、もう一人からの曖昧な射線を遮る様にインフィスの肉壁となる形で移動した。そして次の発砲で管制室の大硝子を撃ち弱らせた。そのまま彼女はインフィスを包み込む形でその硝子まで突っ走って体当たりし、何とも見事な身投げをしてみせた。
「なッ!!?」
「飛び降りるとは……ハハ、酔狂な奴らだね」
「どうすんだよ、族長格の人間なんだろう。逃がしたら不味いとは思わねぇのか?」
「いいや、問題ないよ。下の同志たちもいるし、第一私が下りて仕留めに行く」
「……あんた、大丈夫か。もう八人も殺られちまったわけだが、こんな醜態を持ち帰ったら大問題になるぜ」
「ふー。別口の成果が必要になるだろう。少なくともアンディアを征服したとしてもこんなに殺されたらそっちの印象が大きい」
「なら」
単調な通信音が流れる。
『 矛を執れシャイアルン 栄えある初仕事だ 』
★ ★ ★
鈍痛と衝撃。
身悶えながら見開いた視界はたらりと流れ込む額からの流血によって赤く色づく。耳に不快感があり、聴覚が麻痺しているような自覚がある。四肢は最初は人形ほどにも言うことを聞かず、やっとの想いで気張ってやっと立ち上がることが叶った。
赤い世界には閃光が映り込む。脳が必死に事態を処理しようと暴れ巡る。鼻血が垂れ流れた。
(……空港で…もう……)
人が殺し合っていた。
その悲劇のキャストは当然アンディアの無垢な民と武装した侵略集団ナクサトロズ。上にいた奴らとは違い、空港の表面から内部にいると思われるナクサトロズはMK16。SCARと呼ばれる旧世界の小火器だ。弾はアンディアの民が僅かに所持する火器を遥かに上回った弾速があり、一撃の傷害性も殺傷力も桁違い。それが集団によって雨のように飛び掛かってくるのだというからまともに向き合って生還は望めない。
空港の周囲にはかつての機関上さまざまな出入り口が存在してる。決死のメアリー共々の身投げによって空港中層の屋上部に撃墜たインフィスにはすぐにでも空港内に身をひそめることが求められた。野外にはただでさえラペリヴェイが小濃度であれ蔓延しているのだから、完全に体が弱っている今それを長時間吸うのはまずいのだ。
宙を滑る際に身を預けたメアリーは地面との激突の直前に自分がクッションになろうと体を地面へ向けた。残像のように蘇る死に際の潔さと僅かに浮かべた微笑みを思い出すたけで息が止まりそうになった。
「俺が……俺…」
のろのろと空港の小さな扉に向かおうとしたところでそのすぐ横を弾丸が過ぎた。それは先程インフィスの脇腹を撃ち抜いた方のナクサトロズだった。
「そ――ま――ろよ!!!‐‐‐っして――る!!ッな!!」
かなり大声で怒鳴っているのだろうが、弱った聴力と距離の所為で大して聞き取れなかった。とはいえ、すぐに殺してる。のような意味で相違ないだろう。
「ハぁ…ふー…糞ッ」
空港内は血と硝煙の匂いに溢れていた。
空港内部で捕捉されていたというアンディアの民と侵略者であるナクサトロズの死闘が自分たち民族の長の手の届かないところで行われていたと思うと胸が締め付けられる思いだった。インフィスが空港内をある程度見渡せる位置まで移動すると、そこからは数名のナクサトロズの死体も見受けられた。殆ど一方的にアンディアの民が殺戮されただろう状況のために、アンディアの民の死体は至るところに存在する。
「……あぁ…うえっ……」
とにかくインフィスは応急処置のための医療キットが保管されている管理室まで移動をした。それまでに見つけた顔見知りの蒼白とした死相は見るに堪えなかった。惨めに生き残った蟲けらのような自分の姿を嘲りたかった。ひと思いにその脳天を敵の乱射銃が器用に撃ち抜いてくれたいっそ清々しいかもしれない。
撃たれた箇所の止血と周辺部位の圧迫を行い、傷口の容体を詳しく確認する。脇腹と言ってもかなり側面を撃ち抜かれたようで、ライフル銃のように弾が着弾後に体内を跳ね巡ることはなかったようだ。それでもそれなりの流血もあり、体が鉛のように重たく意識も明瞭とはとても言えなかった。
「無事か…ってそんなわけないよな」
「ムン…状況を…お…」
「少し静かにしていろ」
別入り口から保管室に入ってきたのは世界探索の際にインフィスの右腕として現地での測量や天候推察を担当するムンだった。彼は彼で万全とはいえない様子だったが、少なくとも手傷は負っていても被弾した様子はなかった。彼は手慣れた手つきで注射器を持ち出し、インフィスにそれを用いる。
「モルヒネだ。鎮痛しないことにはお前のせっかくの頭が使えないからな。……もうお前しか頼れない」
「まだ…生き残ってるのは…?」
「シュベラを筆頭に地下の奥にいた奴らは揃って生き残ってる。が、逃げだした者らがそっちに逃げ込んだから敵がそこに殺到してる。奴らざっと五十人はいる。完全武装でこちらの射撃は頭を狙わないと殺しきれない」
「だが統率が取れていないだろう?」
「ああ、その印象は受けた。だからこそシーナの部下の奴らが虚を付いて数人に仕掛けてその混乱に乗じて逃走が始まったわけだが。こっちが十人殺すのに百人は殺される。……まだ残ってるやつも外を出歩くだけの覚悟も経験も殆どない連中ばかりだ。俺たちだって丸腰で外をふらついたらそう長くは耐えられないさ」
「そうか。……だよな」
「おいおい、泣かないでくれ。言った通りお前が頼りなんだよ」
察しの良いムンはもう族長格の者たちが軒並み屍人と化してることを理解していた。外を旅するにはインフィスの統率が不可欠だが、空港内の敵を殲滅するならばシーナという狂人染みた戦闘能力を誇った存在が不可欠。少なくともまともに銃を扱える人間が圧倒的に数で劣っているインフィス達はどうあがいても絶望的なのだ。
「右手の指を抜かれた。もう俺も利き手で撃てない」
「じゃあ俺みたく鉄棒で頭をかち割ってやればいいさ。もう二人の敵さんの脳汁を絞り出してやったぞ」
「……とにかく中央棟のエレベーターから遠ざかった方が良い。あそこから相当手強い首魁格が下りてくる。正面から交戦したらまず殺される。………せめてシーナさんがまだ健在ならいくらかまともに渡り合えたかもしれないのにッ」
「もういない人間の話をするなんてらしくないぞ隊長…」
ムンは悲しそうな声音でそう言った。インフィスは自然と流れ出した涙をどうにか止めようと何度も目を擦っている。血に濡れた視界はいつまでも赤く色づいていて、硝煙の匂いは釘で刺されるような頭痛を呼び起こした。
もう正直なところ見込みがない。
民族のトップたちは死に、各機関は瓦解していくだろう。赤服たちも決して生半可な心地でこのアンディアに乗り込んできたわけじゃない。彼らにも彼らなりの大義があってこそ人殺しを行うのだ。これまで何人も屠ってきたインフィスとて味方を変えれば大層な悪人なのだ。
「なぁムン。もう勝ち目はゼロだ……」
「…………」
「いっそ…」
「自分から死んでやることはないさ。爺様が昔教えてくれただろ?」
「?」
ムンは獣のように唸り、言う。
「『アンディアの民は血を流してからが本物』って言葉さ」
ムンはその言葉を皮切りに保管室を飛び出していった。手にはバールを持ってはいるが、それで機関銃を携えている敵に打ち勝つのは無理だろう。
部屋を飛び出したムンは素早く転身しながら障害物で身を隠し、一人の孤立しているナクサトロズに狙いを付けて一気に距離を詰めた。思い切り体を捩った彼は一思いにバールをスイングし、背後からそのナクサトロズの頭を叩き潰した。あまりの勢いで男の首は千切れ飛び、吹き上がる鮮血は赤服をより赤く染め上げていった。
見事な体捌きだった。かつてのムンは体力こそ底なしと思われるまでにあれど、決して瞬発的な行動力に長けているとは言えなかった。どちらかと言えば頭脳はで勘が鋭く、瞬時の判断を要する時には非常に頼りになる存在だった。そんな彼が今となっては嬉々として敵の頭をかち割っている。それも犬歯を剥く獣のような形相でだ。
恐怖と絶望と怒りが彼を覚醒させてしまっている。明らかな暴走。知性ある暴威。
ムンは今度は三人ほどのナクサトロズが屯しているところに突っ込んだ。そのナクサトロズたちの足元にはアンディアの民の女たちの裸体が転がっていた。死してなお辱められた同士を想い、ムンがなお加速する。バールがへし折れてもなお暴れ狂うその姿はシーナさえ彷彿とさせるほどだ。
モルヒネがかなり効いてきて痛みを忘れたインフィスも立ち上がった。薬指の無い指で愛銃を握り締め、引き金を天井に向けて三発撃ち放つ。
まともな聞き分けが出来る銃者なら当然、自分らの扱う銃とそうでない銃の発砲音の区別くらいつく。少なくとも今中央エレベーターから降りてきた男の耳には引っかかった。牙を模したマスクの奥でそいつが笑っているのか否かは判別できないが、彼はエレベーターの扉が開くのとほぼ同時に発砲し、インフィスの耳の横一ミリほどのところを撃ち抜いた。
「んん。不器用な男だね、ったく」
インフィスはリボルバーを構えながら身を真横に倒す。両者の銃撃がそれぞれの額に向けて飛び掛かろうとしていた段階でその動きは吉と出て、インフィスは弾を躱しナクサトロズは左肩を撃ち抜かれた。
「!?」
「アンディアの民は血を流してからが本物だッ!!」
「かー…これは見くびった。まさか私が手負いに撃たれるとはね」
彼らは今、エスカレーターが連なる昇降口の対を陣取っており、下方が見渡せる大穴の対岸でにらみ合っていた。
「なんとしてもお前だけは戮す。絶対に戮す、必要以上に戮す」
「おー怖い怖い。こんな時にこそパイプで一服するのはどうかな?リラックスして殺し合うのも大事だと思うんだけども…」
「いいや、殺し合いに美辞麗句はいらない。もう俺はお前を戮すためなら何でもしてやるさッ!!」
「そうかい。せっかちだね君も」
「だったらどうする?」
「ふぅん……殺してもらおうかな」
ナクサトロズは射線を気にせず立ち上がった。
『 殺せ シャイアルン 』