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アキさんの季節事情  作者: 大石陽太
3/3

思い出

「昨日の人間さん」

 秋は少し不思議そうな顔をしていた。

「お前、季節を見て回るんじゃなかったのか?」

 隆の言葉を聞いて秋はゆっくりと口を開いた。

「いやあ、見ましたよ。嫌になるくらい見ました。そして、感じました。この無駄に! ひんやりとしている空気。無駄に! 冷えきった山。無駄に! 冷たい人間の心。そして、無駄に、白い雪を……」

 恨み言のようにブツブツと話す秋は昨日とは別秋(べつあき)のようだった。

「それじゃあ、まるで……」

 そこで、秋は隆の言葉に被せて大声を張り上げた。

「そうです! 冬ですよ! 冬! かんっっっっっっっぜんに冬! アキは……アキは……寝坊したんですよ!」

 昨日の時点で全て分かっていた。

「くぅぅぅぐぐぐ、誇りが……アキの誇りが……」

 頭を抱えて(うな)りだした秋に、隆は顔の前で握りこぶしを二つつくり慰めの言葉をかける。

「ドンマイッ」

「何でちょっと嬉しそうなんですか……えーっと」

「隆でいいよ」

「タカシ。というか、なぜあなたには私の姿が見えるんですか」

 秋の疑問に隆はどう答えてよいのか分からず黙り込んでしまう。

 なぜって言われても……俺自身は何もしてないからなあ。むしろ、こっちが聞きたいくらいだし。

「ま、いいです。私もタカシと話すの面白いですし」

「いいのか……」

「それよりも歩きましょう! この冷たい季節を私は暖かい秋に染めなければなりませんから!」

「秋は暖くないだろ」

 意気揚々と話す秋に、隆は内心で静かにツッコミを入れるのであった。



「ところでさ、お前って季節なのに何で人間の言葉が話せるんだ?」

 山を下りて町を歩いていた隆はふと疑問に思い、隣の秋っぽい何かに質問した。

「逆になぜ話せないと思ったんですか?」

 当たり前のように聞き返してくる秋に、隆は少し困る。

「何でって、そもそも『季節』っていうものが、こういう風に形を持ってると思ってなかったし、そもそも人間以外が人間の言葉を覚えるってどこかで勉強でもしてないと無理だろうし……」

 秋はそれを聞いて、さらに難しい顔する。

「うんん? よく分かりませんが、そもそもアキたちという存在は人間によって作られたようなものですし」

「俺たちによって作られたってどういう事だよ」

「えっとですね。この星で季節というものは、タカシが生まれるずっとずっとずっとずっとずーっと前からありましたよね」

 秋の言葉に隆は頷く。

「だけど、そのずっと昔にアキたちという存在はありませんでした。理由は簡単でアキたちには形がなかったからです。形のないものには当然、意識などあるはずがありません」

 それは、今まで隆が季節に対して当たり前に抱いていたものだった。

 けど、それも今となってはかなり変わってしまったように思う。まさか、秋と喋る日がくるなんて誰が想像しただろうか。

「ですが、ある時、アキたちに名前というものがつけられました。今のこの国でのアキたちとは微妙に違いますが。そして、月日は流れアキたちはアキたちとして意識を持ちました。あなたたち人間が無意識のうちに抱く漠然としたアキたちのイメージを借りて。それがアキたちです」

 子供に絵本を読み聞かせるように喋る秋に本当に人間みたいだと思った。

「けど、人間の漠然としたイメージの中に季節が喋る

 なんてのはないんじゃないか?」

「借りたのは形だけですから、中身はほとんど後天的なものです。人間は多いですからね」

「そんなもんか……?」

 イマイチ納得できないが、目の前にいる秋を見ていると細かい事を気にするのが馬鹿らしくなったのでやめた。

「今度はこっちが質問しますよ。タカシはアキが好きなんですか?」

 秋の質問に隆は一瞬、心臓が止まった気がした。

 人間が言えば何気ない日常会話の一部だが、本秋が言うと、深い意味はないんだろうが恋愛感情の有無(うむ)について聞かれているようで心臓に悪い。

「あ、おう。それは好きだよ。少なくとも他の季節よりは」

 動揺を隠しきれなかったがきっと、秋には伝わっていないに違いない。

「どんなところが好きですか?」

「ど、どんなところ?」

 季節は間違いなく冬だが、隆の額には汗が滲んでいた。

「ええっと、そうだな。まず、秋っていう響きがいいな。それに、食べ物が美味しいし、何より景色がすごく綺麗で……」

 制限時間を設けられているのか、それこそ早口言葉みたいに急いで話していた隆は、目の前の人型季節を見て話すのをやめてしまう。

「それでそれで!」

 秋は続きが気になって仕方がないとばかりに聞いてくる。

 秋を好きな理由。

 隆は人型季節を前にその言葉を、脳内で何度も何度も復唱した。

「ごめん、全部嘘だ」

「ええ⁉︎ 嘘!」

 隆の言葉を聞いて、秋は全身を使って驚いた。

「普段はさっきみたいに言ってるんだ。秋の特徴を出来るだけ多く言って、説明して。だけど、そうじゃないんだ」

「いいですよ。アキはどうせ地味ですよ。他に比べたらたいしたことないですよ……。というか、冬とか寒いだけですよね……。雪が降るってだけでどうしてあんなに目立つんですか……」

 三角座りしてできた丸い背中に暗いオーラを漂わせている秋に、隆は急いで言葉をかける。

「違う違う! そうじゃない。別に秋が嫌いってわけじゃない。好きな季節は秋だけど、理由が違うんだ」

 それを聞いた途端、突然幸福のオーラを纏う秋に、隆は分かりやすいやつだなと思った。

「だと思ってましたよ! そうですよね! アキイイですよね! 少なくとも寒いだけの冬よりは‼︎」

「お前、冬に恨みでもあるのか?」

「で、本当の理由ってなんですか!」

 お互いの顔の距離がアリ二匹分になるくらいまで詰め寄ってくる秋に、隆は慌てて距離を離す。

「どうかしましたか?」

 首を傾げる秋を見て、季節と分かっていて劣情を抱きそうになる自分を慌てて追い詰める。

「いや、なんでもないよ。ほんと」

「そうですか、して本当の理由とは!」

 自分に対しての賛美をとにかく聞きたいらしい。

「別に、大したことじゃないんだ。ただ、普段は無口で真面目な父さんが俺を連れ出してくれた……最初で最後の場所が秋の真っ赤に染まった山だった、それだけなんだ。本当にそれだけ」

 心底、懐かしそうに話す隆に秋は頷く。

「そうですよね。秋ってすごいんですよ。普段は無口で真面目な父さんも、俺を連れ出してくれるくらいすごいんですよね。うんうん、分かります! 具体的にはどこかいいかっていうと、まず、寒すぎない! これがすごく重要で……」



『うわ、すごい!』

 その時の俺は、目の前に広がる光景に驚いていた。多分、今見ても同じような反応をすると思う。

『でも、急にどうしたの? 山へ行こうだなんて』

 その時の父さんはとても、なんというか、その……優しかったんだ、すごく。行動とか言動とかじゃなくて、父さんの周りに漂う空気が、父さんの内側から優しさが滲み出てた。

『隆、大自然を前にすると、自分がとても小さく思えるな」

 おもむろに口を開いた父さんは、柔らかい声でそう言った。

 普段は自分の事を好んで話さない父さんの内側が、子供ながらにすごく感じられた。

『山へ来た理由はな、なんとなくだ」

 父さんがこんな風に笑うところを見たのは初めてだった。

 その笑顔を見ていると、俺もすごく嬉しかった。父さんが笑った理由は分からなかったけど、その笑顔が嘘じゃない事だけは分かったから。

『隆、自分は好きか」

 父さんの質問に俺は何も答えられなかった。当時、小学生だった俺が、自分が好きかどうかなんて意識するはずはないし、好きだったとしても照れ臭くて言えなかったと思う。

『隆、お前はーー』


「タカシ‼︎」

 気がつくと、秋が頬を膨らませて隆を睨んでいた。

「アキは真剣に話しているというのに、どうして無視することができるのですか。まさか、タカシまで冬の寒さにやられてしまったのでは!」

 ぷんすかと怒る秋を隆はなんとか(なだ)める。

「ああ、ごめん。途中までは聞いてたんだけど……。ええっと、たしか地球の危機に五人の戦士が立ち上がって、それでどうしたんだっけ……」

「そんな話は一切していませんが‼︎ 地球の危機も五人の戦士も、キレのいい変身ポーズもでてきていませんが‼︎」

「お前、人間だろ……」

「まあ、いいです。隆には謝罪とは違う形で罪を償ってもらいます」

 ふふ、と秋の笑みに隆は自分が背中にジワリと汗が滲むのを感じた。

「……具体的には」

 気になって聞くと、秋は高笑いを始めた。

「よくぞ、聞いてくれました! 隆には秋の上塗りを手伝ってもらいます!」

 自信満々に答える秋とは違い、隆の頭の中では不安の二文字がぐるぐると回っていた。




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