夢醒めて
翌日の朝は寝覚めがとてもよかった。
「いってきます」
外へ出ると、昨日までの事が嘘のように晴れ晴れとした空が広がっていた。
隆は自転車のペダルを踏む足が少しだけ力んでいるのを感じた。
「ああ」
風を切ると、どうしてか懐かしい。
智には昨日は何事もなく無事に帰宅したとはなした。
昨日の秋の事は、隆の中では夢と同じような扱いになっており、秋恋しさに幻でも見たんだろうと無理矢理に納得していた。
「ふふ、あんな事あるわけないもんなあ」
我ながら本当に秋が好きなんだなと呆れていると、智や健二、翔也に気味悪がられてしまった。
学校が終わると隆は昨日と同じように、近くの山へ向かった。
昨日と違い、山の木々は薄っすらと恥ずかしがっているかのように、色を赤や黄系統に変化させていた。
隆には不思議な予感があった。
自分の中で昨日の出来事は現実じゃなかったと理解しているし、もしかしたら本当は……、なんて期待もしていない。
けど、いる予感がした。
あの秋色の髪をした、自分の事を秋そのものだと言い張るおかしな少女が、そこに。
隆、お前は――
ゆっくりと過去の記憶が蘇る。
久しく忘れていた、忘れようとしていた記憶が。
「はあ……ふぅ…………ふっ」
昨日の疲れが抜けていないのか、隆の全身は鉄のように重い。
そのうち、前を見る事もなく、隆の視界を地面が埋め尽くした。
「――――あっ」
声がした。
男とも女とも取れる声。
隆は自分の口角が自然と吊り上っている事に少しだけ驚いて、喜んだ。
ああ、俺が昨日、見聞きしたものは夢なんかじゃなかった。幻なんかじゃなかった。
顔を上げると、そこには昨日と何も変わらない、秋という名を冠するに相応しい少女がキョトンとした顔で立っていた。
「昨日の人間さん」
隆は、それを聞いて不自然なくらい自然に笑ったのだった。