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アキさんの季節事情  作者: 大石陽太
1/3

アキさんの寝坊

 おっ、と 声が漏れる。

 原野(げんや)(たかし)は自分の息が白く色付いていた事に驚いた。

 つい、この間までセミが鳴いてたような気がしたけど、光陰矢の如しとはこの事か。

 その時、隆は肩に不自然な重みを感じた。それが人の仕業だと気付くのに時間は掛からなかった。

「あのー、重いんですが……」

 隆は首だけを回してゆっくりと背中に張り付いているものの正体を確認しようとするが、その瞬間、隆の顔面に何かが叩きつけられた。

「うわぁぁぁぁ……って、カイロ……」

 顔面が急激に温められるのを感じた隆は、自分の手に握られていた使い捨てカイロをまじまじと見つめた。

「ッッッッ‼︎」

 目の前で必死に笑いを堪えている男が犯人だという事は、この場にいれば誰にでも分かることであり、隆にも容易に分かる事だった。

「『あのー重いんですが』って、何で、敬語だよ」

 笑いを堪えて途切れ途切れ喋るのは、隆の友人で同じクラスの原野(はらの)(さとし)だ。

「知り合いかどうか分からないから、念の為に敬語を使ったんだよ。だいたい、お前が後ろから見えないように飛び乗ってくるからだろ」

 ようやく笑いがおさまってきた智は、なだめるようにして隆に言った。

「まあまあまあ、そう怒んなって! タカッシーが寒そうにしてるから、俺の温まった肌とカイロでタカッシーをぬくぬくにしてあげようとしたんじゃないの」

「余計なお世話だ。あと、その呼び方やめろよな」

 智にカイロを返すと、隆は再び学校への道を歩き出した。

「それにしても、俺たちの夏も終わりかー。なんか今年の夏は薄かったなあ」

 今更、夏の事を喋る智をよそに、隆は考えていた。

 そうだ、今日は山へ行こう。せっかくの秋なんだ。紅葉狩りをしよう。自転車を二十分も漕げば簡単に行く事ができる。

「ったく、山はぜんっぜん、紅葉しないしよお、今年はどうなってんだ」

 そうそう、そして、ぜんっぜん紅葉してない山で紅葉狩りをして癒されよう……って。

「えええ⁉︎」



 ※



「おい、どうしたんだよ、隆」

 窓の外をぼんやりと眺める隆の死角で、声を潜めながら話すのは隆と同じクラスの男子三人、智、健二(けんじ)翔也(しょうや)だった。

「いや、山が紅葉してないって落ち込んでんのよ」

 智の言葉に健二が納得したように頷く。

「なるほどなあ。そういえば、あいつ紅葉した山好きだったな」

 翔也も健二の言葉に同意する。

「今年は頑なに紅葉しないからな。葉っぱが全部落ちた木も出て来てるし」

 山を見ると、『紅葉』という言葉はどこにも見当たらず、そこにはいつもと変わらない緑だけがあった。

「秋は山が綺麗だー、って母さんたちも言ってたんだけどな」

 SHR開始のチャイムと共に担任が教室に入ってくると、談笑していた生徒たちも慌ただしく席に座っていく。

 担任が連絡事項を話しているが、その言葉は隆の耳には入らない。

「おい! 雪! 雪!」

 誰かが叫んだ。

 隆のぼんやりとした視界に塵のようなものが映る。冬の代名詞であり、人の心を魅了する魔法の白。

 いつもなら、表には出さずとも内心ワクワクしていた隆だが、今回に関しては全く喜べなかった。

「っつ!」

 その時、隆は激しい頭痛に襲われた。

 思わず自分の額を撫でるが当然、外傷はない。

 隆は大きな溜息をつくと窓から視線を外したのだった。



 ◯



「本当に行くのか?」

 そう尋ねたのは隆の友人、智だった。

「おう。奥の方に行けば真っ赤に紅葉した木が一本くらいあるだろうし」

 リュックに教科書を入れながら淡々と話す隆に比べて、智は不安そうな顔をしている。

「でもよお、最近暗くなるの早いぜ? 土日しよう! 土日なら早くから行けるし、俺も一緒に行ける」

「さんきゅ、でも、今日がいいんだ。なんとなくだけど」

 そうか、と声のトーンが下がる智の肩を、隆は軽く叩いて教室を出た。

 自転車を漕ぎ近くの山へ向かう。一度、家へ帰ってロードバイクに乗り換えるか迷ったが、今すぐ山へ行きたい気持ちが抑えきれず、そのまま向かう事にした。

 少し登ると坂道がきつくなるので、適当な所に自転車を置いて徒歩で登る。

 山のひんやりとした空気が隆を迎える。紅葉こそしていないものの、紅葉していない点を除けば、秋そのものだ。

 土は踏んでも疲れにくいから良い。

 隆は一人、顔をニヤつかせていた。この調子ならすぐに見つかりそうだ。

 そう思ってから歩き始めて二十分。

 それらしい木は一本もなかった。

 隆の目の前どころか、遠くに広がる山々の景色にすらなかった。

 隆は思わず叫んだ。

「おーーーーい! 秋ーーーー! どこにいるんだぁぁぁぁぁぁ‼︎」

 その後、負けないくらい大きなため息を吐いた。吐き出した息が白い。

 隆が帰ろうとすると、制服のポケットに入れていた携帯電話がブルブルと揺れた。

 取り出して画面を見ると、『智』と電話をかけてきている人物の名前が出ていた。

「もしもし、智?」

 隆が尋ねると、智が心配そうに聞いてきた。

「もしもし、隆、お前まだ山か?」

「あ、うん。山。秋は見つからず」

「雪降ってきたのに大丈夫なのか?」

 隆は電話を片手に空を見上げるが、雪は降っていない。

「いや、そもそも雪が降ってない」

「え、お前、どんだけ登ったんだよ」

 智の驚いた声が電話の向こうから聞こえる。

「いや、時間が時間だし、そんな奥には行ってないはずだけどなあ」

 智の話によると、学校が終わってすぐに、止んでいた雪がまた降りはじめたらしい。

「ってか、お前、部活は」

「今日は休みになった。期末の勉強しろって顧問が」

 それを聞いて、隆は納得した。

 なるほど、それでこんな時間な電話をかけてきたのか。

「俺も急いでそこ行くから道教えてくれ」

「いや、もう家帰るからいいよ」

 隆は智とテスト勉強をする約束をして電話を切った。紅葉は無かったけど、普段はおちゃらけなあいつがあれだけ俺の事を心配してくれるなんて、なんか面白いなあ。

「帰ろう」

 隆は自分に言い聞かせるようにして呟いた。

 しかし、帰ろうとした隆の足は一歩を踏み出す前に止まった。

 何だろう、この感じ。行ってはいけない気がする。帰ってはいけない気がする。

 "言葉で言い表せない何か"が自分を引き止める。"自分でも理解出来ない何か"が心を動かす。

 隆は怖くなった。

 得体の知れない、けど途轍もなく大きな力に自分が操られているようで恐ろしくなった。

「わあああああああああああああああああああああ」

 隆は、力の限り叫びながら来た方向とは逆に全力で走った。

 走って走って走って、そして、


「はあ……はあ……はっ、エフッ」

 その場に倒れた。

 何やってんだ、俺。

 さっきまでの果てしない恐怖はかけらもなく、代わりに、隆の心には、自分自身を理解できない事への腹立たしさがあった。

 枝の先の葉が少しだけ黄色がかった木の隙間から見える灰色一色の空は、今にも雪を降らせそうだった。

 枝の先の葉が少しだけ黄色い……

「えっ」

 驚きのあまり、大声とともに反射的に上半身だけを起こす。が、さっきの葉を見ると、やはり黄色い。ほんの少しだけだけど。

「は……」

 隆は自分の胸の辺りが、急速に温まっていくのを感じた。そして、しみじみと、うずくまり、滲み出してくる笑顔とともに実感した。


 やっぱり、秋っていいなあ。


 今度は堪らなくなって叫んだ。

「うおおおおおおおおお、秋最高ぉぉぉぉぉぉぉ‼︎」

 すると、体から一気に力が抜けて、また仰向けに倒れる。

 が、そこで隆の体にもう一度、力が入る。

 隆の頭元にいつの間にか、人が立っているのだ。眠そうに目を擦っている。

「あのう、すみません……。静かにしてもらっていいですかぁ……。だって、夏さんがバテはじめてからがしょう……ぶぅ……」

 そう言うと、その人は立ったまま寝息を立てはじめた。

 隆は、音を立てないように立ち上がると、直立でスースーと寝息を立てているおかしな人を、今度は少しだけ距離を置いたところで、正面からきちんと確認した。

 目の前には俺と同い年か年下くらいで、ポニーテールの少女が立っているのだ。

 髪の毛はオレンジ色や黄色や赤色が混じった、秋の風景を書こうとした小学生のパレットのような色をしていた。

「な、なんだ……」

 隆は恐る恐る少女に近づくと、目の前で手を振ってみたり、変顔をしたりした。

 が、全く起きる気配はなかった。

 本当に立ったまま寝てるぞ、この子。

 隆が再び驚きながら見ていると、女の子は「んん」と声を漏らしながらゆっくりと目を開けた。

 その瞬間、隆は「しまった」と内心で後悔する。

 向こうから見ると、俺は眠っていた自分を至近距離で、じっと見つめていた危ないヤツだ。起きる前に距離を置くべきだった。

 女の子と目が合う。なぜか、目をそらす事ができない。

 隆の頭の中は、自らの眼球をどうやって動かすか、と目の前の女の子が警察に連絡しないかでいっぱいだった。

 しかし、少女がとった行動は予想外のものだった。

 突然、隆に向かって手を振り始めたのだ。それも、ブンブンと勢いよく。加えて変顔も。

 隆が唖然としていると、少女は胸に手を当てて、安心したと言わんばかりに息を吐いた。

 さっきの俺と全く同じ行動だ。

 隆は驚くと同時に、危ないヤツだと思った。

「あの……何か用でも」

 あるのか。

 そう尋ねようとした隆だったが、言い終わる前に少女の叫びで言葉はかき消された。

「うわあ‼︎」

 隆も少女の声で驚き、叫んでしまう。

「急に何ですか……」

 少女はワナワナと口を動かして、こちらを見ているだけだ。

 隆が首を傾げていると、ようやく少女は言葉を発した。

「ああ、あ、あ、あ、あ、あああ、あ」

「アキの事、見えてる‼︎」

 少女は隆の顔を若干、仰け反りながら指を指した。

「はあ……? 見えてますけど、それが何か」

 そこで、隆の頭の中に最悪の状況が思い浮かぶ。

 もしかしたら、この女の子は山で事故か何かにあって死んでしまった人で、長年、誰にも認識されなかった寂しい幽霊なのではないのか、と。

「何で何で……こんなのありえない……っていうか、よく考えたら夏さんと冬さん以外と話した事ないよぉ……」

 何かをブツブツと呟いている少女に、隆は敵対する気はない事を伝えたかった。

「えーっと……あなたは誰ですか……?」

 一見、おかしな事を聞いているように思えるが、相手が幽霊である場合に関してはそうでもない。

 相手が誰であるかを把握しておく事は、とても重要だし、もし、これで意思疎通が出来ない場合は全力で山を下る。

 隆は少女からの返答を待った。すると、少女はキョロキョロと周りを見渡して、大きな深呼吸した後、やっと口を開いた。

「アキはアキです‼︎」

 満面の笑みで答えた少女に対して、隆はキョトンと間抜けな顔をしていた。

 アキハアキ? 何だそれ。呪文? バシルーラ的な何かなのか? ダメだ、意思疎通が出来ない。

 隆は回れ右をすると、全力疾走をきめようとした。

「ヴァフッ」

 が、一歩目で大きく転んでしまった。

 恥ずかしいところを見られてしまったと、少女に目を向けると、その真っ黒な瞳に涙を浮かべながら、どうすればいいのか分からずあたふたしていた。

「ははは、すいません。なんか汚れたくなっちゃって」

 隆は、我ながらばればれの言い訳だな、と思った。

「汚れ……たく?」

 不思議そうに聞いてくる少女に、隆は恥ずかしくなって真実を伝えた。

「嘘‼︎ 嘘嘘‼︎ 本当は逃げようと思ってすっ転んだだけ‼︎」

 すると、少女はさっきと同じように慌て始めた。

「えぇ‼︎ 逃げる‼︎ 逃げるほど怖いものが近くにいるんですか‼︎」

 隆は無言で少女を指差す。

 少女は、一瞬、考え込むように黙り込んでから隆の指から外れようと動くが、隆が指先の標準を少女から外す事はなかった。

「私ですか‼︎」

 少女は今日一番の大声を上げる。

「アキがあなたに何かしましたか?」

「いや、したっていうか、急に現れたから怖くて。山の中っていうのもあるし」

 見た目が若いというのもあって、いつの間にか隆の口調は砕けていた。

「そんな事で驚くなんて、まるで人間さんみたい……ってまさか、人間さん‼︎」

「はあ……? まあ、一応、人間だけど……。まるで自分が人間じゃないみたいな言い方するんだな」

 すると、少女は聞いた事のある言葉を言った。

「アキはアキです‼︎」

「また、それか。アキハアキって何だよ……秋はアキって……え」

 いや、待てよ。

 秋は秋。

 隆は、少女の見た目をよく観察する。

 確かに、見た目は『秋』という季節を詰め込んだような感じだけど、だからって自分が秋って言い張るのはどうなんだ。

「アキはてっきり夏さんが言ってた梅雨さんが挨拶しに来たのかと……」

「待て待て待て待て、つまりお前は、『秋』って事なのか、秋そのものなのか?」

 自分で口に出してみると、より一層何を言っているか分からない。

「はい! 本当は起きたらすぐに夏さんから色んなお話を聞くんです。どんな事があって、どんなモノがあって、どんな風に在ったのか……ってあれ? どうしたんですか?」

 隆は、拳を力強く握って俯いていた。そして、隆の心の中にある一つの疑念が浮かんでいた。

「起きたら……すぐに夏さんから? 確か、お前が現れた時、お前、寝てたよな」

「はい! ぐっすり眠っていたところを、あなたに起こされてしまいました。まだ、夏さんが来ていないのに」

 それを聞いて隆は確信する。こいつ、自分が何をしでかしたのか分かっていない。

「おい、秋、よぉ〜く聞いて欲しいんだ」

 秋は首をかしげる。

「何でしょう?」

 隆は大きく息を吸い込むと叫んだ。


「今は冬だァァァァァァァァァァァァァァァァ‼︎」


「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ‼︎」


「なんて、驚きましたが、流石にそれはないです。アキは眠るのが好きです。そして、中々起きません。けど、アキには長年、季節を運んできた自信と経験、何より誇りがあります。そして、今まで当たり前のようにしてきた事です。あなた達、人間が呼吸をするのと同じ事です。万が一、億が一を通り越して、垓が一にもそんな事はありません」

 自信満々に話す少女に隆は絶句した。すごい自信だけど、ツッコミ待ちにしか聞こえない……。



「じゃあ、秋? でいいんだよな。俺は帰るけど、お前はどうするんだ?」

 隆が、聞くと秋は困ったように答えた。

「うーん、そうですねえ。せっかく早起きしたんですから夏さんの季節を見て回る事にしましょう」

 そうか、と答える隆は内心とても安心した。これでこいつは季節が夏じゃない事に気付くだろう。もし、こいつが本当に秋そのものだっていうのなら、季節はたちまち秋へ……。

「あのぅ、どうしました? すごく周りを不快にさせる顔をしていますが……」

「ほっとけ!」

 山を下りると、秋とは別れた。

 帰り道は少しだけ冬という季節を薄く感じた気がした。


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