包帯男
ニワトリが鳴き叫ぶ時間帯、よりも早い時間帯。東門にて。アホが駆け込んできたわけで。
「せ、セーフ!?」
「NO!!」
「いや!時計間に合ってんじゃないかっ!!」
確かに時計の針はだいたい四時半ぐらいを指している。五時には間に合っている、がだ。
「あれね、一時間遅れているから。だからはい、アウト〜〜」
「認めんっ!!俺は認め……」
ピッ…ピッ…ピッ…ピーン……五時、三十三分、二十一秒……。と語る携帯をアホにかざす風紀委員の葛西君。時報だよな、多分これは。しかしアホは諦めない、決定的な遅刻を覆すための最終手段を右手を高々と挙げこう……叫んだ。
「サマータイムを行使しますっ!!」
「……いやここ日本だし、夏でもないし、そもそも意味解って言ってる?」
「あれだろ、イッツタイムマジック!!」
ある意味では合ってる。だがアホの解釈の仕方は絶対に違うものだと思われる。
「……もういい、相手するのめんどくさいから。今日は彼に免じて許してあげるわ」
風紀委員の女子が目を向けた先、アホが嫌うあいつ、が居た。
「いや〜風紀委員さんの朝は早いですね〜」
江夏茂。野球部員第二号になり損ねた男然り而してアホを救い損ねた男、いや今回はこの男のお陰できっつ〜いお仕置きを免れたか。
「……なんで居んの?」
江夏、未だヒーローには成れず。まあアホが相手だ、やむを得んな。
「……ま、まあ僕も朝に君と一緒に清掃活動に勤しみたかっただけなんだ」
「変な奴」
お前が言うか。
「そうだね、僕って変だね。アハ、ハハハ……」
アホとは心の広さが余りにも違いすぎる、だから少しは見習え、アホよ。
やがて朝の部活動を頑張ろうとせんとする生徒達が登校してくる。時間にして六時キッカリ。チャイムも鳴る。
「お早う御座いま〜す!!……ほらあんた達もっ」
「え、あ、お早う御座いま〜す」
「ちゅい〜〜〜っす」
「声が小さ…あんた問題外っ!!」
風紀委員の女子は右腕を後ろに大きく振り、勢いの付いたその超高速の拳をアホの左頬へ直撃させる。通称ブーメランフック、炸裂。
「ぶべっ……」
とても地味な音がした。重く、低く、響くようななんともえげつない音。衝撃により不細工な顔が更にグロテスクになり、鼻の穴からどす黒い液体を撒き散らしつつ地面へと崩れ落ちる。
「そんな、そこまでする事は……」
「ふんっ、ふざける方が悪いのよ。何、もしかしてあなたもお望みかしら?」
「あ、いや、そういう事じゃ……」
魔人は指を鳴らし、肩をぐるぐる回し、臨戦態勢。
「……すいませんでした」
謝ったし……。まあ無難な選択をした、茂は普通であると感じさせられる。いくら相手があのアホでも正確且つ強烈な一撃を放つ。しかもダウンさせる。アホでも男だ、それなりに頑丈だ。つー事は、だ。確実に喧嘩慣れしている。当然のように今までまともに喧嘩、暴力の経験がない茂は降伏しか選択肢はないのである。それが今を生きゆく人の普通、奴がおかしいのだ。
「そ、分かれば宜しい。じゃあ引き続き、今から部活動に精を出す生徒の皆様に応援の意も込めて朝のご挨拶をするわよ。おはよう、この言葉で一日が始まる。気持ちよく一日を過ごしてもらうためにも御ふざけなんて御法度。きちんと誠意を込めて声を発するように」
「は、はい……」
魔人が朝の挨拶の重要性を茂に説いている頃、地面でピクピク痙攣を起こしてぶっ倒れていたはずのアホが一言発する。
「…………パンダ」
「ッ……死ねっ!!」
アホにトドメのストンピング、ってか踏みつぶし。眼は……まずいな、眼は。魔人が何故顔を真っ赤にしてまでキレたか、アホは何ついての一言だったのか……は、あえて伏せておこう。
文化部と帰宅部が登校する時間帯、東門、ではなく保健室。アホがやばい、今回の場合は主に身体的にやばいので連れ込まれた。朝の挨拶は仕方なく終了らしい。とは言えアホが気絶しても三十分は放置していたが……。そしたら泡、吹いたしな。
「…………ぬ〜〜ん」
「お顔がスゴイ事なってるけど幸い軽いのうしんとうと打撲ってところかしら」
保健室の先生。定番のセクシーな大人の女性の九重先生。一部の生徒からはみりんちゃんと呼ばれたり。一部の生徒にはアホも含まれる。
「どうなんですか先生、彼、泡野君は本当に良くなるのでしょうか」
神妙な面持、茂。彼はあくまで天然である。
「いや、あのね、だから……」
「先生!!」
「……今日一日寝てれば治るわ」
「ほ、本当ですかっ!?……良かった〜」
「あなたも意外に馬鹿なのね」
変にシリアスを醸し出す茂を横目に、魔人は冷静に彼のキャラを解釈する。
「姫、そろそろ……」
「そうね。あなたも早くしないと遅刻扱いされるわよ」
一応は茂に声を掛ける。
「あ、いや、僕はまだ此処に居ようと思います」
「あっそ、じゃあね。あ〜後、そうだ、もし気が付いたらでいいけど放課後すぐ今度は西門にて集合って坊主頭に伝えて。じゃ」
「あの〜……一つ聞いても?」
「何よ」
「なぜこんな事を?」
「こんな事ってどんな事よ」
「あ、いや、朝の挨拶を彼に遣らせたりとかです」
「彼に対する単なるペナルティよ」
「いや、でもあなた方も一緒に……」
「見張るべき存在が居なきゃどうせ遣らないでしょ」
「う〜ん……確かに……でも風紀委員にそんなペナルティなんてものを下す権限があるのかな……」
通常は無いな。
「あなたの言うとおり風紀委員にそ罰を下すような権限はありません。ですが、こうでもしないと彼はいつまででもあんな迷惑続けるでしょ」
「勧誘活動の事ですか?」
「そうよ、まあ私から見ればあんなの勧誘と言うよりは凶行としか見えなかったけど」
俺の場合だと公害、だな。
「それは言い過ぎでは……?」
「そうかしら?……どちらにしろ迷惑である事に変わりは無いわ」
「じゃあ泡野君がもう二度と勧誘をしないと約束すれば解放してくれますか?」
「……そうね」
「本当ですね!?約束ですよ!!」
「え、ええ……。でもきちんとそれを証明するもの用意しなきゃ駄目だから」
「ええ!もちろんです!今日の放課後までには彼を説得して見せます!!」
「あっそ……頑張って……」
魔人と葛西君は保健室から立ち去る、間際にぼそりと(あなたに出来るかしら……)
あれ?茂の方が先輩だよな?魔人こと能古笹姫はアホと同級生。茂よ、君の方向性が見えてきたぞ。
茂も止むを得なく自分の教室へと戻り、一限目始まるぐらいの頃。依然保健室にて。
「ぬ〜〜ん……ぬ〜〜ん……」
「いいもの見せてもらったわ、……これも青春なのね、うらやましい……」
「…………ぬあっ!!ここ、どこぉ!?」
「あら、ようやくお目覚め?あなたは今、保健室のベッドでお休み中」
「あああああなたわぁ……!みりんちゃん!!」
目を覚ました否やベッドの傍で座って何かしていた九重先生に飛びついた。
「きゃあぁぁぁ!!」
そんな簡単にはいかない、絶叫と共に電光石火の平手打ちを放てば……。
「ぎゃあぁぁぁ!!」
悲鳴を上げアホが蠅のように跳ね返される。……ベタだな。
「きゃあぁぁぁ!!」
え、追い打ち?
「ぎ、ぎぃやぁぁぁぁぁ!!」
1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12、13、14、15コンボ。K.O。エクセレント!!拳の嵐をアホに全て叩き込んだ。一発入る度、顔の形がやわらかい感じに膨れ、変わっていく……。時には何かが砕けるような音がしたような気が。
「……ふう……ふう……」
九重先生、息を上げアホをぶっ倒した後でも凄まじい殺気を放つ。アホは……説明不能、ただかろうじて原型を留めている。生きて……いるんだろうな?
「………」
……虫の息だな。
「……やっちゃった。」
…………コワッ!!
昼飯時、赤坂が保健室にアホを見にきた。
「泡野〜。お前の大好きな日の丸弁当持ってきたぞ〜」
実は仕方なくである。担任に弁当配達の業務を命じられやって来た。表情を見れば嫌々である事がよくわかる。
「先生は……居ないみたいだな……」
この時間、九重先生は食堂にて昼飯を、彼女目当ての下衆な男子と共に戯れながら済ます。ってこの辺はどうでもいいな。
「あの野郎、ずっと寝てんじゃねえだろうなぁ」
赤坂はそう正解を呟き、ベットを閉ざしていた白いカーテンを勢いよく開ける。
「きゃっ!!」
「のあっ!すっすいませんっ間違えました!!」
名も知らぬ女子が寝てた……。カーテンではノック出来ないが予め何らかの確認をするべきではあるな。赤坂は反射的に開けたカーテンを閉め、隣のベットへ向かう。
「……ったく、何でこんな目に」
そう嫌な気分でも無かったくせに。
「今度こそは泡野出て来いよ……」
さっきは手前の場所を開けた、残りは二つ。今回は真ん中の場所を開ける。さっきがさっきだった為、ぶっきら棒に開けるのではなく大人しく静かに開けた。
「…………誰?」
目の前には包帯男が横たわっていた。
「……間違えたのか?」
取りあえずカーテンを閉める。
「あの人、病院行けよ……」
顔が判別できないほどに包帯が巻かれた姿を見た赤坂はブルーな気分となった。
「よし、次だ」
気を取り直し、最後の一番奥のベットへ。残りは一つとなる訳だからアホがぐうたらと根腐っているはずである。赤坂はそう思い最初と同様、勢いよくカーテンを開ける。
「おーい泡野ぉ飯だー!……ん?」
「みりんちゃーん、もう、どれだけ待たせれば……あん?誰だてめえ」
アホでは絶対言えないセリフが飛んできた。見た目かなりやんちゃしてそうな面。
「……赤の他人にてめえとはどういうつもりだ。死にてえのか」
赤坂の形相が一変する。その面、鬼の如く。
「あ、あんたは……」
「…………失せろ」
「は、はいぃぃ!!」
赤坂も系統としてはそっち系だったり……。それもかなりランクは上の方の。一番奥のやんちゃボーイは保健室を全速力で抜け出していった。赤坂はここでふと気付く。
「泡野は?」
今一度頭の中を整理し直す。
「左は女の子だろ、真ん中は包帯男、右は今どっか行った。つー事はもしかして……」
気になるは包帯男の正体。再び真ん中のベットを覗けば……。
「……むしゃむしゃ」
「なっ!!いつの間に盗った?!」
「……弁当、サンキューな」
「お、おう……」
……アホよ、見るも無残なひどい姿になったもんだな。
今回の野球部……ではなく同好会(非公認) 当然ながら0
メンバーはアホのみ
この先アホより茂のほうが活躍しそうだな、と言うことは少しはまともになるかもな。