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銀獅子と乙女  作者: 悠月
3/16

花と乙女

「一体、これは何事ですか。我が君」


執務室を訪ねると、目当ての人物のうなる声はするものの姿は見えない。

いつもは質素な部屋に色とりどりの花が溢れていた。

切花、鉢植え、その他もろもろを掻き分けるようにして部屋の主が座っているであろう机までたどり着くと、ロードは白と赤の花に囲まれて頭を抱えていた。

銀の髪に碧眼と華のある容姿のロードだが、どこか肉食獣を思わせる鋭い瞳と名工が彫り上げたような立派な体躯の彼には可憐な花より戦場のほうがよく似合う。

レイドス・リブングルには、主が花々に囲まれているというこの状況が不可解だった。


「ああ、レイ! 良いところに来たな」


うんうんと唸っていたロードは彼の右腕とも呼べる男の姿を見つけると、ぱっと表情を明るくした。

本気でどうしたものかと頭を抱えていたらしい。


「なんですか?」


部屋の状態から見ると、国の一大事にはどうしても見えない。

けれど、ロードのあせり方は今までに見たことのないものだ。

何があっても冷静に対処できるようにと、表情を引き締めたレイドスの前に、赤い花と白い花が差し出された。


「どちらがいいと思う?」


「……なにがですか?」


「花だ。花! 見て分からないのか」


呆れたため息をつかれても、長年の付き合いのあるレイドスはこの程度で腹を立てたりはしない。

逆に呆れた表情を作ると、一語、一語切るようにして話した。


「誰に、花を、どうして、贈ろうとしているのか話してくれなければ、お答えのしようがありませんが」


相手の好き嫌いを把握しておくことも優秀な臣下の務めとリブングルの脳裏には主要な貴族の家族構成から好みまで記憶している。

この時期に贈り物をする必要のある人物がはたしていただうか。


「……む」


言いよどんだロードは、視線を逸らす。

その行為だけでレイドスには花を贈る相手がわかった。

「サンディア殿ですね」


ロードはリブングルがあまりサンディアをよく思っていないことを知っているのだ。

彼女を王妃にすることを最後まで反対したのは彼だから。


「それで、どうしてその二つから選ぼうと思ったのですか?」


贈るなと言われないことにほっとしたのかロードの顔に笑みが戻る。


「ああ、こっちはヒューロムの色だし、 こっちは、暗闇に置くと淡く光って綺麗だろう?どっちがサンディアの好みに合うだろう?」


ロードが右手に持った花の深い赤は、サンディアの故郷であるヒューロムの特産品の染料と似ていた。

けれど、今まで花になど全く興味のなかったロードは、その花が血塗れの乙女と呼ばれていることを知らないのだろう。

また、暗闇で淡く光る花は城の地下でのみ育つ花だ。

そこは聖域と称されていても歴代の王族を埋葬した墓場だ。

冷え切った大気に煙る白い息のような儚さを持つこの花は、死者の吐息とも呼ばれている。

よくもまぁ、不吉な名をもつ花ばかりを選んだものだと内心ため息をつきながらもレイドスは主に花の名を教えはしなかった。

サンディは他国の人間だ。この謂れを知りはしないだろうし、ロードは二つのうちどちらかを選ぼうと決めているのだから口を挟んでも聞き入れはしないだろう。

選んだ花が当たり障りのないものならば、混ぜて花束にしればいいと言ってやるのだが、今回は止めておこう。

もし、花の持つ意味がサンディアに知られてしまった場合、あまりにもロードが不憫だ。


「……貴方が良いと思う方を贈ればいいでしょう」


「むう。相談のしがいのない奴だな」


「どれほど悩んだところで、本人に聞いてみないことには分からないことですからね。ようは贈ろうという気持ちではないですか。まぁ、受け取ってくれるかは分かりませんがね」


散々悩んだ挙句、ロードは白い花を選んだ。綺麗に包んでもらうなど思いつきもせずに、片手に握り締めるようにした花を持って、しばらくサンディアの部屋に面した庭をうろついた。

部屋のドアを叩くのは、いつも躊躇ってしまう。

あそこは彼女の砦だ。

ヒューロムにもアリオスにも心から気の休まることの無い彼女が唯一持っている心静かな場所。

最初はロードの一目惚れだった。

何度も足しげく通って求婚したが彼女からの返事はなかった。

サンディアが返事をするより先に、彼女の一族があっという間に用意を整えると人身御供のように差し出したのだ。

決して帰ってくるなと言い聞かせて。

サンディア自らが選んで来てくれることを望んでいたのに、そうはならなかった。

帰る場所を失ったサンディアはアリオスに来るより他は無い。

ロードは手放しに喜ぶことは出来ず、サンディアの気持ちを思えば自然と慎重になってしまう。

ロードの口元に苦笑が浮かぶのとほぼ同時に、二階のバルコニーの窓が開いた。

気晴らしに出てきたのだろう、風に頬を撫でられるとサンディアは瞳を閉じた。

驚きのあまり思わず息を詰めてしまったロードに気がついたサンディアはさっといずまいを正すと庭を見下ろした。



「なにか御用でしょうか?」

「ああ、いや。その、な」


戦王と呼ばれたはずの男はいいよどみ、視線を彷徨わす。

何と言うべきか考えなしでここまで来てしまったのだ。


「まぁ、そのようにしては可哀想です」


握り締めすぎて、小さな花はロードの手に中でくたりと力なく頭を垂れていた。


「いや、これは! ああ……」


こんな花を贈ったところで迷惑だろう。

大きな背中の後ろに隠そうとしたロードの前に白い手のひらが差し出された。

といってもロードとサンディアの間には一階分の距離がある。


「侍女をやりますからお渡しください。水盤に浮かべれば美しく咲きましょう」


「ああ」


ロードは恥ずかしげに頬をかいた。

こういったことは、どうもうまくいかない。

いつもならば終わってしまう会話を続けたのはサンディアの方だった。


「そこは、寒くはないですか?」


雪こそちらついてはいないけれど、呼吸するたびに真白な息がけぶる気温だ。

ほんの少し風に当たりに外へ出たサンディアだったが風の冷たさに驚いたばかりだ。

ロードが庭先にいた驚きによって簡単にかき消されてしまったけれど。

思い出せばふるると肩が震える。

ロードがいつからそこにいたかは定かではないが、ぬかるんだ地面には無数の足跡が刻まれている。

しばらく庭に居たことは容易に想像がついた。


「おお。鍛えているからな。これくらい平気だ」


サンディアがロードの心配をしている。

それだけでロードの頬は緩んだ。


「そうですか。……冷えているようでしたら、お茶に誘おうかと思いましたが」


「あっ、いや。さっ」


ロードは唇を噛んだ。平気だと言った手前、寒いとはどうしても言えなかった。

非常に魅力的な誘いだが我を曲げることが出来ない自分が恨めしい。

サンディから誘ってくれることなど、なかなかあることではないのに。

今回は持ってきた花が望んだ形ではないけれど彼女の手元にいくことでよしとしよう。


「スミレのお茶が嫌いでなければ、おいでください」


ロードははっと頭上を仰いだ。

サンディアはつんと澄ましてそっぽを向いているが、頬が僅かに上気している。


「おっおお! スミレか。好きだ!」


あまりに力を入れて言ったロードが可笑しかったのか、サンディアはすまし顔を忘れてくすくすと笑った。そこにロードの笑い声も重なった。

丁度良く現れた侍女は、サンディアがロードを招くことなど先刻承知だと言う様によどみなく彼を導いた。

 

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