君と一緒の時間
彼は彼女と待ち合わせ。
そんなありきたりのシュチュエーションの中に存在する二人の思いを感じてください
駅のホームから聞こえるのは電車の到着を知らせるアナウンス。
”想ったより早く着いたな。”
予定の時間よりもいくばくか早い。
この時間は朝の通勤ラッシュのように満員状態だ。
たぶん会社の就業時間や学校帰りと重なるからだろう。
そんな時に限って事故とかが起こりやすいから早めに到着するようにしたんだけどな。
”まぁ、たぶんいるだろうな”
時間には厳しい彼女はいつも待ち合わせ時間、
10分前にはそこにいて、近くの喫茶店または屋内でぶらついてるはずだ。
遅れる時にはメールが来るのが常だし、そういう点はマメだと想う。
まぁ、常識といえばそうだが、今時はドタキャンも当たり前のような非常識な奴が多いと聞く。
でも彼女の場合はそういうことがないから安心。
ホームから下へ降りると冷たい空気がどっと押し寄せてくる。
”さみぃ〜”
マフラーを巻きなおし、改札を出る。
そこに彼女の姿はなく、なんとなく息を吐いて辺りを見回す。
いつもいる駅構内のカフェにはいないみたいだ。
なんでわかるかって?
そりゃ、彼女は必ず改札から見えるガラス張りの位置にいるから。
そうしないと約束してる相手から見えずらいからだって。
まったく、そんなに気を使う必要はないと想うが、彼女は気をつかってるんじゃなく、
ただ見てるのが楽しいんだとさ。
まぁ、俺にはわかんねぇことかもな。
”でも、来てないとなると、どーすっかな。”
約束まで30分もあることに気付いて、これからどうするかを考える。
そして、ひとつ思い出した事に善は急げと共に改札を出た。
確か、この近くにあったはずだ。
”彼女が前に言ってた喫茶店…。”
近くにあるはず喫茶店を目指して歩く。
その喫茶店は彼女から聞いたのがきっかけだった。
『すごくいいお店なんだ』
レトロって感じじゃなく、アットホームな感じだと言っていて、
聞いてから数週間経つがその時から興味があったから足をそこに向けた。
その店はすぐに見付かった。
二階にあるそこは下が寿司屋という珍しい組み合わせで、
一見、そこに入り口があることには気付かない。
まぁ、ひとえに彼女の趣味のおかげで迷わず見付けられたが…。
ドアを開ければ聞こえてくるのはクラッシック音楽。
ピアノで構成されたものだろうか?
あまり、こういうのを聞かない俺にはわからないが、
彼女が言っていたアットホーム的な感じというのは分かるような気がした。
禁煙席に腰掛け、まだ来ない彼女にメールを打つ。
『君が気にいってる喫茶店にいるよ。』
写メで気に入ったものを撮って送ってくる彼女。
最近の彼女の趣味の一つと言ってもいいかもしれない。
入り口や、名刺があればそれをもらってきたり、
その店の雰囲気、接客態度とかの感想や食べたものとかもPCで保存しているほど。
何を食べたとか、どういう感じだったとか。
互いに好みはあんまり似てないけど、でも落ち着ける場所と言ってた彼女の言葉は間違いではなかったようだ。本当に落ち着ける。
「何になさいますか?」
店員に聞かれ、彼女が食べたというホットケーキセットを頼んだ。
彼女がそこの店が気に入っている理由は雰囲気ばかりではない。
「でははちみつはどれになさいますか?」
ここの店ではいろんな味のはちみつを自分で選べるというのも特色のひとつだろう。
『私はね、蜜柑の蜂蜜にしたんだ。』
そういってたのを思い出して、俺もそれにした。
『蜜柑の匂いがしてるんだけどはちみつなんだよ。』
味はね。
そういってたっけ。楽しみだ。
ブルブルッ。
着信があったことを知らせる携帯。
『あの喫茶店?前に私が言ってた?』
彼女は覚えていたのが意外だったみたいで。
『そう、そこにいるから』
そう返信すると紅茶が先に運ばれてきた。
セイロンらしく、ポットで運ばれてきて、
茶場を自分の好みで取れるらしい。
『茶場をどうやってとるのか分かんなくて…』
急いで飲んだの。
渋味が出る前にって。
聴くのを躊躇ったのか、聴けずにいたらしい。
『だって、聴くのなんとなく恥ずかしかったんだもん』
そういって苦笑いしてた彼女の顔が浮かんで口許を少しだけあげてしまった。
思い切ってオレは店員さんにどうやって茶葉を取り出すのか聞いてみた。
≪男性にはよく聞かれるんですよ≫
ってその店員さんは少し笑っていた。
確かに、男性はあまりお茶を入れるイメージがない。
それは間違いないだろう。
まぁ、例外もいるだろうが、俺はそれに当てはまらず、お茶をほとんど入れない。
というかそういうことをするのが面倒だと想う。
だからかもしれない。
ひとしきり店員さんからレクチャ―を受け、茶葉の取り出し方を聞いた俺は急いで彼女にメールをした。
忘れないようにと、あと彼女がどんな反応を返してくるか楽しみだったから。
茶葉を教えてもらったようにポットから取り出して受け皿に降ろす。
確かに、色があまり出過ぎるとおいしくないだろう。
あんまり紅茶に関しては詳しくないが、渋みが残るのは勘弁して欲しい。
『最初はストレートで飲んでみて』
茶葉が蒸らされる間にホットケーキが運ばれてきて、
それにかける蜂蜜の甘さとセイロンティーの味がすごくいいんだから。
そう言っていたのを思い出してまずはホットケーキに蜂蜜をかけてみた。
確かに、蜜柑独特の柑橘系の味だけど決して嫌な甘さじゃない。
そしてセイロンティーに砂糖を入れない理由も分かった気がした。
ここで砂糖を入れてしまうと甘すぎて男性では食べづらいかもしれない。
「これにして正解だったな」
思わず呟いた。
彼女が言ってたこと、分かった気がしたから。
待ってる間に同じ楽しみを味わえる事がこんなに気持ちを穏やかにしてくれるなんて
今まで想像もしなかった。
「もっと早くに知ってたらよかったなぁ」
なんて想ってみたりもした。
そんな時、ドアベルが鳴った。
客が来たのだ。
ふと視線をやるときょろきょろと辺りを見回し、探している様子だ。
「こっち」
手をあげてやれば彼女が「あっ!!」と声を漏らす。
店員さんに案内されるまでもなく前の席に座った彼女が着た早々謝った。
「ごめんね、待たせて」
「全然。だって約束時間まだだろ?」
ほら。
腕時計の時間は約束よりも10分も早い。
急いでくれたのだろう。
息が上がってる。
≪ご注文はお決まりでしょうか?≫
店員の言葉に彼女はオレと同じモノを注文した。
≪はちみつは何になさいますか?≫
「ゆずでお願いします」
≪かしこまりました≫
ひとしきり会話を聞いていて、店員さんが去った後、彼女はオレの方にある蜂蜜を指して
「何はちみつにしたの?」
と聴いてきた。
オレが、
「蜜柑」と答えると
「おいしいでしょ?」って笑った。
だから、オレも「ぁあ」って答えた。
彼女の携帯に茶葉の取り出し方というタイトルでメールを出したのだが、
まだ見ていなかったらしく、オレに
「茶葉をどうやって出したの?」
って聴いてきた。
「メールしただろ?」
ってオレが返すと
「え?」とズボンのポケットから携帯を出した。
操作をしながら「来てた」って小さく声をあげる。
「こうやって、こうするんだって」
店員さんにレクチャーを受けたように説明した。
ポットにある茶漉しの淵をフォークで軽く持ち上げてはずす。
そうする事で茶葉が取れるというわけだ。
「なるほど…」
「さっき聴いたんだ」
男性にはよく聞かれるらしいから。
そういうと彼女は苦笑いを浮かべた。
二人で喫茶店を出る頃にはもぉ夕闇に空が染まり、寒さを感じた。
店内が暖かかったかもしれないが、余計に冷たかった。
「明日休みだろ?」
「うん。」
「んじゃ、家かえって暖まろうか」
「そだね」
そっと手を差し出すと彼女も当たり前のように握り返してくれる。
そんなちょっとした事がうれしくて、どちらともなく笑顔になる。
キミを待ってた瞬間は短かったんだけど、正確には。
でもオレには長く感じた。
そして、キミが一人で行ったあの喫茶店での時間も共有出来たみたいでうれしかった。
何でだろう…めったにないからかな?
キミを待つ瞬間って。
だからこんな事想っただろうか?
「なぁ、一つ提案があるんだけどさ」
唐突にオレがそう言ったら彼女はきょとんとして「なぁに」と返した。
「今度からはさ、一緒の場所にいかねぇ?」
「…?」
どういう意味?
不思議そうなまなざしでオレを見つめる彼女。
どういっていいのかわかんねぇけど、なんか、うまく言葉にならない。
「だから、こういう店とか見つけたら一番最初に一緒に行こう」
時間を…これから一緒にいる時間を増やしていきたい。
一緒に色んな事を探していこう…一緒に。
そういうと彼女は少し頬を赤らめながら俺の言った意味をわかってくれたのか、何も言わなかった。でも握った手をそっと握り返して首をちょっと下に向けて頷いてくれた。
キミを待つ瞬間に想ったのは暖かさ。
キミが何処で何をして、何を感じたのかを共に共有したい。
一緒にいたい。これから先…何年たっても。ずっと…一緒に。
こんな感じの店が本当にあります。
それぞれ思い浮かべてみてください。
あ、こういうのあるよね、って少しでも思ってくれたらうれしいです。