表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

雨の

作者: 田中ら辺

2人だけの世界を小手先の武力で制圧し、少し広くなった世界の隅に艶かしい猫の縫いぐるみを置いてみんなが幸せに暮らすにはどうしたら良いだろうと考えた末の悪平等で積もった鬱屈をアスファルトでどっさり覆って踏み台にした僕の社会に降り注ぐショットガンの雨は誰の願いの結実だろう。それともまだ途中だろうか。


外に出ると死ぬから、部屋の中にいる。「雨の日でも安心!」というキャッチコピーは何時、どんな商品に付けられるのだろう。「そんなものが降るわけがない、何かの間違いに決まっている」と言って雨傘を持ち近所のスーパーへ買い物に出掛けた母は玄関先で死んだ。おそらくもう原型も留めていないだろう。僕はこの雨が止むのを待ちながら、部屋の中にいる。


雨は止まない。僕は部屋の中にいる。気が滅入るし、とにかく五月蝿い。窓を開ける。息を吸い、口と目を閉じる。水面に顔を着けるように、えいや、と身を乗りだす。波に押されるクラゲのように、僕の頭はたちまち垂れ落ちる。


書店を除いて雨は止む。しばらくは悲しかったこの街も、1週間も経てば書店を除いて平和が戻る。ハトや人が集い、犬や人が歩く。夢のような目玉の数が、歩行に合わせて上下している。春になれば芽吹こうとする種の上に膝を着き、四つん這いになる人々の上を風が通り過ぎる。その中に僕はいる。手足をもがれて、僕はいる。一頃よりだいぶ柔らかくなった脳みそを顔中に漂わせて四肢の記憶を引き戻し緩やかに通る。


バスの停まるショッピングモール3階、選挙権売り場で暇を持て余すレジ係の女の、ちょっとした手違いをきっかけに始まった駅前での無差別殺人事件へ送られるエールの重さでひび割れるショッピングモール3階の床。亀裂を伝って行き当たる特設ステージで歌い踊る土踏まずをなくした女たちに送られる、それよりもやや少ないエール。


賑やかになるように、と踏むたびに4人分の足音がなる階段の隣の静かなエレベーターに乗る。前向きな言葉の書かれたボタンを押すとだいたい望んだ階で止まる。その下にある数字の羅列したボタンを押すと寂しがりな大家の携帯電話が鳴るらしいが、押したことはない。エレベーターが停まる。使用料代わりの固形ラムネをドア脇の小皿に置き、鈴を鳴らすと毛の生えた手がそれを受け取り、ドアが開く。いつか実家に帰ったら、この話を両親に面白おかしくしてやろう、と思う。部屋の中では裏声でしか話さない、というルールを作ったら、独り言と来訪者が減った。テレビをつけると貴方が観ているものと同じようなものが映る。貴方が観ているものと同じようなものが。しかし鏡ほど同じとは言えない。水と一緒に飲む薬で内と外を区分け、砂鉄のような情報が心臓にへばり付こうとするのを手で払い、ハンドソープでよく洗う。


大福のような優しさに包まれたならなおさら立ち直れなくなることを知っている粒あんの矜持を残酷に磨り潰すような雲がおそらくその重さで折った夢の数々が作る床の水溜りに鼓膜の破れた女を敷いてその上を渡る。冷蔵庫の扉を開き並んだスプレーボトルから苦味を選んで振り返ればいつも通り女はもういない。乾いた床にはダスキンに似た面影が少し残っている。


耳から落ちた人間賛歌を拾わずに行く。出来の悪い鼓笛隊に彩られてしまった祝祭のような痛みが前頭葉から消えなくてどんな魚肉も頬張れない。


バウンドして夜。下弦の月から滑り落ちるナメクジの軌跡に今生の充足を願う。ホルマリン漬けにされたベビーシッターの見る夢を解くためのクロスワードで時間を潰す。冷めた缶コーヒーが働き蟻で満ちる頃、最後に残った空白を黒く塗りつぶす。手からはみ出しみっともなく垂れる生命線の先に他人の爪がぶら下がっている。爪切りで寿命もろとも切り取って、丸めて捨てる。ゴミ箱に。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ