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若いね、私

作者: konon

二〇一四年、十一月五日、二十四歳の誕生日を迎えた。自分のようにへらへらと生きている人間の元にも『二十四歳』はやってくる。ひょっこりと顔をだし、しょうがねえなという風情を醸し出しながら。


しかし、年々、年をとることに抵抗が強くなってきている。刻一刻とおばさんに近づいている感覚。階段を十段ほど登れば息はあがるし、腰も痛いし足も痛い。酒の量は増えるし、気も短いし朝も弱いし、部屋も汚い。

まあごちゃごちゃと言うてみたもののどうせ年をとるなら、逞しく、かっこいい女性になりたいものだ。


誕生日の前日、ある意味での逞しさを無駄に強く感じさせるおばちゃんに遭遇した。

平日の夕方、混みあっているわけではないが、空席は少ない車内。バイト帰りで疲れていた私同様、乗り込んでくる人々はキョロキョロと空席を探す。

すると、買い物帰りであろうおばちゃんが一人、両脇に紙袋を置いて三人掛けを占領している。なんとなく座りたそうな顔をしながらおばちゃんの前を徘徊してみるものの、あえて気づかないふりをするおばちゃん。そっぽを向いて、ラテン的なリズムの変な歌を奇妙な動きと共に歌い始めた。そこはかとない不気味さと苛立ちを感じる。(ムカついてきたし、以下、オバハン。)自己中で鈍くて意地が悪くて厚化粧。過剰に主張しているあの眉毛さえも憎たらしい。あきらめてその場を去ろうとした瞬間、オバハンが、

「え?座ります?」

と、なんかやたらに大きな声で、そこにいる私に嫌味たらしさ全開で提案してきた。

そもそも、「え?」が無性に癪に障る。なぜか驚いてる風。目を丸くさせ、下品なほどに真っ赤な唇をすぼめ、両肩をきゅいっと上げ、おどけてみせたその姿は、まさにひょっとこ。ひょっとこ顔にあのようにおちょくられれば、仏でさえも二度目で手が出るはずだ。

ものすごく座りたかったが、もしよければ座らしてあげようか?みたいなそのふざけた態度に、全く仏でない私は腹が立ったので、

「いえ、結構です」答えた2秒後にはもう後悔。

若いね私。めんどくさいプライドを持ち合わせたもんだね私。

せっかく言ってあげたのにと言わんばかりの顔でオバハンはプイっと窓の外をみた。

私以外にも2,3人がその席に座ろうとオバハンに熱い視線を送ってみたりしたが、オバハンときたらその人たちを迷惑そうに睨んだりする始末。

カタンコトン・・・電車はそんな私のイラつきを他所に涼しげに風を切る。


三駅程が過ぎたところで、か細い体を杖で支えたおばさまが乗って来た。相変わらず三人掛けを独占中の紙袋オバハンの前に立つ。

周囲の乗客たちもおばさまの事を心配そうにみているなか、強情なオバハンは、その瞳に彼女はまるでうつっていないかのように素知らぬ顔。

すると杖をついたおばさまは低いトーンで淡々と言った。

「おい、おまえ、これ邪魔や。どけろ。座られへんやろ」我々に一筋の光が差し込んだ。

人々は、その蚊一つ殺さず生きて地面に帰してやりそう気なおば様の見た目と台詞のギャップに驚くと共に、賞賛の眼差しをおばさまに送る。

「え!?なんやの?ほなどこに置けばええの?!」

オバハンは狂ったように金切り声で怒鳴った。今にもおばさまに突進していきそうだ。そのまま頭に血が上りすぎて、デコのあたりをつんっと人差し指で突いたら気絶しそうなまでに興奮している人間を見るのは久しぶりだったので、実は私も興奮していた。

「あんなぁ、ここはおまえ専用優先座席か?紙袋どけ」なんかウマい事言うし。

「なにそれ?じゃあこの荷物地べたに置けゆうんか!そんな事言われるぐらいやったらあそこに立ってる背の高い覇気のない女の子に隣座ってもらったらよかったわ。座り  ますか?ゆうたったのに、いいですーって言うから!なんやのあの子!」

「関係ないやろ、やかましい女やな。口縫うたろけ。」

車両内、二人の言い合いに少しザワつきながらチラと私に視線が向けられる。面倒な言い争いに巻き込まれかけ、その上どさくさにまぎれてサラリと悪口まで言われた。そしてかばわれた。車両を移動することも思いついたが、連結部分の扉の前に5分前からずっと鼻くそをほじっては食べ、鼻毛を抜いては食べてを繰り返すおっさんが居て、通せんぼ状態。この男にかかれば、鼻いじりでで休日一日潰れるんじゃないだろうか。


八方塞がりだった。無視しよう、聞こえないフリを決め込もう。そう決心した私は能面のごとくポーカーフェイスを貫き、窓から見えるまぶしい夕日を眺め、湯豆腐などの優しい物質のことを考え、余裕のある顔を作った。


とはいうものの、気にせずにはいられない。

口論の末、さすがにオバハンも座席を占領していた紙袋を嫌そうに膝の上に移動させた。おばさまは空いたスペースに腰を下ろすと文庫本を開き、読書をはじめた。

それにしてもこの凛とした表情、正義感、意地の悪いオバハンに立ち向かう勇敢さ。見習いたい神々しさである。

すかさず、追い打ちをかける一撃。

「おい、当たってる」

おばさまの本を持つ腕の肘にオバハンの膝の上の紙袋が当たっていた。

オバハンは耳を真っ赤にして、紙袋を鷲摑み、胸の方へと寄せる。

いくらなんでも居心地が悪くなったのであろう、オバハンは次の駅で電車を降りた後、車内を振り返り「チッ」と舌打ちした。一緒にツバを「ペッ」とやって、威嚇していた。

そして、紙袋をたくさん持って鼻息荒く、去った。

逆ギレしたはいいものの、正論で言い負かされ、敗北感を滲ませた女の背中を見ながら、いちいち演出が細かいやつだったな、と思った。


オバハンが去った後、私の中で一躍英雄となったおばさま。


人間の外見から得られる情報というのは、さほど大したものでない事を学ぶ。


豆腐に例えると、彼女は南禅寺豆腐だ。凛とした張り。優しさの中にも芯をしっかり持っている。南禅寺豆腐に思いを馳せながらも、うっとりとおばさまを見つめる。

と、その刹那、非常にショッキングな、もうこれはどうにも湯豆腐のようなぬるくてやわらかいムードをひっくり返す映像が私の目に飛び込む。


おばさまは床に置いていた赤い紙袋から無造作に白くて丸いものを丁寧に取り出したわりには、おもむろにぎゅっと鷲摑み、かぶりついた。

それは、悲しいくらいに肉まんだった。

そして、自分の隣の空席にがさっと紙袋を置いたのだった。


言葉にならないものがたくさん込み上げ、先ほどまで私の心を支えてくれた湯豆腐さえ私の心を癒しちゃくれない。

誇らしげに口の周りに無数の食べかすを付けながら、油でべとついた手で、おばさまはまた文庫本のページをめくるのだった。


大衆の呆然とした気持ちがもやりと漂う空気の中、一人、悟る。

人間というのは、自分が誰かにかけられる迷惑には敏感だが、自分が誰かにかける迷惑については無神経を装いがちな生き物である。


人間の外見から得られる情報というのは、さほど大したものでない事を二度までも学ぶ。


若いね、私。二十三歳だった見る目のない私。さようなら。


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