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二話

 耳元で鳴る携帯電話のアラームで目が覚めた。珍しく楽しい夢を見ていたから、火曜日だということを思い出した朝の憂鬱はいつも以上だった。

 床に散乱したゲーム機やらをよけて洗面所に着いた。鏡の中の高名上秋はいつも以上に睡魔に負けた顔をしている。気を張らないと崩れ落ちて寝に入ってしまいそうだ。

 眠気覚ましに洗顔してから歯を磨く。終わってから自然と髪の毛に目がいった。夏休み明けに心機一転と茶色に染めた髪だが、ほとんど黒に戻っていた。そろそろ染め直すべきだろう。

 布団を軽く畳んで部屋の端に寄せる。その時目に入った木の持ち手を邪魔にならない所に置く。それから着替えて学校に登校する。朝飯は食わない主義だ。


 一日の前半を乗り切り、昼休みになる。いつものように砂波とダッシュで購買で弁当を買って教室に戻る。白鳥はもう砂波の机に弁当箱を置いていた。三人で同時に食べ始める。

「聞いたぞ砂波。土曜に海外に行ったらしいじゃないか」

 会話に乏しかった食事に話題を提供する。

「何で知って……中林か。別にお前らが考えているようなものじゃない」

「でも海外に行くなんていいなあ。ねえ、どこに行ったの?」

 興味津々と、白鳥が食いついた。

「イギリスのロンドンだ」

 言い終えるとパンのゴミをまとめてゴミ箱に捨てに行った。

「あの様子じゃ、どうやら楽しくはなかったんだろうな」

「うん。というより、旅行自体嫌がりそう」

 オレもスパゲティを食べ終えた。ゴミは机に戻る時に捨てる。

「そうだ、お前ら」

 帰ってきた砂波にオレと白鳥の視線が集まる。

「今日か明日、商店街に行かないか?」

 砂波から言い出すのは珍しい。いつもはオレか中林から誘うものだ。

「ごめん、僕はどっちもダメなんだ」

「オレは明日ならオーケーだ」

 さすがに部屋をあのままにしておけない。

「どういう風の吹き回しだ? 砂波が自ら外出したがるなんて雨でもふりそうだ」

「その言い草は酷すぎないか。 部屋に飾る小物が欲しいだけだよ」

「おまえ、が……生きるのに必要にならないものを欲しがるだと……!!」

 軽く頭を叩かれたのでオーバーリアクションもこのくらいにする。

「楽しそうな話をしてるね」

 聞き慣れた声が背後から聞こえた。

「ちょうどいい。中林も来るか?」

 中林の反応は決まっている。

「オーケー、いつかな?」

 と、やっぱり想像通りの返答だ。

「明日の放課後だ」

 そのタイミングで白鳥が食事を終えた。


 (明日の放課後、俺と砂波と中林か。白鳥がいればよく遊ぶメンバーなんだけど……惜しいな)

 予定を頭の中で確認しながらの下校。そして、寮の階段を上りきったとき、異様な光景が目に入った。

 同い年くらいの少女が砂波の部屋をピッキングしている。ここの階段は慎重に上っても音が鳴ってしまうのだけど、それに気づいていない様子だ。かなり集中している。

「……」

 彼女から目を離さないようにして考えた。

 (どうするか……)

 しかし、結論はいたってシンプルだ。取り押さ……いや、ひとまずは会話からにしよう。

「こ、こんにちは」

 少女はこちらを見ずに言う。

「こんにちは」

 焦りも動揺も見られない。もしかすると空き巣の常習犯か?

「何をしてるんですか?」

 使い慣れない敬語でコミュニケーションをはかる。

「部屋の鍵を紛失してしまいまして。お恥ずかしい限りです」

 ピッキングはともかく、内容はしっかりしている。ここがただのアパートであるなら。

「ここの住人なんですか?」

 できるだけ口調に気をつける。神経を逆なでして凶器でも出されたら堪らない。

「ええ、そうです」

 (この子の肝っ玉は凄いな!)

 思わず感心してしまったが、あの部屋が友人の家であることを忘れてだめだ。

「へえ、てっきり男かと思ってましたよ」

「よく言われます」

「……」

「……」

 何かに気づいたように少女の手が止まり、立ってこちらを向いた。

 背中の中ほどまである真っ直ぐな黒髪に少しつり上がった目。しかし童顔だ。背は150cmくらいだろうか。小柄だが気の強そうな雰囲気を持っている。そして、学生服を着ている。近づいて来たときに校章を見ると、なんとうちの高校だ。

「それでは、失礼します」

 脇をすり抜けようとしたが、とっさに少女の腕を掴んだ。この少女は最悪の場合、警察に突き出さなきゃいけない。

「ちょっと話を聞かせてもらおうかな?」

 

 少女は諦めが良かった。扱いに困ったオレは少女をオレの部屋に閉じ込めておくことにした。

「改めて訊くけど、君の名前は?」

「花咲……一華です」

 少女……花咲ちゃんは不承不承といったように答える。

「うちの高校の生徒だよね。何年生かな?」

 オレは客人をもてなすようにお茶を用意していた。

「一年です」

 花咲ちゃんは自分の前に出されたお茶に手を伸ばした。

「いただきます」

「どうぞ」

 花咲ちゃんがお茶を飲むのを待って、さらに質問する。

「どうして砂波の家に入ろうとしたのかな? その年で空き巣かい?」

「先輩に用事があるので。人目にはつきたくないので勝手ながら中に入ろうとしました」

 言ってることはおかしいが、たぶん本当のことを話しているのだろう。

「どんな用事なのかな?」

 この質問には口をつぐんだ。人目を避けるほどだから、よっぽどの理由なのかもしれない。

「オレに言ってくれたら力になれるかもしれないよ。なんだったら伝言でもいいし」 

 彼女は口を開け、少し空気を吸ってから強く言った。

「口の軽そうな男には言えません」

 (頼む砂波……早く帰ってきてくれ……!)

 砂波が帰ってくる時間が明らかにいつもより遅い。オレはこの地獄のような時間をもう少し過ごさなければならないみたいだ。

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