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二話

 質の悪い冗談が好きな園継先輩にしても、さすがに今回ばかりは相手にしない方がいいと思い、二度帰ろうとした。しかし、そうは問屋が卸してくれないのが現実だ。

「まあ、砂波が席に着いたところで本題だ」

「人を投げといてよく言いますね」

 園継先輩は護身術を悪用して俺を無理矢理座らせたのだ。

「腕を捻って倒しただけだろう。事実を誇張しないでくれないか?」

 確かに誤解を招く言い方をしてしまった。しかし、やられた本人としては大差の感じない。

「まあまあ……早く話しをしましょう? ね?」

 中林の言葉で先輩は思い出したように話を戻す。

「ああ、そうだな。砂波の相手をするとどうも時間が掛かる」

 人に喧嘩売っているのか。別にその程度で憤慨するほど俺は元気じゃないが。

「君達を集めたのは他でもない……」

「別に集めなくても皆きてますよ」

「……揚げ足を取るな、中林」

 以後、先輩の話の合間に中林が口を挟んだことで内容が一向に進まなかったため、俺がまとめよう。

 近頃流行りの『真夜中』という曲があるらしい。なんでもその曲は聞いてしまえば死ぬと言われているようで、インターネットを中心に噂が広まっている。そして、『真夜中』はこの学校でも話題になっているらしい。

『真夜中』の効果がどれほどのものかは知らないが、園継先輩の話を聞くかぎり実際に数件あったらしい。

 では、この先が本題である。歌を聞いて人が死ぬとは完全なオカルトだ。俺だって信じてはいない。つまり教育者としては注意喚起したいが、限界があるということ。

 何故教育者というワードが出てきたか……それは教師から直接頼まれたらしいからだ。教師が動けないから生徒が動く……ただ仕事を放棄しているだけじゃなかろうか?

 俺達がやることは、ただ一つ。噂をなんとかしろ。

 正直言って、最後まで聞いて損をした。こんなことならさっさと帰ればよかった。

「どうだ? 興味を持ったか?」

 死ぬほどどうでもいい。

「とりあえず聞きましょう。海外に行ってみないかとはどういう意味ですか?」

「そのままの意味だ」

 それを訊いているんだと言いかけた口を閉ざす。腐っても先輩だ、敬意を忘れてはいけない。

「俺が訊いているのは、なぜ海外に行くのか……というところなんですが」

「……ああ、すまない。意味合いを取り違えたようだ」

 そう謝ってから続けた。

「まあ、手っ取り早く作曲者と話をつけろって事だな」

「……」

「……呆れて言葉も出ないと言いたげだな」

 正にその通りである。

「海外旅行に行く感覚でもいいぞ。気負う必要はないんだ」

「海外旅行に行きたいと思った事はありませんし、べつに気負っているわけでもありません。いいですか? なぜ、そんな事を俺達がやらなければならないのか。そこが問題なんですよ」

 ようやく自分のしたい話ができた気がする。

「知らない」

 きっぱりと答えられる。ならば、答えに辿り着くためにいくつか質問をしよう。

「その話を先輩が聞いたのはいつですか?」

「今朝だ」

「先輩はその時、二つ返事で了承したんですか?」

「ああ」

「話をした相手は?」

「言えない」

「なぜ?」

「プライベートなことだからだ」

「つまり、教師ではないのですね」

「……」

 五つ目にして沈黙した。

 三秒程の静寂の後、先輩が口を開く。

「それを深く詮索するつもりなら……」

 俺を睨みつけて続ける。

「お前が個人的に調べている一件を知人全員にバラす」

 ……なかなか効く脅しだ。それを引き合いに出されれば、俺は諦めるしかない。

「すみませんでした」

 形だけ謝っておく。

 できることならこのまま流しておきたい話題が出たのだが、噂好きな現代の女子高生中林が黙ってはいなかった。

「探偵さんは何を調査しているのかな~?」

 口調が酔ったおっさんのそれだ。

「何だろうな」

 それだけ返して、虫を追い払うように手を振って会話を強制的に終わらせる。

「砂波は推理力を鍛えるために参加したらどうだ?」

 親切心を感じる一言だが、おそらくは脅迫の類だろう。やらねば、言うぞ……そう受け止められる。

「やります」

 そう言うしかできなかった。


 実際諦めていた節はあった。どれだけ拒んでも、俺以外のメンバーの海外への興味から断り切ることができないと悟っていた。

 集まりもお開きとなり、若干遅い帰りとなった。

 帰りと言っても自宅にではない。学校の道路を挟んだ向かいにある小さなボロアパート……希望者が入れる寮だ。そこで俺は生活している。

 校門を出て、人の往来の少ない道路を渡る。

 二階建て上下三部屋ずつ計六部屋。県外からの生徒も多数いるので、アパートの大家と三年の契約で借りているらしい。しかし、入寮している生徒が俺を含めて三人となれば期間の延長などあるまい。

 鉄製の錆びた外付け階段を音を鳴らせながら登り、二階真ん中の自室の扉の前に立つ。扉には目の高さに202号室と書かれている。ちなみに、201号室が上秋で203号室が……今は空き部屋だ。ポケットから鍵を取り出して部屋に入る。

 玄関入ってすぐが台所。その奥に四畳の居間がある。もちろんトイレと風呂もある。学校の寮でこれだけ豪勢ならインテリアに悩むのだろうが、俺の部屋は味気ないものだ。台所は冷蔵庫とポットと電子レンジ。居間は卓袱台と座布団と小さな棚があるだけ……成人雑誌が隠されている訳でもない。

「ふう……」

 バッグを適当に投げて座布団に腰を落ち着けた。見つめるのは一冊のノート……表紙には日記帳と書かれているが、中身は別だ。そもそも俺は日記を付けるような感心できる高校生じゃない。

 ノートには触れずに真っ暗な画面のテレビに目を移した。

 嫌であろうと受けさせられた海外旅行だ。行くか行かないかはもう諦めよう。問題点といえば俺がパスポートを持っていない点だが、どうなるのだろうか? めんどくさがりなこの砂波、パスポートを発行するためにわざわざ外出なんてしたくない。

「……なんとかなるか」

 明日は土曜日、パスポートを発行しなければ行かない口実ができるのだからこちらにマイナスはない。

 ひとしきり答えを出したところで尻の下に敷いていた座布団を抜き取り、二つ折りにして枕代わりにしてリラックスをする体勢になる。

 適当なタイミングで風呂を沸かせて夕食を取ろう。今日はそんなもので終わりだ。


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