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一話

 蒸し暑い寮の一室で彼女はひたすらに話していた。実際にはひたすらという必死さはなく、思いついた言葉を連ねているだけだったようにも思える。

 漠然としているのは興味がなかったからでも、彼女との仲が悪いからでもなかった。強いて言うなら、悪いのは状況だった。

「……」

 唐突に彼女の声が途絶えた。興味がないという姿勢で聞いていたためか非難の目でこちらを見て、彼女は自身の身体を見下ろした。その腹部は真っ赤に染まっている。赤い液体は間違いなく血液だった。

 彼女は流血の原因である包丁を体から抜き、こちらに渡す。どうすればいいかは分からないが、元の場所に戻すのだと解釈して包丁台を探した……その時だった。

 慌ただしく階段を駆け上がって来る音が室内に響いた。

「来たみたいだね」

 その冷静な呟きが焦りを生んだ。早鐘のように脈打つ心臓を落ち着かせる様に自分に言い聞かせる。

 大丈夫だ。大丈夫だ……と。

 それと同時に考えてしまう事がある。

 なぜこんなことになったのか。

 セミの鳴き声も聞こえない。思考停止の空白に彼女を殺した凶器の存在が浮かぶ。

 一番の危険物であった包丁は、その後刃の部分が消滅した形で手元に残った。

 それがこの夏の記憶だ。

 全てが始まってしまった瞬間だった。


 チャイムを合図に授業が終わり、昼休みになる。財布をポケットに入れてから友人の姿を探した。

「……」

 席から動いていなかったので探すまでもなく見つかった。ただし、睡眠中である。面倒に感じながらも彼の席に近づく。

「起きろ、上秋。食いっぱぐれるぞ」

 肩を揺すり、教科書で頭を叩き、下敷きで頭を擦ったところでようやく目覚めた。

「……砂波、何してるんだ?」

「購買に行くためにお前を起こしている」

「え、全くそうしてるように見えないんだけど?」

「現に目覚めただろ。さっさと昼飯を買いにいくぞ」

 下敷きを机に置いて教室の入り口に歩を進めた。

「いや、説明は!? 目覚め最悪だよ!」

「目覚めなんて一瞬だろ。それだけ流暢に喋れていれば十分だ」

 高名上秋、中学校時代からの友人だ。整った顔立ちだが、頭は良いとは言えない。それが授業中の居眠りに繋がり、教師の間では進級が危ぶまれているらしい。

「くっそう……前髪がでこにくっつく……」

「まあ、そんな寝覚めだってある」

 文句は受け付けない。とりあえず上秋を起こすことで目的の一つは達した。

「はあ、じゃあ行くか……」

「ついでに俺のも買ってくれると……」

「起こしておいて行かねえつもりか!?」

 目的の二つ目は失敗した。


 購買で上秋は大振りな皿に盛られたカレーを買った。俺はパンを二つ買って十二月の冷える廊下を早足で教室に戻る。

 自分の席に座ると左手に上秋がイスを借りて座り、俺の前の席に座っている人物がイスをこちらに向けて弁当箱を机に広げた。

 白鳥指針、特徴的な名前だ。身長が低めなのに加えて童顔なために年相応で見られることが少ない。

「今日もそれだけ? 砂波君はもっと食べた方がいいよ」

「消費カロリーが少ないだけだ。こう机に向き合ってばかりだと腹が減らない」

 それに小振りではあるがパン二つだ。少ないと考えた事はない。

「砂波が腹減った~なんて、聞いたこともないな」

「そういえば僕もだ。一度も聞いてない」

「俺からすれば、わざわざ口に出してまでアピールする奴の方が理解できない」

 すると上秋は俺と白鳥の顔を交互に見る。

「お前らは言わなそうだなぁ。オレはよく言う方だけど」

「え~、僕も言ってるよ? ねえ、砂波君」

 白鳥には申し訳ないが、頷けない。

「白鳥君もさなみんも自己主張が弱いんじゃないかな?」

 知らぬ間に上秋の背後に女生徒が立っていた。俺達が視線を向けるとひらひらと右手の平を振った。

 中林夏科、下の読みは『なつしな』だ。俺達とは違うクラスなのだが、上秋に会うため、昼休みの度にこちらのクラスに姿を見せる。つまり、上秋に対して恋愛感情を抱いているのだ。しかし一方的なもので進展は無い。

「もう食い終わったのか?」

 俺が訊くと中林は「うん」と短く答えてから続けた。

「長く高名と一緒にいたいからね」

 その純情がどこで生まれるのか……恋とは不思議だ。もっとも俺がそう感じるのは、俺が恋をしたことが無いという理由に他ならないだろう。

「そういえば今日はさなみんに用があったんだった」

「ん? 俺にか?」

 中林は俺をさなみんと愛称で呼ぶ。

「うん。今日は委員会の集まりがあるからね」

 委員会の集まり。その一文を聞いた瞬間、全身に気怠さに似た感覚が押し寄せる。

「ちなみに、サボリはダメだよ。タイミングで目的バレバレだから」

「分かってるよ」

 答えてから、パンの包装をまとめて二人が食べ終えるのを待った。


 生徒が足早に帰る放課後、俺は委員会の為に残っていた。この学校は、全校生徒が必ず一つの委員会に所属する決まりになっているが、俺が籍を置いている理事長会役員は参入が自由な委員会だ。委員会と言うよりは生徒会と似たようなものと考えてもいいだろう。

 普通の高校には無い委員会だからか普段の活動を訊かれる事が多いのだが、所属して3ヶ月の間、まともに仕事をした覚えが無い。しかし、教師達は解体させる気が無いらしい。

 ちなみに、所属しているのは俺こと砂波響を含めて四人。一般的な書記、会計などの役割分担は無く、全体をまとめる会長がいるくらいだ。

 なぜこんな委員会があるのかは当然の疑問である。我ら理事長会役員の面々も真剣に考えた事があるのだが、その時はこの学校が周囲の高等学校より一際頭の良いので、昔は何かやっていた……というところで答えなく終わった。簡単に言えば謎の多い委員会なのだ。

 理事長会役員の説明はこの程度で十分だろう。


 本館一階小会議室。この場所こそが理事長会役員の活動拠点だ。扉を開けて、さっさと中に入る。

「……揃ったな」

 上座に座っている髪の長い女生徒が口を開く。

 園継ありさ、校内トップクラスの頭脳を持つ秀才だ。イギリスで短期留学をするほどに勉学へ積極的な模範的な生徒である。

「フルハウスだ。私の勝ちだな」

「また!? 先輩強いよ~」

 しかし、真面目とは違うかもしれない。

「お、砂波。来てたのか」

「今来たばかりですよ。ポーカーはあまりよろしくないのでは?」

「何も賭けてないから問題ないさ」

 そんなことを言いだしたら学校で麻雀が打ててしまう。

「ポーカーなら……舞が強そうですね」

 俺が話を振るが、ショートヘアーの女の子は全く反応しない。

 諌野舞、基本的に発言をしない静かを超えて無音な下級生だ。

「いや、さなみんも十分強そうだよ」

 そうは言われてもポーカーは今まで一回か二回しかやった事がない。

「園継先輩は強いですねぇ。十回やって全勝なんて……」

「ふふ、だろう?」

 イカサマだろうとは、あえて言うまい。

 園継先輩はパイプイスから立ち、俺の前で止まった。

「イカサマはマジックと変わらない。相手の注意を逸らして、普通と何ら変わりない速度でカードを手に納めるなんて容易いよ」

 惨敗で戦意喪失といったように脱力した中林がトランプカードを整え始める。

「それは、相手が中林だったからでは?」

「かもな、中林は少し人を信頼し過ぎる。騙され易いタイプだ」

 ただの遊びで人間性を探る……嫌な人だ。

 俺は体を入ってきたばかりの扉に向けて、捨て台詞のように言い放つ。

「舐めてかかると……一杯食わされますよ」

 ドアノブを掴んで静かに回す。

「ナチュラルに帰れると思うなよ?」

 先輩は俺の肩に手を掛けていた。いい雰囲気だったが、逃走失敗だ。

「面倒だと感じるのも無理はない。ただな、これを聞けばいくらめんどくさがりで嫌われっこ世に憚ることのないお前にだって魅力的な話の筈だ」

 そんな前置きで誰が素直に聞いてくれると思っているのか。しかし、内容も知らないまま帰るのは気が引けた。

「……なんですか?」

 先輩は俺の肩に置いていた手を腰に当てて、真っ直ぐ俺を見る。

「海外に行ってみないか?」

 さすがに帰る決心を固めた。

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