孤独
潤は無我夢中で走った。
とにかく家に戻って現実世界に戻ろうと、そればかり頭の中をぐるぐる回っている。
その途中、10才ほどの少女とぶつかってしまった。
少女は小さく悲鳴を上げ、転倒した。
「わ、わりぃ!」
いや、なんでこんな時間にこんな子供が。
「・・・痛いなぁ。仕返しにお兄ちゃん撃っちゃおっかな。」
その少女は突然拳銃を潤に向けた。
潤は弾の軌道からとっさに身体をずらしたが、肩にあたり貫通した。
『この子供も!?』
潤は子供の拳銃を持つ腕を蹴り上げ、銃は空を舞った。
潤は子供を突き飛ばし、その拳銃を手にし再び走った。
その先々に色んな人間に出会った。
子供だけでなく、ステッキが刀になっている仕込み刀で襲い掛かる老翁老婆、金属バットで襲い掛かる高校生、ナイフを持ったサラリーマン。
出会った人間全員が潤の命を狙う人間で、潤を護ろうというものは一人もいなかった。
今までただ普通に生活してきたのに、突然ゲームの内容が変わったように感じた。
“ゲーム”としては、ゲームらしくてこれが当然の内容だろうが、自分が狙われる立場になるとは思ってもみなかった。
もし今の俺がゲームのキャラクターで、俺はテレビ画面の前でこれを操作しているのであれば、この軽やかに攻撃をかわしていく姿に俺は自画自賛していただろう。
このコントローラー捌きに惚れ惚れしていたかもしれない。
そうではなく、本当に自分が攻撃をかわしているとしても、今余裕があればこの運動神経に自画自賛していただろう。
だが、そんな余裕は全くない。
生きることに必死だ。
一刻も早く家にたどり着き、現実世界に戻りたいと願った。
そして命からがら、ようやく自分の家に到着した。
普通なら慎重に開けるところだが、さっき言った通り余裕がない。
勢いよく玄関をあけ、鍵を閉めて自分の部屋へ向かった。
家の中は薄暗く、足場が見えにくかったがそんなことを気にする余裕なんてない。
ドアを開け、起動した状態のゲーム機に駆け寄りヘルメットを素早く被った。
これでいつもなら意識がなくなって元の世界に戻ってるはず。
そのはずだ。
潤はそう強く念じた。
しかし期待に反して意識はなくならなかった。
いつもなら一瞬目の前が暗くなって、すぐに意識は元に戻って、掛かっている制服を見てゲームの世界か否か確認する。
そして今回、制服はN高校のままだった。
「な・・・んで・・・なんでだよぉ・・・・なんでだよぉぉ!!」
潤は狂ったようにヘルメットを被ったり取ったりの行動を繰り返した。
潤がこのような目に合っている間、現実世界でも騒ぎが起こっていた。
ずっと引きこもった息子を心配し、母は合鍵で部屋を開けた。
すると奇妙なヘルメットを被り微動だにしない息子がいるではないか。
母は駆け寄り息子を揺すったが、その勢いで倒れこんだだけで反応はない。
頬を叩きながら何度も何度も名を呼んだがやはり無反応。
母は救急車を呼び、潤は意識不明の重体者として病院に運ばれたのだ。
もちろんヘルメットは外された。
潤はそんなことは知るよしもない。
潤はヘルメットをテレビ画面に向かって叩きつけるように投げた。
「この・・・不良品がぁぁ!!くそぉ・・・!!くそぉぉぉぉ!!」
潤は狂気を帯びた叫びをあげた。
だがすぐに冷静さを取り戻した。
後ろから人の気配を感じ、振り向き、少女から奪った銃をぶるぶると激しく震わせながら構えた。
母親と父親が立っていた。まだほんの少し望みを持っていたのか、銃を構えたまま潤は二人に話しかけた。
「おふくろ・・・親父・・・助けて・・・助けてくれよ・・・・」
こんなこと、現実世界でも言ったことがない。
しかも涙で顔をくしゃくしゃにしながら。
しかし期待空しく、やはり二人は潤の敵だった。
よく見ると母親は包丁を、父親はメスを持っている。
「殺人犯の親なんて恥ずかしい。」
「お前なんかいなきゃいい。」
心に斧を激しく打ち付けられた気分だ。
潤は心を爆発させた。
「うあぁぁぁぁぁぁ!!!」
悲痛な叫びと共にドンドンドンと六発の銃声が部屋に響いた。
同時に母親と父親はその場に倒れ、動かなくなった。
潤は両親の方を振り向くことなく窓から木を伝って外へ飛び出し、再び走った。
どこへ向かうわけでもなく、ただひたすら走り続けた。