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エッセイ諸々

時代に合わせた表現というのは難しい

作者: 山家
掲載日:2026/06/12

 本当に少しずつですが、時代に合わせた表現をするように、と徐々に色々な方面から求められることが増えつつある気が、私はしてなりません。


 特にテレビ番組では、それが顕著なようです。

 例えば、昭和から平成一桁の頃に制作された一部のアニメは、今では再放送不可になっているとか。


 確かに私の記憶の中でも、昭和の魔法少女アニメでは全裸になって変身するのが稀どころか、それなりにあった気がしますが、確かに昨今のコンプライアンス基準から考えれば、完全にアウトです。


 他にも、いわゆるスポ根モノでは、当時でも違法行為だった筈の、監督や先輩が主人公等に体罰として殴る蹴る等をするのが、当たり前の表現と言っても過言ではありませんでしたし。


 昨今では放送禁止用語になっている差別表現等を、登場人物が発言するのも稀ではありませんでした。


 だから、そういったアニメ等が再放送不可になるのは、止むを得ないことなのかもしれません。


 ですが、その一方、コンプライアンス重視が叫ばれる余り、かつてでは当たり前だった、その当時では問題無かった描写を、現在ではすることさえ、それはおかしい、と言って難癖を付けられだしては。

 それは、どうなのだろうか。

 コンプライアンスが重要視されるのは分かるけど、それは余りではないか、と私は考えるのです。


 一例として、タバコに関する描写を取りあげます。

 私の記憶が間違っているかもしれませんが、私の近所にあった、昭和当時の私のかかりつけの小児科内科医院の待合室には灰皿があって、待合室内ではタバコの煙が何時もたなびいていた覚えがあります。

 昭和の頃では、病院の待合室に灰皿があって、大人の患者が煙草を吸って待つのが当たり前でした。


 でも、昨今では、そんな描写を小説内でもしたら。

「タバコが有害なのは、それこそ大正時代には分かっていたことだ。そして、副流煙で周囲に迷惑が掛かるのも自明の理だ。それなのに、病院の待合室でタバコを吸うような描写をするな」

と叩かれるのが当たり前になりつつある気が。


 気が付けば10年以上前になりますが。

 ジブリの某アニメ映画での喫煙シーンが問題になって以来、タバコの描写については、本当に気を遣う事態が増えていて、自主規制が当たり前になっている気が、私としてはしてなりません。


 それこそ、昭和から平成一桁の漫画、特に一部のいわゆるヤンキー漫画では、未成年者の喫煙シーンが描かれるのが、それなりにあったのに、いつの間にか漫画では、未成年者の喫煙シーンは消え去っている気がしてなりません。

 そんな想い、考えが、私の読む漫画が偏っているせいか、浮かんでならないのです。


 そして、タバコ以外にしても、性的な描写とか、暴力や犯罪に関する描写とか、様々な人種、宗教、性的等の差別についての描写とか、人によっては、そういった描写はすべきでないと言われる描写は、色々とあるな、と私は考えます。


 この辺り、それこそテレビアニメ、ドラマ、又、小説、漫画といった媒体によっても、こういった描写が許される基準は、色々と変わってくるでしょうし、更に言えば、人によって主張が異なり、百家争鳴の話になることだ、と私としても考えますが。


 少なくとも、現代モノならともかく、過去や異世界を描いたモノについては、ある程度は、過去や異世界においては、そうなのだろう、だから、仕方のない描写だ、と緩く表現行為を見て頂きたいものだ、と私としては言わざるを得ないのです。

 

 そう述べると、お前は差別主義者だから、そういったことを描くのだろうが、そもそも、そういったモノを取りあげねば済むことだ、と叩かれかねないのが昨今の現実ですが。

 そこまでギリギリ言われては、例えばですが、日本の過去にあった側室制度の描写さえ、女性蔑視だから描くな、という話にまでなる気が、私はしてなりません。


(そう呟くと、そんな話を描かねば済む、と言われますが。

 そんなことを言い出したら、徳川秀忠が主人公の小説で、実母を登場させることさえ、実母が徳川家康の正妻でない以上は赦されないことだ、という話になりかねません)


 それこそ最近では昭和の中学高校のサッカーや野球部の部活を描いているのに、真夏なので1時間ごとに木陰に入って、水筒からしっかりと水を飲んでいる。

 勿論、顧問の先生はそれを部活中は完全に傍で監督している。


 そんな描写をしないと誤った認識を中高生等に与える、部活の際に熱射病で倒れる生徒が出る、顧問も傍でキチンと看視するのが当然だ、とネットで批判される、というのを聞いたことが。


 私の記憶が誤っているかもしれませんが、私が中学高校に通ったのはギリ昭和末期でしたが。

 一部の運動部では未だに水を飲むな、と指導していて、顧問も部活の場には不在で、他の仕事をしていた覚えがあるのが現実です。


 そんなことを見聞するにつけても、本当に過去や異世界の描写については緩く見て欲しいものだ、と私は考えます。

 念のために付記させてもらいますが、此処で言っている表現、描写は過去では当たり前だった、時代等に合わせた描写でさえも問題視されているのは、どうなのか、ということです。


 過剰な暴力や性的表現等は、過去で許されていたことも、昨今では認められなくなりつつあります。

 それは当然だが、過去の当時に合わせた生活等の描写まで叩くのはおかしい、と私は考えます。


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