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18話 吸血鬼の居場所

 辰彦はまだ何かを言いたそうにしていたが、ロイがさっさと切り上げてしまった。


「本当にいいのですか?」

「気にする必要なんて微塵もない」


小春は後ろを振り返って辰彦を見た。目が合った時に助けを求めるような視線を送られたが、小春は見えないふりをして、前を向いた。

 そんな小春の手をロイが優しく握ってくれた。それだけで小春の心は温かくなっていく。

 小春はロイと並んで歩きながら、小さな声で囁かれた。


「小春。屋敷の中を調べよう」

「はい」


小春が小さく「我が声に応えよ」と呟くと、以前から仲良くしていたあやかし達があちこちから集まってきた。歩く小春に次々とあやかし達が後を追ってきて小さな行列が出来ている。


「小春ダ!」

「小春帰ッテ来タ?」

「ワーイ。遊ボー」


小春の足元できゃっきゃっとはしゃぐ姿が懐かしくて小春は微笑んだ。


「ごめんなさい。今日はお仕事があるの。手伝ってくれる?」

「手伝ウー!」

「頑張ルー!」

「ありがとう。あのね、西洋あやかしについて調べてほしいの」

「調ベルー」

「任セテー」


あやかし達は胸を張って嬉しそうにしていた。あやかし達は一匹、また一匹と姿を消していき、せっかくできた行列がどんどん小さくなっていく。


ーーロイ様の話では、椎原家の誰かが吸血鬼を匿っているのよね。


使用人に紛れこんだ可能性もあるし、誰かが意図的に引き入れた可能性もある。すっかり疲弊した辰彦の様子からすると意図的に引き入れる利点が無いように思えた。辰彦もまさか一族の者が西洋あやかしを匿っているとは思ってもいないようだ。

 その時ふと、椎原家の誰もが近寄らない場所が頭に浮かんだ。


「小春、俺は遺体を確認してこようと思う」

「分かりました。私はしばらく屋敷の中を見ていこうと思います」


囮になるためには一人でいる方がいい、と事前に提案されていた。小春にも当然その覚悟が出来ており、ロイの言葉にしっかりと頷いた。

 だが小春よりもロイの方が心配でたまらないという表情をしていた。

 そんなロイに、小春はクスクスと笑って見せた。


「大丈夫ですよ。何かあったらすぐに多狼を使って知らせますから」

「絶対に無理するなよ」


そう言って握っていた小春の手をぎゅっと力強く握りしめた。そんなロイの対応が小春にはくすぐったく感じた。


 それから後ろ髪引かれる気持ちでロイは町へと向かって行った。そんなロイを見送って、小春は椎原邸を見た。その視線は以前小春が暮らしていた部屋の方を向いている。


ーーやっぱり一番怪しいのはあの部屋じゃないかしら。


小春がいた頃から誰も寄りつかないし、薄暗いので日光が苦手な吸血鬼には絶好の場所だろう。

 そう思って一歩踏み出した時。


「あら。小春様お久しぶりですわね」


懐かしい声に呼び止められた。

 できれば、会いたくなかった。しかし椎原家を訪ねると決まった時から会うことになるだろうと覚悟していた。


「秋穂」


小春は眉間に皺を寄せた。


「やだ。そんなに怖い顔しないでくださいな、小春様」


意識せずに顰めっ面になっていたのを責められ、小春は口をへの字に曲げた。しかしそれさえも秋穂にとっては面白い事だったらしく、クスクスと笑った。

 小春は秋穂に構っている暇なんてない。さっさと切り上げようと素っ気なく返事した。


「何か用かしら」

「いいえ。久しぶりの小春様に挨拶しようと思っただけですわよ」


また邪魔しようと考えているのだろうか、と小春は秋穂を睨んだ。

 以前と同じように馬鹿にするように笑っている秋穂に、ふと小春さ違和感を覚えた。

 化粧でもしているのか、そばかすが沢山あったはずの秋穂の肌はいつの間にか白く美しい肌に見えた。少し妖艶な雰囲気もあり、大人の雰囲気が漂っている。


「秋穂、綺麗になったわね」

「あら、ありがとうございます。恋しているからでしょうか」

「恋?」

「ええ。とても素敵な殿方と出会いましたの」


秋穂はうっとりした表情を見せた。以前の秋穂からは考えられず、小春は首を傾げた。


「ああ。かりそめの妻でしかない小春様に恋する気持ちなんて分かりませんよね」


そう言って嘲笑ってくる。

 小春はムッとしたが、何も言えなかった。

 正直、ロイに惹かれている事は自覚している。しかしロイと小春の関係は所詮かりそめにすぎない。吸血鬼の事件が解決し、結婚の契約期間が終わればロイと今のような関係ではいられない。むしろロイの隣にもいられないかもしれない。少しでもロイの近くにい続けるためには、この気持ちを打ち明けることなんて決して出来ない。

 純粋に恋愛を謳歌している秋穂のことは、正直羨ましく思う。

 何も言わずに俯いていると、秋穂は少し驚いた様子を見せた。


「え?小春様、あの悪魔伯爵に本当に恋してしまったのですか?」


本心を言い当てられて、小春は思わず顔を赤くした。そんな初心な反応を見た秋穂は腹を抱えて笑い出した。


「あはははっ!まさか本当に恋しちゃったんですか?あの妖怪姫が?あの悪魔伯爵に?ふふっ、おかしい!」


小春は何も言えなかった。


「ある意味お似合いだと思いますよ。でも残念ですね。だって」


秋穂は小春の耳元で諭すように優しく囁いた。


「所詮かりそめ。小春様の恋は叶わない恋なんですから」


そんな事、小春が一番よく分かっている。だが他人に声に出して言われると、深く傷ついた。


「そうだわ、小春様。私の恋人に会いませんか?」

「え?」


小春は訝しんだ。敵視していた小春にわざわざ恋人を紹介しようなんて、何かを考えているに違いない。小春は思わず身構えた。


「私の恋人はちょっと病弱なんですけど、とても美しくて強い方なんです」


うっとりした表情の秋穂を見て、自慢したいのか、と思い小春は警戒心を解いた。


「いえ。結構よ」


小春は遊びに来た訳ではないのだ。早く吸血鬼を見つけ出さなければ。むしろ町があのような惨状なのに呑気な秋穂の方がおかしい。辰彦のように町のあやかしの対応をしなければならないはずなのに。


「それより次期椎原家当主として町をどうにかしなくていいの?」

「あんな低級放っておけばいいんですわ」

「あ、貴方ねえ!」

「ね、ね?そんな事より私の恋人に会わせてあげますから」


秋穂は恋に溺れて全く周りが見えていないようだった。やたらしつこい秋穂に、小春は根負けした。例え断ってもきっと会わせるまで引いてくれないだろう。小春は諦めて頷いた。


「分かったわ。私も秋穂の恋人がどんな方なのか気になるし」

「ふふ!きっと驚きますわよ」


そう言って秋穂は小春の手をぐいぐいと引っ張った。その方向は町の方ではなく屋敷の方を向いていた。

 てっきり町の人だと思っていた小春は驚いた。


「え?秋穂、恋人は屋敷の人間なの?」

「ええ。今は椎原邸に滞在されているんです」


秋穂の恋人という事は椎原家次期当主候補だ。きっとそれなりに力のある陰陽師に違いない。そうでなければ屋敷への滞在は勿論、秋穂の恋人になる事さえ辰彦が許さないだろうと、小春は思った。


 道中、秋穂の恋人自慢は止まらなかった。

 とにかく美しくて悪魔伯爵なんて足元にも及ばないとか、実力だけならば悪鬼も目じゃないとか。秋穂の恋人がいかに凄いのかを恍惚とした表情で語っていた。


「秋穂はすっかり骨抜きね」


ここまで夢中になれるのは秋穂にとってはいい傾向なのかもしれない。これで小春への執着心を少しでも減らしてくれれば、と願うばかりだ。


「いいえ」


しかし秋穂は首を横に振った。


「私の恋人が、私に骨抜きなんです。彼は私無しでは生きていけませんから」

「そう……なのね」


秋穂は急に冷静な声で否定した。何だか不穏な空気を感じて、小春はそれ以上言うのをやめた。


ーーあんなに惚気話をしているのに……。自覚がないのかしら?


小春は秋穂の恋を応援したい気持ちと、秋穂と恋人の関係を疑問に思う気持ちで揺れ動いた。愛し合っているならば、否定する事ではないだろうに。

 けれど秋穂からは譲ろうとする気配は微塵もない。


「だから、リカルド様が私以外の女性に心寄せるなんてないんです」


小春は耳を疑った。


「え?リカルド様って……もしかして、秋穂の恋人……」


小春の頭が急速に回転していく。まさか、と思う。けれど確証はまだ何も無くて、どうすればいいのか、迷ってしまった。小春が勘付いたのを察したのか、秋穂は悪鬼の封印を解いた時と同じ歪な笑顔を見せた。


「多狼!」


その顔を見た瞬間、小春は多狼を呼んだ。呼ばれた多狼は小春の影から姿を現して、そしてすぐに駆け出して行った。


「あらあら小春様、何をなさったの?」

「何も。多狼……私の使役妖怪が出たそうにしていたから出してあげただけよ」


なんて、苦しい言い訳をした。


「まあいいです。どうせリカルド様には敵いませんもの」


そして秋穂は小春の腕を力強く引っ張った。


「ほら、行きましょう小春様」


逃してはくれなさそうな雰囲気に、小春は黙って従った。

 秋穂は小春の腕を離すことなく、歩いていく。


ーーやっぱり。


秋穂が向かっている先は、小春がかつて暮らしていた部屋だった。小春にとって見慣れた廊下は、今も変わらず鬱蒼としている。


「リカルド様、連れて来ましたわ」


秋穂がそう声をかけると、襖がゆっくりと開いた。


「やあ。よく来てくれたね」


そう言って微笑むリカルドは、絶世の美貌をしていた。秋穂が褒めちぎるのも無理はないと思うほど魅力的だった。

 その時、小春はぎゅっと痛くなるほど腕を握られた。


「リカルド様に惚れたら承知しないから」


そう忠告してきた秋穂は殺気立っていた。今まで見たこともないような本気の視線に、小春は震えた。


「こらこら秋穂。小春様が僕に惚れても、僕は秋穂だけだから。ね?落ち着いて」

「リカルド様」


リカルドの一言で秋穂の表情はころりと変わった。頬を紅潮させ、うっとりしている。いつの間にか小春の腕を掴む力も弱まっていた。


「それにしても話に聞いていた通りだね」

「な、何を聞いていたんでしょうか」


リカルドはニヤリと笑った。その時チラリと見えた歯が鋭く光った。


ーー吸血鬼!!


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