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16話 椎原家の状況

「小春ー新聞ダヨー」

「新聞、重イヨー」


そう言って小さなあやかし達が狼のあやかしの背に乗ってやって来た。小さなあやかし達は力を合わせて新聞を持っている。何とも微笑ましい光景に小春はクスクスと笑った。


「多狼もありがとう」


小春と契約を結んだ狼のあやかしは、多狼と名付けられた。小春は多狼の頭をわしゃわしゃと撫でた。多狼はそれが嬉しいらしく引きちぎれそうなほど尻尾を振っている。

 受け取った新聞の一面には『再び吸血鬼現る!?』という見出しが載っていた。


ーーまたか……。


小春の表情は一気に暗くなった。

 ここ数日、毎日吸血鬼の記事が新聞の一面を飾っている。しかもそれが小春の故郷で起きているとなると余計に心がざわついた。

 小春が小さくため息をつくと、扉がノックされた。


「小春様、少しよろしいでしょうか」


ジェームズの声だった。小春は慌てて扉を開けた。


「どうかされたんですか?」

「ロイ様がお呼びです」


小春に緊張が走った。ゆっくり息を吐いて、一度瞳を閉じた。


ーー来たわね。


こんな日が来る事は分かっていた。

 吸血鬼を誘き出すために小春は呼ばれたのだから、吸血鬼の事件が起きれば、必然小春の出番がやってくる。

 小春は口をきゅっと結び、ゆっくり頷いた。


「分かりました。すぐに行きます」


決意に満ちた小春の目を見て、ジェームズは目を見開いた。


「小春様は怖くないのですか?」


ジェームズの質問に小春も一瞬口を閉ざした。


「怖いですよ。けど」


小春は笑顔を作って迷わず答えた。


「悪鬼から私を助けてくださったロイ様のために、出来ることは何でもやろうと決めたんです」


あの時、小春は命を賭ける覚悟をした。だから迷う事なんてないのだ。


「そうですか」


ジェームズは今まで見せた事のない穏やかな笑顔を見せた。初めて見たジェームズの笑顔に小春は目を丸くして驚いた。

 そしてジェームズは深々と頭を下げた。


「どうかロイ様をよろしくお願いします」


小春はその一言が嬉しくて目を輝かせた。そして満面の笑みで大きく頷いたのだった。


 執務室に着くとロイが神妙な面持ちで待っていた。


「小春、来たか」

「お待たせしました」

「いや。気にしなくていい」


そう言って小春に席に座るよう促した。小春が勧められた椅子に座ると、ロイは小春の横に腰を下ろした。ロイの方を向くと、気まずそうな表情で、言い出しにくそうに口をもごもごさせている。

 そしてポツリと小さな声で話し始めた。


「吸血鬼が出た」

「はい。新聞で見ました」

「知っていたのか」


ロイは少し目を見開いた。そしてまた言いにくそうに俯いた。


「一週間後に椎原邸を訪問する事になった」

「はい。ご一緒します」

「……辛くないか?」


小春にはロイの方が辛そうに見えた。


ーー優しい人。


それだけで小春の心は温かくなる。

 小春はロイの目を見て、はっきりと首を横に振った。


「確かに椎原家は私にとって苦い思い出の場所です。けれど、ロイ様の役に立とうと決めたんです。陰陽師として、かりそめの妻として。だからロイ様と一緒なら何処までも一緒に行く覚悟です」


小春はロイの手を包み込んだ。

 それは小春の本心だった。

 小春から真っ直ぐ見つめられたロイは、それ以上何も言えなくなった。ロイ自身も覚悟を決めたように、真っ直ぐな瞳で小春を見つめ返した。


「分かった。それなら一緒に行こう」


そしてロイは小春の手を握り返した。


「必ず守ると誓う」

「ふふ。それはこっちの台詞ですよ」


そう言って二人はクスクスと笑い合った。


ーー大丈夫。必ず、何とかなる。


今の小春は無敵になったような気分だった。


◆◆◆


ーーどうしてこうなった!?


辰彦は頭を抱えていた。悪鬼が去って数日、穏やかで平和な日々が訪れた。これからもそんな日々が続くはずだった。

 だのに椎原家には今日も大勢の町民が押し寄せて荒々しく門を叩いている。しっかり閉めているはずの門も破られそうなほどの勢いだ。「出てこい!」「何とかしろ!」と叫ぶ声は屋敷の中にまで聞こえてくるほどだ。


ーー何故だ?!何故西洋あやかしがこんな町に……っ!


西洋あやかしなんてどう対応すればいいか何も知らない。何とかしろと言われても、何もできる訳がない。


「あの……御当主様」

「何だ!」


椎原家に代々仕えている家令が、襖の向こう側から声をかけてきた。しかし冷静に対応する余裕なんて辰彦には残っていなかった。


「恐れ入りますが、妖怪退治の依頼が山ほど届いております」

「どうせ西洋あやかしだろう!そんなの相手にできるか!」

「いえ」


家令は言いにくそうに否定した。


「日本のあやかしです。悪鬼ではないのですが……どうやら町では日本のあやかし達が悪さをしているようなのです」

「そんなもの秋穂や分家に任せればいいだろう!私が出るまでもない」


全く気が利かない、と辰彦はぶつぶつ呟いた。しかし家令からは予想外の答えが返ってきた。


「それが、椎原家の分家の者が退治に向かったのですが……お亡くなりになりました」

「……は?」


辰彦は奥歯をギリギリと噛み締めた。


ーー無能めっ!


しかし椎原家には他にも陰陽師はいる。辰彦は苛立ちながら軽くあしらった。


「なら他の者を向かわせろ。私は西洋あやかしの対応で手一杯だ」

「それが亡くなられたのは筆頭分家の方です。もうこれ以上強い陰陽師は御当主様くらいしかいないのです」

「は!?」


そんな強いあやかしが入ってきたなんて気が付かなかった。西洋あやかしに気を取られていたのが失敗だった。

 辰彦は拳を強く握りしめた。


「……分かった。私が向かおう」


そのあやかしを倒せば少し町民の騒ぎも落ち着くかもしれない。そんな浅はかな考えがあった。


 そうして、その日の夜。

 辰彦が秋穂を連れて妖怪退治に向かうと、町は想像以上に荒れていた。魑魅魍魎が跋扈しており、至る所で悪戯している。


ーー何だこの状況は?


何故ここまで荒れてしまったのか、原因に検討もつかない。


「凄い異臭がしますね」


秋穂は口元を袖で隠して吐きそうになるほどの異臭に耐えていた。


「耐えれんな。さっさと終わらせよう」


そう言って辰彦は使役していた狐の妖怪を三匹呼び出した。狐の妖怪達は逃げ惑う魑魅魍魎を捕らえては食べ、捕らえては食べ、そのたびに少しずつ町が綺麗になっていった。秋穂も狐の妖怪を三匹呼び出して同じように魑魅魍魎を退治していく。

 辰彦はふと気になって狐の妖怪が捕まえた一匹の魑魅魍魎に問いかけた。


「おい。何故こんな事をしている」

「ダッテ、居ナイカラ」

「いない、だと?何がいないんだ?」

「小春」


辰彦は目を見開いた。


「小春ガ悪イ事シチャ駄目言ッタ。ダカラシナカッタ。デモモウ居ナイ。ダカラシタ」

「小春ドコー?」

「小春ニ会イタイ」

「デモコノ町、離レラレナイ」

「小春イナイノツマラナイ」


魑魅魍魎達は言いたい放題言ってくる。


ーー小春があやかし達を抑えていたというのか……。


辰彦は眩暈を覚えた。


「ソレニ、オ前達、小春虐メタ」


そう言われて辰彦は何も言えなかった。じっと見つめてくる魑魅魍魎達の目に責められているような気になる。


「私は虐めていない」


閉じ込めたのだって必要だからした事だ。あれは虐めではないのだ、と辰彦は自分に言い聞かせた。


「小春、閉ジ込メタ」

「小春、悪クナイノニ」

「ダカラ痛イ目ニ、アエバイイ」

「ザマアミロ」


そう言ってきゃっきゃっと騒ぎ始めた。


ーー小春が悪くない、だと?


悪鬼の封印を解いたのに悪くないと言うのはあやかし側の言い分に過ぎない。


ーーあれは小春が悪かった。それは間違いない。


そう思って、ふと秋穂のことが頭に浮かんだ。

 何故か嫌な予感がした。


ーーあの時、私は小春の意見を聞いたか?秋穂の声しか聞こえていなかったのではないか?


 答えはすぐに出た。

 小春の意見を聞く事なく秋穂が正しいと思い込んで糾弾した。その事に気がついて辰彦は血の気が引いた。何故あの時冷静な判断が出来なかったのだろう、と不安になる。


ーーいや。だが判断は間違っていないはずだ。


辰彦は自分にそう言い聞かせた。どちらにせよ悪鬼は小春の血を求めていたのだから小春を部屋に封じるのは間違いではなかった。

 しかし、他にも気になることがある。


ーーこの程度の魑魅魍魎に、筆頭分家の陰陽師が殺されるなんてあるのか……?


みるみる綺麗になっていく町を見つめながら、そんな疑問が浮かんだ。

 その時、目の前を通り過ぎる魑魅魍魎が叫んでいた。


「キャー!モンスターノ『シモベ』ダー」

「モンスター怖イ」


辰彦は首を傾げた。


ーーモンスター?西洋あやかしのことか?


そうなると西洋あやかしに仲間がいる事になる。辰彦はゾッした。あやかし達の様子を伺っていると、どうも秋穂から逃げて行っているようだった。

 そんな秋穂は順調にあやかし達を退治していっている。


「御当主様、やりました!」


嬉しそうに報告してくる秋穂を、辰彦は上手く褒めてやれなかった。


ーー数週間前までようやく狐のあやかしを使役できたと言っていたのに、もう三匹も使役しているだと?


辰彦は言いようのない不信感が募っていくのだった。


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