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ふわり。

作者: 九条 隼



 何がいけなかったのだろうか僕らは嘆んだ何がおかしかったのだろうか僕らは叫んだ何が悪かったのだろうか僕らは悔やんだ。

 彼女を信じず殺意を向け悪だと決めつけ彼女を憎んだそして―――そして彼女を「XXX」。

 消して消えない罪に痛みを悔やみを知るそして彼女を知った。


 孤独だった「あの子」を信じたのはいけないことだったのだろうか優しい「彼女」を恨んだのはいけないことだったのだろうか。しかし全てはもう―――



「彼女に言葉は、届かない」

“彼女の言葉も、届かない”

―――わかってる。だって彼女は、僕らが「XXX」から。



 ふわり。

 花は僕らを責め立て慰める。


(ごめんなさい)(ごめんなさい)

(数えられない痛悔を、彼女はどう思うだろうか)



「ごめん、ごめんなさい……っ」

 彼女の流した血の数とこらえた涙の数に、僕らは痛悔する。


―――ごめんなさい……―――


  ***



 ごめん、ごめんなさい。

 夕暮れの墓地で一人、少年は泣いていた。ごめんなさい、ごめんなさい。その言葉しかわからないかのように、少年はずっと繰り返す。

 たん、と背後で足音がしたのにも気がつかず、泣き続ける。ごめん、ごめんなさい。許してなんて言わない、けどごめんなさい。少年は繰り返す。

「来てたのか」

 冷たい声に、振り返らずうなずいた。横から手が通過し、目の前の墓地に花が手向けられる。小さな花だった、けど、綺麗で愛らしい花だった。

「帰れよ」

 言われて悔やみ、立ち上がった。そして、一度も目を合わせずに背を向ける。

「俺と目を合わせられないくらい、お前はあいつを憎んでたんだな」

 違う、と少年は口に出せなかった。昔とは違う、少年の罪そして彼の声。ぎりりと奥歯をかみしめる。

「もう二度と、ここには来るな」

 言われて、少年は再び謝罪した。


「もう、あんたなんて信じない」

 彼女とよく似た声に彼女とよく似た顔立ちの彼は、彼女とよく似た言葉を口にした。



 彼女は、深い眠りについている。そして、もう二度と目を覚ますことはない。昏睡状態ではない。寸分違わず言葉通り、「二度と」目を覚ますことはないのだ。少しの期待さえもてない。彼女は「死んだ」。否、「殺された」。

 ふわ、と墓地に残されたその人は花の匂いに笑みを作った。

「リュー、お前の好きな花だよ……」

 先ほどの冷たさが嘘のように、彼は優しく笑う。その人は、彼女を唯一リューと呼ぶ人だ。幼少のころ、名前をちゃんと呼べずにリウと呼んでいたことからくる。そしてその人は、正真正銘彼女のの双子の兄、だった。

「今でも俺はお前をリューって呼んでんのに、お前は俺をリョーって呼ばないのはフェアじゃないと思わないか?」

 苦笑してしゃがみこむ。汚れを優しく払い、彼は目を閉じた。

「あいつらは随分と後悔しているみたいだったな……まあ、当たり前だけど。なあ、リュー。あいつらを許さない俺は、酷い奴か?」

 瞼の裏で儚げに笑う妹の姿に、彼は少しだけ泣きそうになった。大好きな大好きな大切な半身。何で死んでしまう必要があったのだろうか、何で彼女だったのだろうか何でこれ以上傷付かなければいけなかったのだろうか世の中は理不尽だ、あいつが死ぬのではなくことの発端が―――何て言ったら、彼女は泣きながら怒るだろう。

 熱くなった目元に、彼はかぶりを振った。泣くわけにはいかない、俺は兄だから。嘆くわけにはいかない、俺は生きているから。

「守れなくてごめんなリュー。俺も、罪人だ」

 それもタチの悪い罪人、とロウはため息をついた。

「ごめんなあ、リュー。安らかに寝るところなのに懺悔なんかしちまって。でも、もうこれで終わりにするよ。懺悔は、終わり。次ここに来るのはいつになるかな……」

 家でなら毎日おがむさ、と彼は小さく笑った。そして立ち上がる。ふわり。花の匂いが彼を歓迎した。

「好きだよ、俺のきょーだい。また会おう、もし、またお前が俺の前に現れてくれるんだったら―――いや、そうでなくても。俺はお前を守って見せる」

 それじゃあ、と彼は背を向けた。


「懺悔なんて真似は、見苦しかったかな……」

 少しだけ足を止め、しかし彼は振り返らずに再び足を進めた。





―――旭川リンが死んだ。

 裏庭で無残にも血にまみれているのが見つかったらしい。その上には屋上があるから、そこから墜落したのだと思う。そして、フェンスが古さゆえに壊れているということは、間違って転落してしまったのだと思われる。しかし、彼女にとってそれはどちらでもいいことだった。

 やっと、やっとだ。やっと死んでくれた。目ざわりで仕方なかった、旭川リン。

 そして彼女は綺麗に整った顔立ちをゆがめた。ふわり、慰めるかのように花の香りが漂う。そして、ぴたりと足を止めた。―――振り返る。

 そこには、いるはずのない「旭川リン」がいた。


 白いワンピースを身につけたその姿は、彼女のその記憶と同じように儚げにほほ笑んでいるままで、生きているようだった。

「なんであんたが、……」

 そういって彼女は恥入った。何をしているのだろうか、これはただの幻覚だ。ああ取り乱すなんて。彼女ははあ、とため息をつく。

 ゆらあり、と。「旭川リン」は動いた。足音などしない、彼女に足は見えなかった。―――「それ」は、消えない。


“ユウちゃん、なんでこんなことをするの?”


 記憶の中の旭川リンが彼女に問いかける。地面に崩れ落ち暴行の跡を残した旭川リンはやはり、憎く思っている彼女さえも認めてしまうほど儚く愛らしい。

―――       。

 あの時、何と答えたのだったか彼女はもう覚えていない。激昂して、つい何かを言ってしまったことだろう。

 ふわり。「旭川リン」の黒髪が風にあおられた。彼女はまさに、「愛されるために」生まれたと錯覚されるほど可愛らしかった。


“ユウちゃん”

“ユウちゃん、大好きよ”


 はるか昔に口にした言葉は、彼女を責めたてる。そして、近づいてくる「旭川リン」は彼女を慰めていた。

「なんなのよ、なんなの」

 責めればいいじゃない、あの人たちみたいに。大嫌いだ嘘つきだといって泣けばいいじゃないそうすればいいじゃないなんで私を慰めるのよ、よしてよやめてよこっちに来ないで。

 彼女は走り出した。どこに向かっているのかなんてわからない。ただ、無我夢中にあらがった。『旭川リン』から逃げた。―――旭川リンを嵌めた、あの時のように。


 理由なんてなかったのかもしれないし、とても大きな理由があったのかもしれない。ただ、彼女は『旭川リン』から抗い逃げた。彼女は「嘘のいじめ」の犯人に仕立て上げた。学年の十数人は旭川リンの味方だった。けれど、旭川リンの親友たちは、旭川リンが悪役だと疑わなかった。彼らは旭川リンを責め立てた。今まで信じていた分、彼女に暴力をふるい罵った。そして、疑いが晴れたその日まで、旭川リンは耐え続けた。耐え続けてみせた。しかし、その疑いが晴れたその日、屋上から転落した。

 旭川リンは間違いなく悲劇のヒロインだった。そしてそれを仕組んだ彼女は、「悪女」だ。まわりは「悪女」を責め立てる。私は旭川リンが犯人だなんて言ってないわと笑う。だってそうでしょう私は私の体操服が破られたその日、「放課後に旭川リンが教室から走り去って行った」という事実を言っただけ。犯人だなんて言ってないわ、嘘なんて言ってない。ねえそうでしょう? 彼女を裏切ったのは突き放したのはあなたたちでしょう? 知ってて黙っていた奴だっているじゃない。

 答えてくれる人は誰もいない。彼女はもう、一人になってしまったのだ。


「ここ、墓地……?」

 焦ったようにあたりを見回す彼女の目に、白いワンピースがうつる。来た、「旭川リン」がこっちに来ている。遠くへ遠くへと逃げる彼女は、やがて「その場」にたどりついた。

「旭川、家……」

 そうかかれた墓石に、彼女は冷や汗をかいた。「旭川家」ですって? なんで、どうして! あせる彼女の前に、「旭川リン」は向き合った。

 ひ、とひきつったような悲鳴が彼女から出る。


“    ”

 口だけを動かすその彼女は止まった。優しげにほほ笑み、彼女は口を動かす。き……? 首をかしげる彼女に、「旭川リン」は悲しげにほほ笑んだ。

“    ”

「す、き、? 好き……って言ってるの?」

 唖然とする彼女に、「旭川リン」は満足そうにほほ笑んだ。


“好きよ、ユウちゃん。私の大切な親友だもの。好き、大好きよ”


 安心したような「旭川リン」に、記憶の中の言葉が思い出される。やめてよ、なんでこんなの思いだしてるのっ。


“好きよ、好き。どんなことをされても、それは変わらないわ”


 思い出された記憶に困ったように微笑んで、「旭川リン」は彼女の頬にてを当てた。

「嘘よ」

 じわじわとたまっていく涙を、彼女は振り払った。

「うそよ、そんなの! 憎いんでしょ? 私のこと!」

 知ってるわ、と彼女は叫ぶ。

「あなたは私を憎んでる! だってそうでしょ、あなたから「好きな人」をとったのは私なのよ!? あなたは、「彼」に裏切られたの、それを糸引きしたのは私だもの! 憎いんでしょう、知ってるわよおっ!!」

 叫ぶのと同時に、彼女はぼろぼろと涙をこぼし始めた。薄暗い墓地で、淡い光が涙に反射して照らす。「旭川リン」は、泣き叫ぶ彼女の姿を見つめる。

「そんなうそ、いらないのよ!」

“     ”

 ふわりと花のように微笑む「旭川リン」に、彼女は唇をかみしめた。


“好きよ、大好きよ。酷いことされたって、確かにユウちゃんは私の親友よ。大切よ。どんななことがあったて、それは忘れられないわ”


 記憶の旭川リンは、笑っていた。目の前の「旭川リン」は本音が聞けてうれしい、とわらう。「旭川リン」は、笑う。男子からも女子からも「天使」と称された容姿に、「聖母」と謳われた慈悲。優しくて甘かった。だから彼女はみじめだった、独りだった。旭川リンと常に行動しつつも自分の穴を深めていく。

「ほんねなんて、言った覚えはないわよ……」

 ふらり。視界が揺れる。「旭川リン」は優しくほほ笑んだ。



“「       」”

 くるしいからよ。そんな言葉に、彼女は固まった。そして、ゆっくりと「旭川リン」を見つめる。

“    、     ”

 「旭川リン」はやはり、笑う。―――「ごめんね、ありがとう」? それは何に対しての謝罪なのかそれは何に対しての感謝なのか彼女は震えあがった。聞きたくない何も言わないで、彼女は無言のまま抵抗する。

 ふわり。花の香りが彼女を責め立てる。


“もし、ひどいことされて。それが終わって。次に会えるのだとしたら。私はきっと、その事を憎んではいないわ”


 旭川リンの昔の言葉は、この事を見越していったのだろうか……? ふわ、り。花の香りが「旭川リン」を慰めた。

「私は……っ」

 彼女が口を開いたのと同時に、「旭川リン」は微笑み、姿を消した。ふっと、ろうそくの灯が消えるように軽やかに静かに、世界になんて気にも留められずに。


 彼女は、涙を流し続けた。

「……わたしはっ。あんたみたいな酷い奴っ、だい、きらいよ……ぉっ」

 淡く煌めいていた涙は、夜の闇に紛れた。


―――残された花の香りは、彼女を慰めるのだった。


“        ”






 彼は真っ暗になった部屋で、一人茫然としていた。

―――旭川リンが死んだ。

 最初は歓喜したのだと思う。やっと学校が「元通り」になる。小さく笑みを作った。そして、電話をしている彼の正面で本を読んでいた妹が、驚いたように言った。

 どうしたの。妹は唖然としたように言った。どうした、って何が。彼は妹を凝視する。そして視界がぼやけていることに気づいた。兄さん、どこか痛いの。妹は無知な子供のように彼を心配する。なんでもないと言った彼は、その純粋さから逃げるように自室へ駆け込んだ。

 泣いて、る? 彼はベッドのふちに座った。何故泣く、何故。なんで泣く必要がある。彼は震える手のひらを凝視した。そして、脳裏に浮かび上がる旭川リンの姿に、茫然とした。彼は、まだ事実を伝えられていなかった。彼は、まだ旭川リンを憎んでいた。彼は、まだ旭川リンを―――「愛して」いた。

 一昨年の春。高校の入学式のことだった。彼は自分のクラスを探すのに時間をかけ、少しだけ遅刻をしてしまった。すでに、クラスでは仲良しグループとやらが決まりつつあった。彼は、出遅れたのだ。そしてそんな時、彼女に出会った。よろしくねと彼女は気さくに話しかけてきた。やや口下手な彼も、安心して話せた。そして―――恋愛感情が芽生えた。

 二年後の春。クラスの離れてしまった彼女の噂を聞いた。愕然とした。裏切られたのだと悟った。彼は涙を流した。そして、まわりと同じように彼は彼女に暴力を振るい始めた。彼女は泣かずに、受け止めた。―――そして、死んだ。誰が殺したなんで死んだんだっ。「殺した」んだっ。

 なんなんだ、なんなんだよ。彼はかぶりを振った。無言のまま微笑む脳裏の旭川リンは、彼を責め立てていた。ふわ。花も置いていないというのに、彼の部屋で少しだけ花の香りがする。なんなんだ、なんなんだよ。俺が間違ってるって言いたいのかよ。彼女を思い出させる花の香りに、彼は目を閉じた。ふらり。頭が揺れて、体中の力が抜けた。気づくとそこは、墓地だった。



 旭川家。


 墓石に彫られた文字に、彼の体は硬直した。浅い呼吸しかできず、彼は膝を地に付けた。あさひがわ、旭川だと? 硬直した体は、震えだした。とん。背後で軽い足音が一つ。彼は振り向けなかった。とん。背後で軽い足音が近づく。


“ひろくん”


 彼女だけが使う彼の呼び名に、彼の背筋は凍った。なんだ、なんで今―――「思い出す」? ここに彼女が眠っているとは限らないだろ、そうだろ?


“……ひろくん”


 壊れたように、彼の思考は繰り返す。昔のような温かみはない。抑揚ない声は、彼の耳に届いた。そして、とん。もう一度足音が近づいた。ねえひろくんなんでなのかな。彼のなかの妄想が彼を責め立てる。やめろ、やめてくれよ。凍った背筋額を伝う冷や汗震える体進む妄想。どれもが彼の意思に従いはしなかった。


“ひろくん”


 変わらず、声は名前だけを繰り返している。しかし彼には、その続きも聞こえる気がした。なんで助けてくれなかったの? 彼女の声が、聞こえる気がした。

―――知っていた。彼女が無罪だということを。

 彼は震える体に比例し震える声震える唇を操作する。知ってた、知ってたよ。彼はつづけた。


「知ってたよ……っ」

 情けなく震えた声に、彼は少し、泣いた。

「ごめん、ごめん……っ。何もしなくて気づかないふりをしてごめん……っ」

 彼は壊れたかのように叫んだ。ごめん、ごめん。それ以外は何も言わない。

 ふわり。花の香りがふと、彼の鼻をくすぐった。ひぐ、と情けない嗚咽が彼の震える声を止めた。あの日あの時、被害者が自分で体操服を破っていたのを見ていたそして彼女が無罪であるということをわかっていた。ごめんごめんごめんごめんなさい、それでも好きなんだ。


“ひろくん”


 声は変わらず、抑揚がない。昔のように優しく話しかけてはくれない。彼女。旭川リン。しかし彼はそれを言う資格などないことを理解していた。

「ごめん、っ」

 とん、と。軽い足音と一緒に、花の香り。




“ひろくん”

 そして、彼は夢だと知りながらもその墓地で一人痛悔を繰り返すのだった。

―――ふわ、り。今にも途絶えそうな花の香り。

 泣き続ける彼のとなりにいた彼女は悲しげに微笑み、姿を消した。



(一人になってくれたら、俺だけのものになるんだと思ってたから)



 ***



“……”

 彼女は一人、その墓石に座っていた。

 一番初めにこの場で痛悔をしたは、彼女の両親と双子の兄そして幼馴染たちだった。兄たちは彼女と別の高校に通っていた。故に、彼らは彼女の状況に気づかなかった。いや、彼女が気づかせなかった。しかし、その日。日々の暴力の跡、それから高校の数少ない彼女の味方により、証明された。

 ごめんなあ、と父親は泣きながら謝っていた。死んだその日も、火葬が終ったあとも、めったに泣かない父親は泣いていた。泣き崩れる母親を支えながらも、泣いていた。双子の兄は、泣かなかった。泣かずに、棺に寝ていた彼女を撫で、柔らかくほほ笑んでいた。けど、彼の、彼女と瓜二つの顔は悲しげだった。

 幼馴染たちは花を片手に、静かに泣いていた。兄経由で知り合ったため、全員が男だ。しかし、彼女と彼らは親友だった。静かに泣く彼らに、誰の目にも映らない彼女は悲しくほほ笑んでいた。彼女は、彼らには見えないのだ。なかないで。声も、誰にも届かない。

 墓に入れられた彼女の遺骨とは別に、彼女はその墓地の周辺で漂っていた。そして、次々と痛快している人々を見守っている。 ある日は一番親しかったクラスメイト。ある日は双子の兄。ある日は親友。ある日は最愛の人。

 彼女はあと数日でこの世界から離れなければいけない。少しだけ、焦っていた。


 泣かないで。許さないから、泣かないで。許さないから、傷つかないで。罪悪に潰されないで。彼女は届かない声で叫ぶ。花の香りが薄れてきていた。ふ、わり。消えそうな香りが、彼女を覆った。

 忘れてしまってもいいけれど、忘れないで。矛盾した気持ちを彼女は抱く。そして、墓地に残された白い手紙を拾い上げた。一体何だろうか一体誰の痛悔だろうか。彼女は首をかしげる。


―――おねえちゃんへ。

 たどたどしい文字は、幼馴染の妹のものだった。確か、小学生になったばかりだっただろうか。彼女の可愛らしい姿に、小さな笑みが浮かんだ。


―――おねえちゃんはてんごくにいくんだと、おにいちゃんがいっていました。

 うん、行くよ。きっと、帰ってこれない。会うことは、ない。

―――そこで、しあわせになるんだと、いっていました。

 幸せ―――に、なれるのだろうか。彼女は少しだけ、笑った。


―――わたしはしょうらい、おねえちゃんになりたいとおもいます。

 私、に。首をかしげ、可愛らしい文字を見つめた。

―――やさしくて、つよくて、とてもすてきなおねえちゃん。わたしは、おねえちゃんがだいすきです。

 私も、あなたが好きだよ。ぽたり。彼女は涙を流した。


―――おにいちゃんたちも、だいすきだっていっていまいた。

 私も、みんなのこと大好き。ぽたりぽたり。涙がほほを伝った。


―――だから、おねえちゃん。だいじょうぶだよ。ひとりじゃないよ。

 うん、そうだね。彼女は淡くほほ笑んだ。



―――おにいちゃんは、こうかいをしているんだそうです。でも、だからこそつよくなるんだそうです。

 そうだよ。お兄ちゃんたちは、もっと強くなるの。私のことがあったからこそ、きっと強く。大切な人を、守れるようになる。


―――わたしも、つよくなりたいです。おねえちゃんみたいに、なりたいです。

 ありがとうね。彼女はわらった。


―――てんごくでも、しあわせになってください。

 うん、しあわせになるよ。ずっとあなたたちを見守ってる。




 きっと。きっと―――


“  、    ”

 ふわり。ぷつん。




―――痛悔墓地には、今日も訪問者が訪れる。

 残された彼らに、彼女の言葉は罪は届かない。


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