無能と罵られ、婚約破棄された公爵令嬢ですが、彼女が発明した魔道具なしでは国が立ち行かなくなるようです。今さら『帰ってきてくれ』と泣きつかれても、隣国の天才魔術師様と幸せになるのでもう遅いです!
「エリアーナ・フォン・ヴァインベルク! 今日この時をもって、貴様との婚約を破棄する!」
夜会の喧騒が、嘘のように静まり返る。その中心で、私の婚約者であるこの国の第一王子、テオドール殿下が、金色の髪をなびかせながら高らかに宣言した。彼の隣には、今にも泣き出しそうな可憐な男爵令嬢リリアが、庇護を求めるように寄り添っている。
「私の真実の愛は、このリリアにある! 貴様のような、地味で愛想もなく、何の役にも立たない女が私の隣にいること自体、国の損失なのだ!」
集まった貴族たちの視線が、憐憫、嘲笑、好奇の色を混ぜ合わせながら私に突き刺さる。いつも通りの光景だ。私は感情の乗らない声で、静かに問い返した。
「承知いたしました。ですが、婚約破棄の正式な理由をお聞かせ願えますか?」
「理由だと? 貴様がリリアを虐げ、夜な夜な呪いをかけていることを私は知っているのだぞ!」
身に覚えのない罪状に、私は小さくため息をついた。ああ、またその話ですか。リリア嬢が階段から落ちたのも、お茶会でドレスを汚したのも、全て私のせいになっているらしい。
「……そうですか。私が申し上げられることは何もございません」
「ふん、白々しい! もはや貴様の顔も見たくない! ヴァインベルク公爵令嬢を国外へ追放する! 即刻だ!」
王子の決定に、誰も異を唱えない。父でさえ、公爵家の面子を潰された怒りで顔を赤くしているだけだ。私は誰にも見送られることなく、その日のうちに一頭立ての馬車に乗せられ、国境ゲートへと追いやられた。
これからどうしようか。途方に暮れる……なんてことはない。むしろ、せいせいした。王子の婚約者という立場は、私の研究の邪魔でしかなかったから。
私の唯一の趣味であり特技は、魔道具の発明だ。この国の冬を暖かく保つ『魔導式温熱ストーブ』も、安全な水を供給する『魔力式浄水ポット』も、全て私が匿名で発表したもの。王子が「役立たず」と罵った女が、この国のインフラを支えていたなんて、夢にも思うまい。
国境を越え、さて、どの国で研究の続きをしようかと思案していると、一台の豪奢な馬車が私の前に停まった。扉から現れたのは、銀髪に紫の瞳を持つ、息をのむほど美しい男性だった。
「ようやくお会いできましたね、稀代の天才発明家殿」
その声に驚いて顔を上げると、彼は悪戯っぽく微笑んだ。
「私は隣国で魔術師団長を務めているアレクシスと申します。あなたの発明品、『E』のサインが入った魔道具の数々、感服いたしました」
E。それは私のイニシャル。まさか、正体を見抜かれていたなんて。
戸惑う私に、彼は優雅に手を差し伸べた。
「あなたの才能が、あのような愚かな国で埋もれるのは惜しい。どうか、我が国でその力を振るっていただけませんか? 最高の研究施設と、私の……全ての愛を、あなたに捧げましょう」
その真摯な瞳に、私は生まれて初めて胸が高鳴るのを感じた。
◇
エリアーナが国を去ってから、三ヶ月が経った。
王国は、未曽有の危機に陥っていた。冬の訪れと共に『魔導式温熱ストーブ』が一斉に機能を停止し、王都は凍えるような寒さに包まれた。追い打ちをかけるように、『魔力式浄水ポット』が次々と壊れ、安全な水の確保さえ困難になったのだ。
国民の不満は爆発し、その矛先は王子テオドールと、新しい婚約者のリリアに向けられた。
「いったいどうなっているんだ! 魔道具の修理もできないのか!」
「これも全部、エリアーナ様を追放したせいだ!」
調査の結果、全ての魔道具のメンテナンスには、発明者『E』にしか分からない特殊な魔力調整が必要だと判明した。そして、その『E』の正体が、追放したエリアーナであったことを知り、テオドールは顔面蒼白になった。
彼女が「無能」? 国を支えていたのは、他の誰でもない、彼女だったのだ。
テオドールは全てを投げ出し、エリアーナを連れ戻すため隣国へと馬を走らせた。噂を頼りにたどり着いたのは、王城に併設された巨大な研究所。その最上階で、彼は信じられない光景を目にする。
活き活きとした表情で、見たこともない複雑な魔道具を組み立てるエリアーナ。その横顔を、愛おしそうに見つめる魔術師団長アレクシス。以前の地味なドレスではなく、機能的で洗練された衣服をまとった彼女は、別人のように輝いて見えた。
「エリアーナ!」
声を張り上げると、彼女はゆっくりとこちらを振り返った。その瞳には、かつて私に向けられていた無感情さはなく、ただ静かな光が宿っているだけだった。
「どうか、国に帰ってきてくれ! 私が間違っていた! 君なしでは、国が……私が、ダメなんだ!」
なりふり構わず頭を下げる私に、彼女は静かに首を横に振った。
「テオドール殿下。私が作った魔道具は、人々のささやかな日常を守るためのものです。誰かの愛を繋ぎ止めるための道具ではございません」
彼女の隣に立ったアレクシスが、庇うようにその肩を抱く。
「彼女はもう、あなたの国の人間ではない。私の、そして我が国の至宝だ。お引き取り願おう」
エリアーナは、私に一度だけ困ったように微笑み、きっぱりと言い放った。
「私の居場所は、もうここにはありませんから。今さら、もう遅いのです」
その幸せそうな横顔を見て、私は自分が本当に失ったものの大きさを、ようやく思い知ったのだった。




