パメラ・ゴードンスミスの場合
甘い夢は一年も経たずに消えた。
強制的に直視させられた現実に数年耐えて、
気付いたら夢も希望も失くしてすべてが終わっていた。
◇◇◇
パメラはゴードンスミス公爵家に生まれた。
王子との年廻りが近いことから、「王子様が迎えに来てお姫様になるのよ」と言われて育った。
お姫様に必要だからと英才教育が施され、その結果、無事に第二王子の婚約者になれた。
だが、現実は彼女をお姫様にはしなかった。
婚約者には嫌われ、王子様が迎えに来るお姫様役ではなかった。
王子妃の仕事を任せられるようになると、婚約者の仕事まで押し付けられるようになった。
そして、第二王子はそれで空いた時間で王宮の外に遊びに行くようになった。
パメラが二人分の仕事を終えて帰宅できるのは、もう、王宮で夕食が始まっている時間。
始めは王宮で食べていたのだが、「王宮に夕食までたかる気か?」と婚約者に言われ、茶受けの軽食も食べずに空腹を抱えて帰宅するほうを選ぶようになった。
仕事に追われる日々のおかげで、与えられた部屋に戻る暇がない時は、移動中に見付けたアルコーブの長椅子で小休止を取ることは当たり前になった。
「ゴードンスミス嬢」
声をかけてきたのは、宰相だった。
宰相とはいっても、ジェイコブ・バードマンは国王より少し下の世代と若いが、王族ではなく、爵位も宰相に必要な伯爵位を一代限りで与えられているだけだ。
「バードマン閣下」
「小さいのに仕事を頑張っていて、偉いな。ご褒美をあげよう」
そう言って、宰相は懐中から小さな袋を取り出した。
「これは・・・。ありがとうございます、バードマン閣下」
「お茶は持っていないから、部屋に戻って食べなさい」
何故、食べ物を持ち歩いているのか。パメラは気になったが、そのまま口に出してはいけない、と止めた。連日、長時間にわたる仕事に疲れ過ぎていて、素直に人に尋ねて良い物と悪い物の判断まではできなかったのである。
多忙な宰相自身の非常食を分け与えてくれたのかもしれない。
宰相は何事もなかったように去って行った。
パメラは宰相から貰った小さな袋に入っていたビスケットを茶受けにして、その日は空腹を紛らわすことができた。
◇◇◇
翌日には宰相のようにビスケットを非常食として持参してきたが、夕方になると王宮の部屋付きの侍女が軽食を籠に入れて持ってきてくれた。
「これは?」
「宰相閣下の指示です。宰相補佐の執務室でも、この時間に軽食をお届けするように命じられておりますので、お気になさらないでください」
「宰相補佐の方々にも出されているというの?」
「はい。宰相補佐の方々の勤務時間が長いので、バードマン閣下が宰相になった際に宰相補佐の執務室に軽食を届けるように指示を出されました」
「それなら、喜んでいただくわ」
自分への特別待遇ではない、と知って、パメラは安心して受け取った。昨日のように通りすがりに手持ちを貰うならまだしも、王宮の侍女に継続的な命令を出すなど、関係を邪推されてもおかしくない。
(バードマン閣下は気遣いのできる良い人だわ)
パメラはその時の宰相の指示に感激していたが、彼が宰相補佐の時代から残業が当たり前だった、ということに気付いていなかった。
そして、大臣たちより宰相が若い世代である理由にも気付いていなかった。