山猫にゃんこちゃん
夢を見たのは、夜明け前にブレアが部屋を出て行ったせいか。眠っていても微かな物音を拾い、知識の断片を繋いでありそうな場面を作り上げたのだろう。
ウォードはそう夢を解釈しつつ果実水を飲み下した。
爽やかな香りが鼻に抜け、家を離れているのだと実感する。
夢のなかで、カラスではなく白い小鳩がいた。あれはクリスティナが「カラスは白。羽根の先は薄桃色なの」と言っていたせいだ。
不届きな狼を「はうるちゃん」と呼んでいたか。
ハートリーの守護神である山猫にも名をつけていたが、なんだっただろう、思い出せない。
自分の額を親指の関節で軽打してみる。
それがきっかけで思い出した。にゃんこちゃん、たしかにゃんこちゃんだった。
騎士団の旗には山猫が描かれているが、名がにゃんこちゃんでは力が抜ける。戦闘意欲を著しく削ぐな、とウォードの笑いも腑ぬけたものになる。
ふと、庭からの視線に気がついた。先にいたのはヴァイオレットだった。散歩から戻ったところらしく、メイドを連れている。
ウォードがいるテーブルは、開け放したテラス窓の側。
ここから入ることにしたらしく、ヴァイオレットは会釈して歩み寄る。
「お早いのですね、ハートリー様」
「アルキミア嬢こそ。飲み物でもいかがですか」
隣で立ち止まられては、誘わないわけにはいかない。そして誘われれば、特別な用事がなければ受けるものだ。
「ありがとうございます。いただきます」
メイドの引いた椅子に掛けると、ウォードの注いだ果実水を口に含み「おいしい」と笑みを浮かべる。
「なにか、ご覧になって?」
なんのことだか。
「少し笑っていらっしゃったように思ったので」
見られていたらしい。ウォードは思わず口元に手をやった。ついでに軽く咳払いをする。
親しみを込めた眼差しなど向けられては、きまりが悪い。
「アガラスのクサリヘビに名前があるのかと、考えていただけです」
「名前?」
ヴァイオレットは意外そうにしながらも興味を持った様子で「知っている?」とメイドを振り返る。
「私は存じあげませんが……愛称はありそうですね」
メイドにまで微笑ましい目で見られている気がして、落ち着かず座り直す。
「朝から楽しそうだね、なんの話?」
加わったのはローガン。アガラス家の跡取り息子。
「いや、他愛もない話だ。説明するほどのものでもない」
これ以上この話が続くのは、耐えられない。ヴァイオレットより先に返し、ウォードの長い一日が始まった。




