緑の瞳を持つ少女
アガラス家の使用人は、本邸に住む者と別棟に住む者に分かれる。
上級使用人は皆本邸に住み込みだが、メイは特別に別棟の最上階を与えられていた。
ウォード・ハートリーが就寝時の手伝いを断ったことにより、別棟に住むメイの帰宅は予定より早くなった。
娘の待つ部屋へと戻る急ぎ足は、ほぼ走っているようなもの。
「ママ、お帰りなさい。どうかしたの」
ふたりで暮らすには充分な広さの部屋で迎えた少女は、メイの顔を見て笑みをすぐに消した。
「ハートリーの跡取りが来ました。本当に来たのです」
興奮気味にまくし立てる母に圧されてか、少女の頬が硬くなった。薄く唇を開きすぐに結び、目を見開いている。
「あの戦で目をやられたのだそうですよ。人目にさらせないほど醜い傷なのでしょう。お客様方も戸惑って距離をおかれて、本人も不機嫌そうな様子でしたわ」
思い返しての笑みが湧く。
「食事の時も眼帯をしていて、手も多少動きが悪いように見えました」
左目を手で覆いいい気味だと笑う母を前にし、少女は固唾をのむばかり。
「神様はいらっしゃいます、私はそう実感いたしました。やられてばかりではなかったのですわ、シンシアお嬢様。罰はくだされていたのです」
瞳を輝かせたメイが胸の前で祈りの形に指を組む。
「ママ、……誰が聞いていないとも限らないでしょう。アマリアと呼んで、いつもみたいにお話しをして」
「マクギリス家の受けた屈辱を思えば、目のひとつでは生ぬるい。必ずや無念は晴らさなければ。私はどこまでもお嬢様をお支え申し上げます」
「ママ。お願い、シンシアではなくアマリアと呼んで」
緑の瞳にうっすらと涙を浮かべた少女の両肩をメイががしりと掴んだ。
顔を近づけて熱心に言葉を重ねる。
「敵を目の前にしてなにもしないのは、耐え難いことではございますが、時機を見極めてなくてはなりません。事を急いてしくじるのは、愚か者のすることです。いずれハートリーが立ち直れないほどの一撃をくれてやりましょう」
「……わかったわ、ママ」
なにを言っても、今夜の母には通じないと考えてか、少女の呟きに力はない。
今はアマリアと呼ばれるシンシア・マクギリスの頬に一筋の涙が伝った。