狼のはうるちゃん・1
ご当主の名はラング・ルウェリン様。まだ独身だと教えてもらった。
おじさんが「また来るわ」と軽い調子で帰っていく。
「そりゃそうだ、残りのお金をもらわなくちゃいけないもんね」と見送ってすぐ、エプロンをした女の人が来て「伝えることがいくつかあります」と一方的に話し出した。
ご主人はすぐにはお会いにならない。食事は時間に届ける。急用時はそこに下がっている紐を引いて。まとめるとそんな感じの話だ。
紐はよほどでない限り引いてくれるな、こっちは忙しいんだから。と、心の声が聞こえる。
「勝手なことをしないで、お部屋にいます」
求められるお返事はこれだろうとクリスティナは先回りした。
食事をもらい、お湯をつかってさっぱりして落ち着くと、することがなくなった。
色々考えるのは馬車で済ませてしまったので、新しく知ることがないと変わらない。
寝るまでぴぃちゃんと遊ぼうかな。思いついて呼ぶと肩の上に現れた。いつもは床に来るのに珍しい。
頬に柔らかな毛が触れて、くすぐったくも気持ちいい。ずっとこうしていたいくらい。
柔毛を堪能していたら、不意に部屋の空気が一変した。
その変わりようは目を閉じていても分かるほどで、肩にあたるぴぃちゃんの爪が痛いと思うのは初めてのこと。
なにごと。慌ててあたりを見回したクリスティナの目に飛び込んだのは、閉まった扉の前に堂々と立つ灰褐色の獣だった。
耳は立ち黄色の目はギラギラしている「金眼」というものだ。
にゃーごちゃんの時は犬と間違えたけれど。この動物のほうがより犬っぽくても、同じ過ちは犯さない。
ここはルウェリンだからして、この犬は狼なのだ。たとえクリスティナには違いがわからなくても。
「はうるちゃん?」
お邪魔しているのはこちら。私達から先にご挨拶すべきなのにぴぃちゃんが動こうとしないので、仕方なくクリスティナが呼びかけた。
たっぷりの重量感はそのまま威圧感。注意深く観察されることに怖気づく自分を励ましながら「あ、そうか。はうるちゃんは自分が『はうるちゃん』だと知らないのね」と思い当たる。
「とりあえず、ぴぃちゃん。肩に乗ったままでのご挨拶は失礼かもしれないから、降りよう」
「ぐにににに」
渋々の嫌々で本当に気が進まないと思っているのが、よく分かる。
それでも降りると、クリスティナとはうるちゃんの間で、床に足を踏ん張って胸を押しだす威張りん坊の姿勢をとる。
体の大きさを変えられるので、いつもよりふたまわり大きくした鶏大ぴぃちゃん。
可食部が大きくなってはうるちゃんが喜ぶだけでは……と思わなくもない。
誓って申し上げます。「鳥の浅知恵」なんて一瞬たりとも思いつきはしていないのです。