不安の先・2
馬車のなかから遠くに見える高い石塀とその奥にある館は、クリスティナの目には城に見えた。
尖った塔で吹く風に煽られる旗は赤。目を凝らすと黒色で四つ足の動物が描かれている。赤の家といえばルウェリン家、ではあの動物は狼か。
アルバ家から近かったアガラス家とルウェリン家はお隣さん(と言っても所有地は広いだろうからそれなりに離れている)と聞いた。
クリスティナが気がついたと察したらしいおじさんが、目を細める。
「行く先がわかったようだね」
「ルウェリンさんのお宅のひとつ」
きっと、はうるちゃん家よ、ぴぃちゃん。お返事は? と見れば、ぴぃちゃんは一点を見据えて固まっている。
「はうるちゃんとの仲は普通」と言っていたのに、クリスティナが間違えて覚えたかと思うようなどこか諦めたお顔だ。
「私はここで何をするの」
「それは分からない」
分からない?
「シンシア・マクギリスを連れてくるのが私の役目だ」
急に親しげな笑みを向けられて戸惑う。
「おじさんはルウェリン家の方じゃないの?」
「いや」
あっさりと否定されて、ますますわけが分からない。
「シンシア・マクギリスを見つけた者には報奨金が出る。絶対に本物じゃなくてもいいんだ。私に言わせれば、だが。考えてもごらん、本人だって自分が本物だと知らないかもしれないし、証があるとは限らない」
待って。なにから聞けばいいのだろう。クリスティナはひと呼吸おいて尋ねた。
「おじさんは、本物のシンシアお嬢様が生きていると思ってるの?」
「可能性は低いだろう。ハートリー軍が見逃すはずはないからね。発表しないのはこれ以上の悪評を避けたいためじゃないかな。そうでなければ、夢を見せるため」
「夢?」
思いがけない言葉を聞いて、つい繰り返す。
「そう、夢。幼いご令嬢シンシア様は逃げのびてどこかでひっそりと生きている。というマクギリス派にとっては願いのような夢」
からかいを含む響きが不快。相づちをうつのをやめたクリスティナに、明るく微笑みかける。
「うまくやれば、その人達の夢を壊さなくて済む。君がシンシア・マクギリスになりきって、うまく振るまえばね」
「私、殺されるのかと思った」
「いやいや、生きているシンシアにこそ価値がある。少なくとも私はそう考える。まあ子供は知らなくていいことだ」
知らなくていいって、私のことなのに。不満でも、言うだけムダだ。
話す間も馬車は走っている。塀の内側へ入ってからも結構な距離だ。
鬱蒼と茂る木に邪魔され全体を見渡すことはできないが、苔むした石造りの建物は威圧感がすごい。
馬車が止まった。




