アンディの家庭事情・1
――温かい。背中合わせの温もりはクリスだ。
おっかさんと三人で同じ寝台を使うなんてと思ったアンディに、不思議そうにしたのは山賊の子クリスだった。
「野郎もふたりで寝台使ってる。嫌なら床で寝るけど、床は靴で踏むからざらざらで虫もいる」
人数分の寝台なんてあるわけない。なんにも知らないのねと笑われたが、それは世間一般の常識じゃないと主張してもムダ。
居座って世話になっているのは自分なので、折れるのもこちらだ。
おっかさんの「男どもが酔っぱらって……」が現実味を帯びて、ぞっとしたのは言うまでもない。
空腹と疲れで倒れたところを、運んでくれたのは山賊だった。クリスが女の子だったことに本気で驚いたけれど、暮らしてみて分かった。
しゃがむと地面に着くスカートや、強い風ですぐに乱れる長い髪は山の生活に向かない。女の子はこうあるべきという考えを横に置けば、クリスの格好は理屈に合っている。
山の暮らしで思い知ったのは、自分のひ弱さ。クリスとおっかさんの言葉で言うなら「甘ちゃん」だ。認めたくないけど。
比べてクリスはたくましい。榛色の瞳は楽しい時には黄みが強くなって輝く。
別れ際には茶色味が濃くなって睫毛が震えていた。
――別れ際? 背中合わせにいるのに。
必死に考えるアンディの耳に部屋のドアが控えめに開く音がした。
それを機に目蓋が持ち上がった。
入ってきた人は、窓のカーテンの合わせ目に少し隙間を作り部屋に朝陽をいれると、寝台を見下ろした。
ぱちりと視線がぶつかる。
「起きていたの、アンドリュー」
柔らかく笑んだのは、母ミアだった。この人は昔より幸せそうに笑うようになった。どこか他人のように思ってから、首を大きくひねって背中にいる誰かを確かめる。
「やっぱりここにいたのね、シャーメイン。お部屋を抜け出して悪い子ね」
こちらに背中を向けて丸くなって眠っているのは、クリスではなく妹のシャーメインだった。
見慣れない部屋に、寝ぼけたのも無理はない。アンディは頭をはっきりさせようと意識的に瞬きを繰り返した。
アンディが物心つく頃には、離婚した母と二人暮らしだった。
いつからだったか暮らし向きが少しよくなり、時々男の人が訪れるようになった。
それがシャーメインの父親で、アンディの養父マイルスだ。
シャーメインが生まれても一緒に暮らすことはしなかった。母が「結婚するのよ。彼のお屋敷に引っ越しましょうね」と嬉しそうに告げたのはアンディが十才の時。
相手はもちろんシャーメインの父マイルスだ。意外だったのは義父となる男性が初婚だったこと。
今まで母と結婚しなかったのは、実兄に反対されていたため。
結婚したのは実兄一家が亡くなって、屋敷を引き継いだから。
義父の名前はマイルス・マクギリス。アンディの名前はアンドリュー・マクギリスとなった。




