別れの気配・3
「当時は五歳だったか。知っているといっても顔がわかる程度のことだな」
クリスティナは静かな部屋に似合う静かな声に聞き入った。
「数年経って顔も変わって、会ってもお互いに気付かずに通り過ぎるかもしれない」
シンシアお嬢様は可愛くなっているに決まっている。私はどうだろう、指で頬を押して考えるクリスティナ。表情を変えずに眺めるウォード。
「子供に聞いても意味のないことだった。忘れてくれ」
「わかった」
シンシアお嬢様に関しての質問をやめてくれるなら、私にも都合がいい。喜んで忘れることにする。
でもひとつ聞きたい。でもでも余計なことかもしれない。
クリスティナの迷いを見て取ったらしいウォードが「なんだ」とひと言問う。
ウォードはシンシアお嬢様に会ってどうしたいのか。聞いてお返事をもらっても、それが本当のことかどうかは分からない。
「なんでもない」
大人は上手にごまかすけれど、クリスティナは子供だから下手にごまかした。
「寝てるあいだに、行ってしまう?」
「そのほうがいいか?」
昨日と同じように暖炉の前に作った寝床でうつ伏せに寝るクリスティナ、ウォードは隣で天井を見上げている。
クリスティナはぶんぶんと頭を横に振った。
「俺は朝食が済んだら出る。昼過ぎには親が来るだろう」
なんでも知っているみたい。「みたい」じゃなくて知っているんだ、きっと。
「ウォードは私を見張っていたの?」
決死の覚悟で聞いたのに返ったのは「は」と気の抜けるような短い笑いだった。
見張られるような大物だと思ったのか、と言われた気がして急に恥ずかしくなる。
「お腹を枕にしていい?」
「するな」
クリスティナが恥ずかし紛れに聞くと、すぐさま断られた。
「アンディはさせてくれた」
「だからアンディは誰だ」
ため息をつきつつ、ウォードの腕がクリスティナへと伸びる。なんだろう、どうしたんだろう。
「ふん?」
「腕なら枕にしていい、ほら」
腕を枕にしたことはない。痺れるんじゃないかと思う。
「悪いからいい」
遠慮をしたのに、クリスティナの頭を「もう寝ろ」と抱える。目を塞がれたようになり、優しく温かな闇に包まれる。
「なにも心配しないで、寝ろ」
寝たら朝が来てしまうからおやすみは言いたくない。なのにウォードが寝せようとして。
「おやすみ、また明日」
優しく囁くから――寝てしまった。




