マクギリス伯令嬢シンシアについて
クリスティナがシンシアお嬢様について話せることはあまりない。
みんなが知りたいこと「どこにいるのか誰といるのか」は、もちろん知らない知るわけがない。
きっと生きていると信じているエイベル様だって、名前を変えて人にまぎれて暮らしているはず。
母さんとシンシアお嬢様がこっそりエイベル様と合流して家族みたいに暮らしているといいな、と思っているだけだ。
クリスティナが返事に困る間、ウォードは急かすことなく待っている。
傷に目がいくせいで印象の薄い瞳は灰色、見事なブルーのアンディとは対照的に思える。
アンディといえば、無事に帰り道を行っているだろうか。
「早く『シンシアなんて知らない』と言ったほうがいいんじゃないか」
ひとり言のようにウォードが誘う。
空になったお皿があるだけの食卓に置かれた形の良い爪をした手は、クリスティナにとって見慣れたものになった。
「言えない。知っているから」
注がれる視線を感じてうつむく。今度はウォードが考えるような間をおいた。
難しいことを聞かれたら。質問に応えるのに失敗して、シンシアお嬢様と私が一緒に育ったようなものだと、知られてしまったら。
シンシアお嬢様を見つけ出す手伝いを頼まれるかもしれない。
伯爵様とエイベル様が亡くなったとされている今、シンシアお嬢様が跡取りに一番近い。
伯爵様の弟様が跡を継いだとしても、シンシアお嬢様が名乗り出て異議を申し立て認められれば、位を譲ることとなる。
それはオヤジとジェシカ母さんのおしゃべりから知ったこと。
『シンシア様が望んでくれれば、やりようはいくらでもあるんだが』
『お嬢様が親の仇討ちをしたがってると勝手に決めつけるのは、やめなよ。やりたいのはあんた達だろ。女は恨みを抱えて石にかじりつくより、前を向いて生きたいもんなんだよ』
『あれだけのことをされたんだ、忘れて生きてくなんざ出来っこない。マクギリスの跡取りなら絶対に、な』
『絶対は、ないよ』
『いいや絶対だ、俺らが力になると伝えれば。居場所さえわかりゃ、すぐにでも動けるのに』
『馬鹿お言いでないよ、シンシア様はまだクリスより小さい。大人の勝手を押しつけるのは、私は反対だね』
子供が静かにしていれば、話を聞いていないと思うのが大人。クリスティナはしっかりと聞いていた。
そして大体のことは間違えずに覚えたと思う。
「みなさん、こんちには。シンシアです」とお嬢様が出てきたら、砦を取り返そう運動がおこって争いになる。そういうことだ。




