あなたにあげたい・2
マクギリス家当主と嫡男の亡きあと、伯爵位は空いたままであると、ウォードは思い出した。
この国の王家はギリギリの均衡を保ち頂点に立っているだけで、強権で支配しているとはお世辞にも言えない。
マクギリスとハートリーが領地を奪い合っても、長年の紛争地しかも辺境とあれば、見ぬふりをする。賢いやり方だ。
当然、王家から先に伯爵位について口出しすることはない。
マクギリス伯には弟がいる。爵位は持たず所有している土地から得る収入は、辛うじて生活が成り立つ程度と聞く。
いずれはその弟がマクギリス伯となるだろうが、爵位を継ぐという話は今のところ聞こえてこない。
『今、跡を継いでは弔い合戦は避けて通れない。次期マクギリス伯はたいそうな穏健派とみえる』
ウォードの父は「とんだ腰抜けだ」と鼻で笑う。
ウィストン伯も人物像を知っているのか、報復されることへの警戒は薄かった。
クリスティナは、城塞に娘を置きざりにした母親の仕事について、子守りだと言っていたか。
城塞では多数の者が働く。クリスティナの母親が伯爵家に仕えていたとは限らない。
「城塞で子守りとして働いていた女」について調べるようブレアに命じようか。
なにか掴めるとしても時間を要するだろうが、重要性は極めて低い。急がなくていい。
思索にふけってしまっていたらしい。気がつくとクリスティナがじっと見ていた。
「すまない、なんだったか」
「ぴぃちゃんは何色でしょうか」
問題を出し返事を待っていた。カラスは黒と決まっている。
「黒」
「残念、答えは白でした」
言い切るクリスティナの自信はどこから来るのか。
「それで羽の先は薄桃色なの」
「見たことのない鳥だ」
「でも、そうなの」
白にピンクは、クリスティナに似合いの色に思える。ふと気が向いた。
「ならば山猫は何色だ?」
灰色と暗灰色と当たりをつけて尋ねた。
「金色と茶色のシマシマがカッコいいと思う」
視線をなぜか暖炉の前に定め、そちらに笑いかけるのが不思議だが、理由を問うほどのことでもない。
「夜はなにを食べるの?」
「茹でた芋に腸詰めをのせた上からチーズをかけて焼く。どうだ?」
野営でもよく食されるものだ。調理具を据えられる形の暖炉だから、より簡単にできる。
「すっごくいいと思う」
手を打ち合わせてすぐに眉を下げる。クリスティナの眉と眉間は忙しい。
「でも、もらってばっかり。私もなにかあげたい」
「また、読んで聞かせてくれ」
「そんなことでいいなら、いくらでも」
クリスティナの手はあの頃より大きくなったものの、ウォードに比べれば断然小さく頼りない。
人の嫌な面をこれでもかと見、感情が麻痺していたあの日。唯一の慰めは幼女を救えたかもしれないことだった。
もう充分に先にもらっている。
そしてそれはクリスティナには関係のないウォードひとりの感傷だった。




