甘い幸せ
食べてしまったのは「うかつ」で「軽はずみ」だったかもしれないけれど、唇を白くてとろりとしたお砂糖でちょんちょんとされては、無視するなんてできない。たぶん誰だって。
自分に言い訳をするついでに「ぴぃちゃんもそう思うよね」と、同意を求める。
ウォードをこのお家に連れて来ようと思った時、ぴぃちゃんにはこっそり「どう思う?」と聞いたのだ。
「ダメです、ダメダメ」のダンスを踊らなかったので「いいと思います」なのだとして、一緒に帰ってきた。
結果、大正解。アンディをお家に返してあげたことを後悔して「やっぱり帰ってきて」と願わなくて済んだのは、ウォードがいるおかげで夜が怖くないから。
そして柔らかな甘さを知って、今までの私とは変わってしまった。
基準はジェシカ母さんだったのに今朝与えられた幸せにより贅沢を覚えた舌は、もう戻れない。
お口のなかが甘いから吐息もまだ甘いような気がする。
クリスティナは吐いた息を急いで吸ってみた。
ぴぃちゃんがクリスティナを見、別方向を向く。視線の先を探すと、ウォードがじっと見ていた。
「まだ食い足りないのか」
さすがにそれはない。甘いパンを食べきったあと、ミルクジャムとベリージャムが端まで塗られたロールパンを食べた。
「ミルクをこれだけ甘くするにはどれだけ砂糖が入るのか。ほぼ砂糖を食べているようなものだ」
「だから?」
何だというのだろう、お砂糖ばかりを食べるなんて最高なのに。
言いかけた口を一旦閉じたウォードが言ったのは。
「……俺のぶんもやる」
「いいの? なくなっちゃうよ」
「俺は他のものがある。これはお前が食え」
ウォードは「いい人」ではなく「とてもいい人」だった。
クリスティナのお口は、甘さに満たされている。
「ほんとうに幸せ」
「これがか?」
ウォードがパンを人差し指で押す。潰れちゃうからやめて、とクリスティナは慌てて救い出し両手で大切に持った。
「これが幸せじゃなかったら、なにがしあわせなの?」
教えて欲しい。
ウォードが両手をトンと食卓に乗せて、窓の外を見やる。時々止む雨は、今は音を立てている。
「雨で外に出られず、俺とふたりで、そう楽しいこともないと思うが」
なにを言う。クリスティナの意見は違う。
「雨だからお外に出られなくて、ウォードが今日も泊まってくれる。おいしいものが、ここにある」
ジェシカ母さんがいないのは寂しいけれど、母さんは絶対に迎えに来てくれる。
心細くないのはウォードのおかげだ。
「『生きててよかった』か?」
最高においしいものを食べたとしても、「生きててよかった」までは大げさかもしれない。
でも違わない。クリスティナは素直に頷いた。