甘い誘惑
そろそろ起きないと。一番最初にジェシカ母さんが起きる。次にアンディが寝床を出るときにクリスティナも目が覚めて「おはよう」を言ってから、もう一度寝る。
その後母さんが「朝だよ、起きな」と呼んでくれる。それが普通の朝だ。
今朝、隣に寝ていたのはアンディより大きな男の人でクリスティナは混乱した。
自分の腕を枕がわりにして目を閉じた顔には、まっすぐに入った傷がある。
綺麗な傷だと言ってはおかしいけれど、整ったお顔の邪魔はしていない。
心ゆくまで眺めて、ウォードだと思い出した。
そしてここは自分のお家。ジェシカ母さんが迎えに来るまで帰ってきてはだめだと言われていたけれど、雨で他に行くところがなかったのだから、叱られたくないと思う。
ウォードを秘密の木のお家には連れて行けないし。
寝転んだまま、雨の音を聞く。急ぐ用事がなければ、こんな日に外に出ようとは思わない。きっとウォードは今日もいてくれる。
安心したら少しお腹が空いてきた。ここは私のお家だから、私が朝食べるものを何か用意しなくちゃ。
ぐっと伸びをしたクリスティナの手に引っかかるものがあった。赤い紐。自分で結んだくせに忘れていた。
目で辿るとウォードが枕にしている腕に伸びている。引っ張ったから起こしてしまったかもしれないと、息を詰めて寝顔を見つめると。
「まだ寝ていよう」
ぼそりと声がして、クリスティナのお腹に手が乗った。ウォードの枕にしていないほうの手だ。
「こんな雨だ、誰も来ない」
そう言って、クリスティナのお腹を手のひらでぽん、ぽんと優しく叩く。
「……やめて。また眠くなっちゃう」
「寝ればいい」
やめてと言ったのに、ウォードは取り合ってくれない。クリスティナの抵抗も虚しく、瞼は重くなり……おりてしまった。
「どこから持ってきたの?」
次にクリスティナが目覚めた時には、食卓に食べ物がいくつも並んでいた。
「天気を見に外へ出たら届いていた」
ウォードはなんでもない口ぶりだけれど。
「そんなものを食べて大丈夫なの?」
昨日言っていたことと違う。大人特に男の人は、勝手な都合で言うことが変わるとクリスティナは知っている。
「食わないのか? 」
ウォードが二本の指で見せつけるのは、白いお砂糖がとろりとかかったお菓子みたいなパン。黄色みが強いのできっと卵とバターをたくさん使ったおいしいおいしいパンに違いない。
クリスティナはぐっと拳を握って横を向いた。
「甘いものでお腹をいっぱいにするのは、よくないと思う」
見ていたら顔をつきだして噛りついてしまいそう。
「素直になれ」
唇にぬらりとした感触。つい舌を出して舐めたら、もう我慢できなかった。
大きなお口でかぶりつく。
ひと口、ふた口。
クリスティナはこれまでにないくらい美味しいパンを無我夢中で食べきった。