若様ウォードと副官ブレア・1
少しすかしていた扉から、男が滑り込んだ。
「来たか」
ウォードは戸口脇に置かれた木製のベンチに腰掛けたまま、顔だけを向けた。
着ていた雨よけの外套を外で脱いだらしく、訪問者の隊服は濡れていない。
もちろんそれが誰であるか、ウォードは分かっている。
「若様、紋の入った剣をお使いくださいませんと」
苦情から始めたのは、ハートリー団の副団長ブレア。今回は山狩り支援部隊の副隊長として同行している。
父より年長で、他に人のいない時にはウォードを「若様」と呼ぶ。
軍人にしては珍しい丁寧な物腰は、家政を仕切る家系の出であることが理由だ。
「消耗品に個人紋など入れてどうする」
鼻であしらうと、呆れ顔をされた。無言でも「消耗するほど使うことなど、あなたに限って言えば、ない」と聞こえてくるくらいの付き合いだ。
「ですが、戸口にあるのが若様の剣だと確信が持てましたら、もっと早く伺えました」
ウォードがこの山賊の家に入る時戸口に剣を立て掛けたのは、屋内にいるのがハートリーの団員であり敵意はないと示すためだ。
置いておけば、無用なトラブルが避けられる。
父にならい個人の紋を刻んだ剣を携帯するようブレアには常々言われているが、ウォードは汎用品をそのまま使用している。
頭にあるのは、マクギリス伯と子息のこと。ふたりとも一般兵と同等の装備をしていたことにより、身元の確定に時間を要した。
城塞から逃げる者の為の時間稼ぎか、家紋入りの品は武功を上げた団員にでも先に下賜していたか。
今となっては理由を知る由もないがウォードの心に響き、以来汎用品を携帯している。
「それはそうと。何からお話しいたしましょうか。ご用はございますか」
聞き入れる気がないと理解したらしいブレアが話を変えた。
「『山狩り』はまだ続けるのか、この天候で」
到着してみれば、実情の違った山狩り。
「話し合いは大詰めで、一日二日でまとまるかと。罪に問わない代わりに彼らがこの山を離れることで決着がつくようです」
「通行人から巻き上げた金で道普請をするのを黙認しておいて、整備が済んだところで追い出し、治安維持部隊の手柄とする。うまい遣り口だ」
ウォードの口調に皮肉が混じる。
「山賊を名乗る一団にとっても城塞へ続く路は要ですから。お互いに好都合だったのでしょう」
「やはり、そうか」
「はい」
道は街の繁栄に欠かせないが、城を急襲するにも重要である。
ブレアとの短いやり取りで、クリスティナの養い親がマクギリス派――それも熱心な――と、知った。