山賊の娘とお墓参りの人ウォード・1
ポツッ。頭にあたるものがある。クリスティナが空を見上げると雲の色が濃くなっていた。これは降る。
「ひと雨来るな」
クリスティナの思っていたことを、お墓参りの人が口にする。
どうしようか。ここからなら、木の上のお家より狼煙台のある家のほうが近い。でもあの家は山賊の家だと知られてしまっている。見張られているかもしれない家に帰っていいかどうか、迷うところだ。
そんなクリスティナを無言で眺めているのは、お墓参りの人。他に近い家はない、濡れてはお気の毒だと思えば、狼煙台の家にご案内するしかなかった。
「お墓参りの人」
「――ウォードだ」
呼びかけたクリスティナに、名前を教えてくれる。
「ウォードさん。この近くにあるお家に行けば、濡れない思います」
「『さん』はいらない。この近くの家?」
「私のおうちじゃないけど。誰かいるかもしれないし、いないかもしれない」
山賊の子であるとは黙っていたい。ジェシカ母さんか誰か戻っていればうまくやってくれるし、誰もいなければ「あると知っているけれども入ったことはないおうち、で雨宿りをさせてもらう」にすればいい。
クリスティナは我ながらよい考えだと満足した。
ウォードが黙っているのは、遠慮からだろう。
伯爵様に祈りを捧げてくれた方に、自分のできることをして差し上げたい。
お顔にケガをしているのはあの戦いのせい。ケガを負った男達は少なくない、ウォードもそのうちのひとり。
いくら男前でもお顔に傷があっては、仕事探しも大変に決まっている。クリスティナは心から同情した。
心を痛めているのが伝わったらしい。ウォードが「濡れては冷えるな」と呟く。
「行こう、じゃなくて、行きましょう」
本降りになる前に。クリスティナは先に立って歩き出した。
「近いと言うが、結構な距離がある」
ウォードが言うから、クリスティナは走ることにした。
「走ったら近くなる」
「……多少早くはなるかもしれないが、距離は変わらない」
よく分からない。クリスティナが聞こえない顔をすると、それ以上は言われなかった。
誰にも止められず無事に狼煙台の家まで着けた。
外からは無人のように見える。抵抗なく開いた扉から、薄暗い部屋に向けて呼びかける。
「誰かいませんか、お邪魔します。私の名前はクリスです」
さあこれで、他人様のお家だと思ってくれたはず。静まりかえった室内からは応答がない。お留守だ。
「どうぞ、散らかってますけど」
なぜかウォードがため息をついた。