あの日の幼女
この男児には、どこか見覚えが。しかしウォードの記憶にあるのは女児。
無言で立ち止まるウォードを不思議に思ったのか、男児はそろそろと目だけを動かしてこちらを窺う。
見つめるウォードと、ばちっと音がするくらいに視線がぶつかった。
顔もおぼろげになっていたけれど、やはり。
「ひとりなのか、迷子か? 名は?」
心もち緊張した顔つきで。
「今はひとりだけど、迷子じゃない。名前はクリスもうすぐ八歳」
聞かなくても歳を教えてくる。ウォードが思う子供の名はクリスティナで、よく似ている。
兄弟でなければ……
「女の子か?」
クリスと名乗った子供は、ためらいなく頷いた。
短髪にして男児の服を着ている理由は分からないが、あの階段で座り込んでいた幼女だった。
よく見れば、くっきりとした目と花弁のような唇もそのままに、少し成長している。
生きていたか。胸の内で湧き起こる感情を顔に出さないよう努めるウォードに、クリスティナがもの言いたげにする。
「これか?」
ウォードは自身の額を指で示した。左の額から頬にかけて縦に入る一筋の傷。傷跡は年々薄くなっているものの、初めて会う人には必ずぎょっとされる。
「痛い?」
なぜか痛そうな顔をして聞いてくるのが可笑しい。
「いや、古傷だ。痛みはしない」
持ち場を離れたことを父に責められ、ついた傷だった。
後になれば、上官命令なるものを軽く考えていたようにも、どこかに父に対する反抗心があったかもしれないとも思えた。
幼女を救いたい一心とは違う。だから、この傷の原因がクリスティナだということは、断じてない。
「でも、痛そう。かわいそう」
子供らしい手が自分の額から頬を、ウォードの傷の形になぞる。
あの日「五歳」と開いた時より長くなった指のほっそりとした感じはそのままだ。
これまで、どこで過ごしていたのか。世話をしてもらい幸せだったか。疑問は尽きない。
この子に会うと俺は尋ねてばかりだ、とウォードは自嘲した。
「俺のことはいい。自分はここで何をしていた」
「じぶん?」
「自分」の意味が伝わらなかったらしい。「ご令嬢」とも「君」とも「お前」とも呼びにくいと選んだ「自分」だったが、伝わらないのなら諦めて呼ぶしかない。
「クリスのことだ」
クリスティナは納得顔をしてから墓碑へと視線を移す。
「歩いていたら、ここへ出たの」
雲の切れ間から差した日を横顔に受けて、歳に似合わぬ翳りが浮かんだ。