美猫とぴぃちゃんとクリス
こんな艶々で大きな猫がこの山にいたなんて、クリスティナはまったく知らずに暮らしていた。
お話に聞く山の主というものかもしれない。それならきちんとしたご挨拶が必要だと思われる。
「……主様? 私はクリスもうすぐ八歳です」
美猫は表情を変えない。ぴぃちゃんと見つめ合っているような気がする。
「おとなりは、ぴぃちゃん。お歳は……まだ小さい」
たぶん。頭を振ったぴぃちゃんに、美猫が応じた……ような気がする。
しなやかな身のこなしで体の向きを変えると、クリスティナを振り返り顎を上げる。
『では、私はこれで。さようなら』だろうと、クリスティナは手のひらを向けて横に振った。
美猫の視線はクリスティナではなくぴぃちゃんに。
小さなぴぃちゃんはすいっと肩を離れて美猫の背中へ飛んでゆき、乗る直前にいつもの大きさへと戻った。
重くなるから失礼じゃないかと心配になるのに、平気な様子で薄桃色の羽先を使いクリスティナに『おいでおいで』とする。
「そうなの?」
ぴぃちゃんが行ってしまうなら、ついていくに決まっている。クリスティナは美猫のしっぽに触りたい気持ちを我慢しながら、後ろを歩いた。
どこに向かっているのか分からない。道を外れて木々の間をどれくらい歩いたか。ひらけた場所に出た。
草地ではあるが、人のよく通る所は草が潰れて道のように筋がついている。
立ち止まった美猫の背中から飛び降りたぴぃちゃんが跳ねて進む後をついて行くと、クリスティナの背丈と同じくらいの石碑があった。
なにか、彫ってある。字ではなく絵。近づいて見るとそれは鳥、たぶんカラスのシルエットだった。
ああ、気がつくのが遅かったくらい。脇にある花に先に気づくべきだった。
花束は見慣れたもの。花の少ない季節なのでかわりに黄色や赤の葉のついた小枝を多く用いたそれは、クリスティナが作ったマクギリス家への供花。
この石碑は墓碑。眠っているのは伯爵様。
クリスティナは誰に教えられたわけでもないのに両膝を土につき、頭を垂れた。




