美しい獣
アンディが行ってしまった。これから暗くなるのにひとり、怖くて寝られないかもしれない。
眠らない子に朝は来ない。ずっと夜だったらどうしようと考えるだけで泣きそうになる。
弱々のアンディでもいてくれるだけで心強かったのに、やっぱりいてもらえばよかった。今やクリスティナの心は後悔でいっぱい。
でも、いいことをした。見えなくなるまで元気にお見送りした私はとても頑張った。この調子で怖い夜ものりきれる――はず。
少し前を歩くぴぃちゃんだけを見て歩くクリスティナの足どりは重く、遅い。
来た時と違う方向へ向かっているのは、別の木のおうちへ行くためだ。ありったけの食料をアンディに渡したので、元いた木のおうちにはビスケットの欠片もない。
お腹が空いて心細くて、ぴぃちゃんと私だけ。
「ねぇ、ぴぃちゃん。昔みたいね」
五歳だった頃を思い出さないかとクリスティナが問いかけた時、冷たい風が吹き付けた。
枯れ葉を舞い上げるような強風に煽られたぴぃちゃんが顔にぶつかりそうになる。クリスティナは思わずのけぞった。
あ、大丈夫ですよ。という感じにぴぃちゃんが縮む。そのまま小さいカラスになるとクリスティナの肩にとまった。
肩に乗るのは珍しく、覚えている限り初めてのことだ。
どうしたのだろうと横を向くと、そこに犬がいた。
音もなく現れたのか、元々いた場所にクリスティナのほうこそが近づいてしまったのか。
野犬は危険だと教えられて育ったのに緊急事態発生で、「ひいぃ」とこの上なく情けない声が出た。
犬は群れで暮らすもの。他にもいてすでに囲まれているかもしれない。
こんな時こそぴぃちゃんのすごい力を発揮してほしかった……瞬時に恨めしい気持ちになる。
「犬も怖い……」
視線を外すこともできずにいるクリスティナを探るように見つめていた犬が、半目になった。
近すぎて顔は見えないぴぃちゃんからも、なんとも言えない雰囲気が伝わる。一羽と一匹が通じているような気配を不思議に感じるうちに、はっと気がついた。
「あ、猫。猫だった」
ちょっと間違えてしまったのが恥ずかしくて、手のひらを猫に向けてごめんなさいをする。
犬と見間違えたのは、猫だった。
今まで見た猫より断然大きく、犬より大きいかもしれないから仕方がないと言い訳しつつよく見れば、どこをとっても猫だった。
金色と茶色の縞模様がこの上なく美しい高貴な猫は、外見に似合う鷹揚さで「許す」と目を細めた……と、クリスティナは都合よく思うことにした。