クリスティナの決断・4
アンディの背負い袋に詰められるだけの食料を移した。
耳を引っ張ったことが刺激になって目が覚め「僕ひとりでは行けない」と言い出した。
「アンディまでお尋ね者になることはない。いつ追われるかと心配しながら暮らすより、気の合わないお父さんと暮らすほうが少しマシの気がする。好きな人を息子のアンディに拒否されたら、お母さんはどうしていいかわからなくて困ってしまう」
クリスティナの考えを言い募ると、アンディの頬に赤みがさした。でも「うん」の代わりに出たのは「クリスも一緒に行こう」だった。
「無理無理無理」と足元でぴぃちゃんが暴れる。
こんな粗末な筏に二人も乗ったら沈んでしまうことくらい、クリスティナにもわかる。端のほうはヌルヌルしていて、足を滑らせそうだ。心配しないで、ぴぃちゃん。
「アンディのおうちは私のおうちじゃないもの。私は私のお家に帰るからアンディはアンディのお家に帰りな」
ジェシカ母さんの言い方になった。
ぴぃちゃんが耳を澄ませる動きをする。人が近くにいるのかもしれない。
「聞き分けてよ、アンディ。年上なんだから」
「クリス」
「私はずっと山賊でいるから、アンディは立派な大人になって。もし山賊を捕まえる側の人になったら、裏からこっそりと決行日を教えてくれると嬉しい」
筏を杭に繋いでいた綱を外そうとするのに、固くてうまくいかない。ぴぃちゃん手を貸して……と思ったけど、手は羽だった。私よりダメだ、これ。
困っているとアンディが「代わって、僕がやる」と、手を出しながらぽつりぽつりと話す。
「捕まえる側にはならない。クリスが困った時に逃げる場所を提供できるような大人になるよ」
ロープは解けた。
これで、杭を持つ両手をアンディが離せば筏は動き出す。
こんな霧の流れる鬱蒼とした森ではなく明るい陽の下でこそアンディの深い青色の目は美しい。
人にはすべきこと居るべき場所があるってオヤジが酔って語ってた。
「クリスは大丈夫なの?」
「アンディみたいに甘ちゃんじゃないから」
にひっと笑って見せると、久しぶりのアンディの笑顔が返った。
「ここに来るまで『甘ちゃん』と言われたことはなかったし、来ても『甘ちゃんじゃない』って思ってた。でもここ数日のクリスを見てたら、僕は甘ちゃんだ」
クリスティナはアンディの小指を杭から解いた。すぐに薬指、そうして十本を順に剥がしていく。
「お金に気をつけてね、騙されないで。お母さんには優しくしてね、新しいお父さんのいいところを見つけてうまくやろうよ」
思いつくことをそのまま口に出すクリスティナ。地面に膝をついて「よいしょ」と力一杯押すと、筏はきしみながら岸を離れた。
「立つと危ない」
筏の真ん中で立とうとするアンディを止める。
みるみるうちに筏は遠のいていく。聞こえないだろうと思うところで、クリスティナは最後の助言をした。
「戻ってきちゃだめだからね、アンディ」