クリスティナの決断・1
木の上で二回目の朝が来た。厚い毛織物を巻きつけていても、寒い。
クリスティナの心配はなによりアンディだ。
「ねえ、クリス。あれから狼煙は上がらないよね。山狩りはなにかの間違いだったんじゃないかな」
この二日誰も来ないし、大きな物音もしない。クリスティナとアンディはふたりきりで、ひそひそと話すだけ。
青ざめた顔のアンディにクリスティナは説明する。
狼煙なんて何度もあげるものじゃない、ジェシカ母さんもすぐにどこかへ隠れたはずだ、と。
アンディの「山狩りは間違い」発言は、両手の数では足りないくらい聞いた。そのほとんどが今日の午後になってからで、言う間隔が短くなってきている。
山狩りが間違いなんて。
「そんなはずない。だったら、すぐに誰か呼びに来るもの」
クリスティナの返事も毎回同じ。答えながらアンディの表情を観察する。目の上は窪んで、下まつ毛が頬に影を落とすあたりが青黒く見える。
なんとなく見覚えがある。お城に敵が攻めてきて外に出られなくなった時のみんなの顔だ。
あの時と比べれば今のほうが断然いい。でもそれをアンディに分かれというのは無理なお話。
「木の上のおうちは、たくさんあるんだよね。おっかさんは僕達がこの木にいると知らないわけだし、探すのに手間取ってるんじゃないかな」
そうであって欲しいという気持ちが伝わる。聞いているクリスティナも「そうかもしれない」と心が動く。そうだといいなと思っているから「そうだね」と同意したくなる。
ぴぃちゃんがいいと言えば降りちゃおうか。横目で問いかけると、かわいい瞳はこちらを見ていて「ダメです、ダメダメ」のダンスをする。
本当にそれが踊りかどうかは別として、地面への降り口に陣取って通せんぼしているから「絶対にダメ」なのは分かる。
空を飛んで地を見おろせるぴぃちゃんの意見を尊重するのは、クリスティナにとって当たり前だ。問題はそれをアンディに言えないことだった。
「寒い……帰りたい」
アンディが呟き目を閉じた。膝を抱えて座る腕に顔を伏せると、それきり押し黙る。
クリスティナはどうしていいのか困ってしまって、口をつぐんだ。
アンディが帰りたいのは、どこへだろう。
狼煙台のある家は、山賊の家だと知られてしまったから、たぶん戻れない。
クリスティナの小さい頃住んでいたお城も、もう行くことのないお家になった。
『まさか山賊だったなんて。道を踏み外してしまった』
クリスティナの耳にアンディの声がよみがえる。これを聞いたのは仲間になってすぐの頃だった。




