お別れ前夜
「ウォードは、シンシアお嬢様に会ってどうしたかったの?」
レイが戻るのにどれくらいかかるか分からないので、待たずに夕食はウォードとふたりで食べることになった。
クリスティナがもぐもぐしていると、ウォードがじっと見ていることに気がついた。
全部飲み込んでお口の中を空にしてから、理由を尋ねる。
「なに、ウォード」
メイジーお母さんに会って反省したのは、昔よりお行儀がおろそかになっていること。
ジェシカ母さんは子供は元気ならいいと考える人で、お行儀には無頓着だった。
その後アルバさんのお宅でしつけ直されて、ルウェリン家へ。ルウェリン家でも色々教えてもらった。
けれど、フレイヤお姉さんがお行儀をうるさく言わないので、またのびのびしてしまって今だ。どうやら自分は怖いくらい言う人がいないとだめらしい。
「クリスティナの食う姿を見ると安心する理由を考えていた」
ものすごくくだらない。
クリスティナの口角が下がるのとは逆にウォードは上げたから、からかわれたのだ、きっと。
「それはいいから。シンシアお嬢様を探していたんでしょ。なのにたいして話さずにレイに任せちゃって、よかったの?」
質問をできるだけ具体的にしてみた。
小さなテーブルを挟んで向かいに座るウォードが、ゆるゆると葡萄酒を口にする。
「シンシア嬢を探していたのは、俺ではなく父だ。マクギリス家の生き残りとして担ぎ上げられることを危惧していた。危惧、分かるか?」
それくらい分かる。クリスティナは当然の顔をしたけれど、本当は分からない。
フレイヤお姉さんに会った時にでも聞こうと思う。
「ウォードのお父さんに告げ口する?」
シンシアお嬢様はメイジーお母さんを頼りにしていた。ふたりが穏やかに暮らしているのなら、クリスティナはその暮らしを守りたい。
と言っても子供の自分にできることなどないだろうと思うと、胃のあたりがきゅっとなる。
「いや。他から父の耳に入ったものを否定することまではしないが、今回のことは他言しない」
「それはアガラス様にご迷惑がかかるから?」
「俺は揉め事を好まない」
ウォードはそうだと認めたうえで添えた。
「レイ・マードック様のお考えまでは分かりかねる」
ウォードはルウェリン城へは行かずに城砦へ戻る。明日お別れだ。
クリスティナは座り直して背筋を伸ばした。
「ウォード、お母さんがひどいことを言ってごめんなさい」
もう一度謝っておきたかった。
「クリスティナが謝る必要はない。親マクギリス派にすればハートリーは侵略者だ」
淡々とした口ぶりが、クリスティナにはなぜか切なく感じられる。だから元気に話を変えた。
「ねえ、ウォード。ジェシカ母さんが宿屋を始める予定なの。そしたら私も一緒に頑張るから、開業初日に泊まりにきて。ずっとずっと泊まっていっぱいお金落として」
「いきなり、なんだ」
「だって言いたくなったんだもん」
うふんと笑ったクリスティナに、ウォードが呆れ笑いを返す。
「最初はお部屋が埋まらなくてがらがらだと思うの。だからウォード助けて」
「『助ける』の意味が違う」
どこに開業すると知らせなくても、ジェシカ母さんに時々つく見張りから報告が行くはず。
住所を知らないなんて言い訳は通用しないんだからね。
クリスティナのにんまり笑いが不気味だったらしい。
ウォードの笑い混じりの「俺で稼ぐな」は、とても小声だった。




