聖王よりの誘い
クリスティナをウォードに任せて、レイは劇団の馬車を借りるために広場へと戻った。
路地でうずくまっていたメイジーは、穏やかな女性だった。
落城寸前に娘ではなく仕える令嬢だけ連れ出したことから、意志強固で職務に忠実な女傑を想像したが、正反対と言っていい。
頼りなさげなメイジーとは、活発なクリスティナより育ての娘シンシアのほうが似て感じるくらいだ。
実の娘と思いがけない再会を果たし、あまりの喜びにへたり込んでしまったのか。
こちらまで感動の伝わる良い再会だったと思い返しつつ箱馬車まで行くと、威風堂々とした狼が隣にいた。
人が注目することがなく馬が平然としていることからも、ルウェリン家の守護様であることは明確。
毛の先が黒光りしているせいで銀色に光を反射して見える。
足を止め深く一礼するレイを見つめて、狼が「クリスティナは」と問う。
「ハートリーのご嫡男と街歩きに出掛けました」
「母親と令嬢は」
「これから私が屋敷まで送ります」
メイジーは体力を消耗した様子だったので、シンシアと共に舞台前の観客席で休憩してもらっている。
「どんな女だった、クリスティナの母は」
レイはふたりを少し待たせて守護様と話すことにした。
「控えめな印象を持ちました。クリスと再会した驚きのあまり、腰が抜けてしまったようで、こんなことなら事前に申し入れをして面会をすべきだったと自省しております」
聞き終えた狼が鼻を鳴らす。
「見る目がねえのは、こりゃもう血筋だな」
「はい?」
「いや、いい。断絶せずに家が続いてるんだ、決定的な欠陥ってこともないんだろ、見る目のなさは」
意味不明ながらもレイが神妙にしていると、狼はすんと鼻を鳴らした。
「ダーがやらかしたせいで話が聞けなくなったと知って、聖王が自らお話しくださるそうだ」
「何をですか」
聖王に対して嫌味を感じさせる敬語。
「直接聞け。聖王の気が変わんねえうちに来い」
何をという問いに答えず、言いたいことだけを告げ、狼は音もなく姿を消した。
「守護様――」
聖王がどこで話を聞かせてくれるのか、肝心なことを聞きそびれた。
守護様は「行け」ではなく「来い」と言った。来いと言うなら、まさか。
「うちか。うちなのか?」
思わず口から出た。聖王が実家にいるなどということが、あるのか。
混乱のままにレイは立ち尽くしていた。




