会わなければよかった
シンシアとメイジーは、アガラス屋敷までレイが送ることになった。
まだぼんやりとしているメイジーをシンシアに任せるのは不安だったためだ。
アマリアと話すうちに徐々にメイジーは人心地ついた気配になっていった。
クリスティナが言うには守護様が心を壊したそうだが、自分を失うようなものではなかったようだ。
そして、小瓶を渡すよう再度求めるとクリスティナは案外あっさりと手放した。
毒と分かって持つのが怖くなったのかもしれないと推察する。
今はウォードの手を引いてずんずんと歩いている。どこへ行くのか聞かないまま歩いて、ずいぶん経つ。
ウォードの普段の速度はクリスティナの早足だろう、息が荒くなってきたところで頃合いだと小さな背中に声を掛けた。
「クリスティナ、目的地があるなら教えてくれ。ないなら一旦止まってくれないか」
無言ではあったが速度がゆるみ足が止まった。
ウォードの睨んだ通り、やはりやみくもに歩いていただけだった。
「歩くのはいいが、進んだ分戻らなくてはならないと理解しているか」
クリスティナが小難しい顔をした。
「考えてなかった」
正直でいい。劇団の責任者に融通してもらった宿からは、かなり遠ざかった。これ以上は避けたい。
「母との再会がショックだったか」
違う、と首を横に振る。
「会うのは夜だと思ってたから少しびっくりしたけど、それはまあ」
では?
手を繋いで立ち止まったままで、話の続きを待つ。
「これまでずっと『どうかご無事でいてください』ってお祈りしてたの私。シンシアお嬢様とお母さんが生きてるって知った時は『よかった。ありがとうございます』って思ったの」
本当よ、と小声で付け加える。わざわざ言わなくても疑いの余地はない。
「……言うと私が嫌な子に聞こえるから、やめておく」
小難しい顔を難しい顔へと進化させるクリスティナを目にして笑ってしまったウォードは悪くないと言い張りたい。
「そこまで言ったなら、聞かせてくれ」
「また笑った」と咎められて「バカにしてるんじゃない、可愛いと思ったんだ」と答えるウォードに、クリスティナが驚いた。ついでに毒気も抜けたらしい。そんな顔をする。
「話さないほうがよかったって思っちゃったの。遠くから見るだけにしておけばよかったって」
「そうか」
「お母さんにはびっくりさせられたけど、熱心なマクギリス派だから過激なのはそうかなと思うの」
毒の小瓶をクリスティナに握らせた理由についての想像はつく。困り果てているのを見かねて守護様が介入されたのだろうと思われる。
「シンシアお嬢様がね」
ほうっと思わせぶりに息を吐き、空いている手を頬に添えるクリスティナ。
「ウォードも気がついてたよね。お嬢様がいい人過ぎてお話が噛み合わないことに、私どうしていいか分からなくなっちゃって」
そこか、そこなのか。ウォードの率直な感想は「拍子抜け」、それにつきる。
母に拒絶されるか罵倒されるかして傷ついたのだろうと心配したのに、予想外もいいところだ。
「丈夫だな」
口をついて出た。
「丈夫?」
私のことか、とクリスティナが復唱するので、そうだと返す。
「丈夫じゃなくて、強いとかもっと違う言い方があると思う」
不満そうな頬の膨れ具合に活気を感じると言えば本気で怒らせる、と理解してウォードは素直に謝った。
「すまない」




